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アカデミー賞、サプライズ起こりそうなのは主演女優賞? 日本人も貢献のダイアナ妃役が大逆転ある!?

斉藤博昭映画ジャーナリスト
ふとした瞬間に、ダイアナ妃の面影が……(c) Pablo Larrain

第94回アカデミー賞授賞式が、一週間後に迫った(日本時間3月28日)。

アカデミー賞のニュースで最も大きく扱われるのは、総合評価となる「作品賞」だが、華やかさで注目されるのは俳優たちへの賞。昨年(2021年)なら、韓国人のユン・ヨジョンの助演女優賞、その前の2020年ならブラッド・ピットの助演男優賞、さらにその前の2019年は、フレディ・マーキュリー役のラミ・マレック(主演男優賞)……といった受賞が作品賞と同じくらい話題になった。

ではこの俳優部門、今年はどこに注目するべきか。ここまでの賞を振り返って、現段階での受賞有力者の予想は次のとおり。

主演女優賞:ジェシカ・チャステイン(『タミー・フェイの瞳』)

主演男優賞:ウィル・スミス(『ドリームプラン』)

助演女優賞:アリアナ・デボーズ(『ウエスト・サイド・ストーリー』)

助演男優賞:トロイ・コッツァー(『コーダ あいのうた』)

ここ数年、演技部門の4人の受賞者には、人種の多様性が意識される傾向が顕著だが、この予想どおりなら、白人2、黒人1、ラテン系1で、バランスとしては悪くない。助演男優部門のコッツァーは聴覚障がいの俳優という点も、多様性をアピールする。ウィル・スミスが受賞となれば、スター性による華やかさも加味されるだろう。

4部門で最も確定的なのは、助演女優部門のデボーズで、主演男優にはベネディクト・カンバーバッチ、助演男優にはコディ・スミット=マクフィーにもわずかな希望がある。ともに『パワー・オブ・ザ・ドッグ』からの選出で、同作が作品賞のフロントランナーなので、多少の追い風はあるだろうし、特にスミット=マクフィーは前哨戦の初期では助演男優部門を制覇する勢いがあった。

その中で今年、最も予想が揺らぎ続けているのが主演女優賞である。現状でジェシカ・チャステインが最有力なのは、直前の前哨戦を制しているから。アカデミーと最も投票者が重なる全米映画俳優組合賞(SAG)、クリティックス・チョイス・アワード(放送映画批評家協会賞)と、立て続けにジェシカが主演女優賞に輝いた。

オスカー・ノミニーズ・ランチョンで笑顔をふりまくジェシカ・チャステイン
オスカー・ノミニーズ・ランチョンで笑顔をふりまくジェシカ・チャステイン写真:ロイター/アフロ

それ以前の段階でやや有力だったのが、ニコール・キッドマン(『愛すべき夫妻の秘密』)で、ゴールデングローブ賞(ドラマ部門)などを受賞していた。ニコールの役は、アメリカの国民的番組「アイ・ラブ・ルーシー」などで知られるルシル・ボール。そしてジェシカの演じたタミー・フェイは、こちらもアメリカの宗教TVネットワークの“顔”になった女性。どちらも有名な実在人物ということで、アカデミー賞好み。そしてここにもう一人、割って入ってきそうなのが、やはり実在の人物を演じたクリステン・スチュワートだ。演じたのは、ダイアナ元皇太子妃である。

ダイアナ役のクリステンは、早い時期からアカデミー賞の有力候補とされ、いくつかの賞を受賞しながら、重要な前哨戦であるSAGでノミネート5枠から外れてしまった。ここで運命が途切れたかと思ったら、アカデミー賞では5枠に滑り込んで息を吹き返した印象。ダイアナ妃ということなら、ルシル・ボールやタミー・フェイ以上に世界的な知名度が高いので、演技者としてのチャレンジも評価されている。

