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『ウエスト・サイド・ストーリー』の劇場パンフレットが、めちゃくちゃ高い件について

斉藤博昭映画ジャーナリスト

アカデミー賞に作品賞など7部門にノミネートされ、2/11から日本でも公開されている、スティーヴン・スピルバーグ監督の『ウエスト・サイド・ストーリー』。

1961年の大傑作の再生とあって映画ファンの心をときめかせているが、劇場へ詰めかけた人の間で話題になっているのが、「パンフレットを購入すべきか、どうか」ということ。

多くの人がごぞんじのように、映画館で各作品のパンフレット(プログラムとも呼ばれる)を販売するのは、日本独自の文化である。インディペンデント系の映画で作られないケースもあるが、劇場公開の多くの作品は、公開に合わせ、劇場で販売することを目的に独自のパンフレットが作られる。日本では、映画鑑賞の思い出として、また作品をより深く楽しむためにそのパンフレットを購入するという文化も根付いている。近年はパンフレットの販売部数も減少傾向だが、年に数回しか劇場へ足を運ばない人からは、パンフレットを意識するという声も聞く。

しかし、パンフレットを制作するにあたっては、海外作品の場合、本国の権利元にも承認を得るなど、さまざまなハードルもある。作品によってはパンフレットに載せる文章を全部英訳して提出して、承認をもらう…なんてケースもあるのだ。

そんなこんなで、近年、パンフレットが制作されない作品も出てきている。たとえばNetflixの作品。話題作は期間限定で劇場公開されているが、配信がメインなので、小規模の公開のためにパンフレットは制作されていない。そしてもうひとつ、ディズニーの作品でも劇場公開と配信が同時のためか、パンフレットが制作されないケースも発生した(『ジャングル・クルーズ』など)。

20世紀フォックスがディズニーの傘下に入った後、このフォックスの作品で、パンフレットが制作されないものもあった。『フリー・ガイ』『最後の決闘裁判』などである。こちらは、いろいろとパンフレット販売の契約も絡む複雑な事情があったと聞く。同じくディズニー配給でフォックスの作品である『キングスマン:ファースト・エージェント』もパンフレットが制作されるかどうか不安視されたが、従来の系列とは別の会社に移ってパンフレットが制作された(ここはさらに複雑な事情もあるとか)。その流れで2/25公開の『ナイル殺人事件』もパンフレットは販売される。

しかし2/11公開の『ウエスト・サイド・ストーリー』は、ディズニー+フォックスながら、これもまた別のパターンとなった。劇場で販売されているパンフレットが、なんと、2970円(税込)なのである。

この価格に対して、実際に劇場で観た人たちがSNSなどでさまざまな意見を述べている。

通常、劇場パンフレットの価格は700〜1000円くらいが現在の相場。やや豪華でボリュームのある場合でも1500円くらいが上限。『ウエスト・サイド・ストーリー』は入場料金よりも高いのである。

しかし実際に現物を手にとれば、その価格には納得するはずである。今回の“現物”は、いつもの作品のように、有識者が執筆したレビューなどを掲載し、日本で編集してまとめたものではない。「West Side Story : The Making of the Steven Spielberg Film」という、出版物の翻訳書なのである。

200ページ以上にもわたる原書をAmazonなどで購入しようとしても5000円近くの価格。逆に言えば、それが3000円以内で手に入れられるというわけ。内容も全シーンのスチールや絵コンテ、もちろん現場のショットや衣装のスケッチなど、その充実ぶりは申し分ない。感触もずっしりとした特別感。作品を観て細かい舞台裏を読みたい人にはうってつけである。

ただ、これは基本的に「メイキング本の翻訳書」である。

劇場で映画を観た後、また観る前に、いつものように「パンフレットください」と言った場合、この本が出されるわけである。その瞬間、価格に躊躇しつつも、パンフレットを買う習慣のある人、「ぜひとも今回」という人は購入する。そして迷いながらも購入した人は、その内容に満足しているようで、SNSでは好反応が多く見られる。いろいろとクレームもあるようなので、「今回はこちらで、この価格で」と丁寧に説明してくれる劇場もあるとのこと。

しかし従来の「公式パンフレット」ではなく、最初から「メイキング本」として販売されていたら、どうなのか? 微妙で難しい問題ではある。今回の『ウエスト・サイド・ストーリー』の場合は、さまざまな事情で独自のパンフレットが制作できなかったゆえに、こうして豪華なメイキング本の翻訳が劇場で販売されたわけで、いろいろと物議を醸している部分があるのだろう。

個人的に、また映画ファンとしては、いつもの1000円程度で日本の観客に向けたパンフレットが制作されてほしかったと思う。だって、スピルバーグが『ウエスト・サイド・ストーリー』を完成させたのだから……。

一応、今後はこのパターンはなさそうで、従来どおり日本での劇場パンフレットの文化は継続するはず。今回は特殊なパターンということで記憶にとどめたい。

『ウエスト・サイド・ストーリー』

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映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、ヤングマガジン、クーリエ・ジャポン、スクリーン、キネマ旬報、映画秘宝、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。

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