記憶にあるダイアナ妃が甦る、繊細な表現力

『スペンサー ダイアナの決意』は、そのダイアナが夫のチャールズ皇太子との関係がぎくしゃくしていたクリスマスの数日間を描くのだが、クリステンの演技は感情をあらわにするというより、徹底的に“微妙な”表現を重視している。かつてナオミ・ワッツがダイアナを演じたことがあったが、両者は素顔にも近い部分があった。しかしクリステンはダイアナと、それほど似ていない。それでもふとした瞬間に、われわれの記憶にあるダイアナが立ち現れる。しかも何気ない表情などに……。そこは奇跡的であり、演技の高度なテクニックが実を結んだと言える。

『スペンサー ダイアナの決意』は、今回のアカデミー賞のノミネートがクリステンの主演女優賞だけである。これは不利な要素のように思えるが、過去にも『モンスター』のシャーリーズ・セロン、『アリスのままで』のジュリアン・ムーアが、ノミネートは主演女優賞だけにもかかわらず、そのまま受賞に到達した。ちょっとしたジンクスのようで、クリステンの逆転に期待がかかる。ジェシカの『タミー・フェイの瞳』も、ニコールの『愛すべき夫妻の秘密』も、メインの作品賞にはノミネートされていないので、「作品の力」は関係なさそうだ。他の2人、オリヴィア・コールマンの『ロスト・ドーター』(冷静に観れば、彼女の演技は主演女優賞にふさわしい。しかし3年前に受賞したばかり)、ペネロペ・クルスの『パラレル・マザーズ(英題)』も作品賞とは無縁。

ここでちょっと考えたいのは、今年の作品賞ノミネート10本が、主演女優賞を導くものではなかった、という事実だ。女性が主人公なのは『コーダ あいのうた』で、男女同等なのが『ウエスト・サイド・ストーリー』『ドント・ルック・アップ』あたりで、他の7本は男性が主人公、また、どちらかといえば男性メインの作品。こうしたバランスは例年どおりとはいえ、主演女優賞と作品賞が1つも重ならない(主演男優賞は2作が重なっている)のは、やや違和感もある。

作品賞候補『ベルファスト』もダイアナも手がけた日本人

最後に付け加えたいのが、クリステン・スチュワートのダイアナ役を完成させるうえで、重要な役割を果たしたのが、日本人アーティストだという事実だ。

ヘア&メイクを担当した吉原若菜は、ナオミ・ワッツの『ダイアナ』でもヘアスタイリストとして参加しており、いわばダイアナを再現させる達人でもある。単にそっくりに見せるのではなく、クリステンの顔立ちからいかにダイアナ妃の魅力を引き出すか。そこに注力したプロフェッショナルの技術が、映像で実を結んだのである。ちなみに吉原は、今年のアカデミー賞作品賞ノミネートの『ベルファスト』にもヘア&メイクのメインアーティストとして参加している。ケネス・ブラナー監督とは『シンデレラ』『オリエント急行殺人事件』『ナイル殺人事件』でも組んでいるのだ。

吉原自身は今回のアカデミー賞にノミネートされることはなかったが、もしクリステン・スチュワートが主演女優賞を受賞すれば、彼女に感謝するのは間違いない。そしてクリティックス・チョイス・アワードでは、クリステンが婚約者のディラン・マイヤーを同伴していたことから、アカデミー賞でも受賞すれば、彼女への愛を心から熱っぽく語ることだろう。

ジェシカ・チャステインの演技も、間違いなくアカデミー賞に値するのだが、クリステンの逆転受賞に期待してしまうのである。

クリステン・スチュワート(左)と婚約者のディラン・マイヤー
クリステン・スチュワート(左)と婚約者のディラン・マイヤー写真:REX/アフロ

『スペンサー ダイアナの決意』

2022 年秋、全国公開

配給:STAR CHANNEL MOVIES

映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、ヤングマガジン、クーリエ・ジャポン、スクリーン、キネマ旬報、映画秘宝、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。

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