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世界が固唾をのんだ、タイ洞窟、決死の救出劇の実録がアカデミー賞も狙う。配信と劇場公開の複雑な関係も

斉藤博昭映画ジャーナリスト
『ザ・レスキュー タイ洞窟救出の奇跡』 01 courtesy of TIFF

2018年6月、タイ北部の森林公園にあるタムルアン洞窟の奥に、地元の少年サッカーチームのメンバー12人とコーチ1人が閉じ込められる事件が発生した。

全長は10kmにもおよび、細く複雑な構造の部分もあるこの洞窟を、少年たちとコーチは探検。しかし大雨のために洞窟内の水位が上がり、入口から4kmの地点に取り残されてしまったのだ。さらなる水位の上昇で捜索も困難となるなか、このニュースはワールドワイドに駆け巡り、少年たちの安否を世界中の人々が心配し、見守った。

この一部始終を収めたドキュメンタリーが『ザ・レスキュー タイ洞窟救出の奇跡』だ(以下、『ザ・レスキュー』。日本語タイトルについては後述)。2021年のトロント国際映画祭で、ドキュメンタリー部門の観客賞を受賞。アカデミー賞の長編ドキュメンタリー部門でも有力の1本とされている。Variety誌の予想では、同部門の2位にランクしており、ノミネートは確定的。受賞の可能性も秘めている。

この『ザ・レスキュー』は、当時の現地の記録映像に加え、少年たちの救出にあたったダイバーたちにもフォーカスする。事件を聞いて、イギリスから洞窟専門のダイバーたちが飛んできたのだ。その中の一人が、タイの女性のパートナーであった縁もあり、すぐさま連絡が行き、速攻の対応がなされた。タイの軍隊、米軍、ボランティアたちが一致団結。しかしモンスーンの接近で、救助作戦は難航を極めていく。

とにかくここからは作品を実際に観て“体感”してほしいのだが、洞窟内の空間がどのようなものだったのか、救出劇を日数でカウントダウンしながら明らかになっていく。はっきり言って、衝撃の瞬間も多い。同時にダイバーたちが洞窟に魅了されてきた理由なども浮き彫りにされ、単なる現場のドキュメンタリーではない点が、本作の高評価の理由だろう。

一人がやっと通過できるほどの狭い空間もある洞窟で、ダイバーたちの捜索が続く。
一人がやっと通過できるほどの狭い空間もある洞窟で、ダイバーたちの捜索が続く。

監督を務めたコンビ、エリザベス・チャイ・ヴァサルヘリイとジミー・チンは、2019年の『フリーソロ』でアカデミー賞長編ドキュメンタリー賞を受賞。同作では、断崖絶壁をロープや安全装置を使わずに登る世界的クライマーに密着。高所の恐怖を体感させたが、今回の『ザ・レスキュー』では、極端に狭い空間、および水中での息苦しさという、まったく違う恐怖も伝えていく。

これからアカデミー賞など映画賞レースでも名前が挙がっていきそうな、この『ザ・レスキュー』だが、ひとつ複雑な事情もある。

間もなく、12/31から『ザ・レスキュー タイ洞窟救出の奇跡』はディズニープラスで配信がスタートする。そして、その1ヶ月少し先の、来年2/11から劇場で公開されるのだが、そのタイトルは『THE RESCUE 奇跡を起こした者たち』となっているのだ。原題は『The Rescue』とシンプルで、邦題がこのように長めとなるのは、最近のよくあるパターンとはいえ、配信と劇場公開で表記が違うことで、これからアカデミー賞のノミネートなどで、どちらのタイトルが使われるのか、ちょっと混乱が生じそうだ。カタカナとローマ字の違いもある。

配信と劇場公開の関係では、たとえばNetflixでは、配信と同時に劇場公開したり(森山未來主演の『ボクたちはみんな大人になれなかった』)、配信の2週間前くらいに一部劇場で公開したり(『パワー・オブ・ザ・ドッグ』など賞レースに絡みそうな作品)と、さまざまなパターンがある。ディズニー作品では、劇場公開とディズニープラスでのプレミアアクセス配信がほぼ同時(1日違い)という例も見受けられた(『ブラック・ウィドウ』『ジャングル・クルーズ』など)。観る人にとっての選択肢は揃うが、Netflix作品同様に劇場が限定的だったりと、いくつかの問題も生じた。とはいえ、これらはNetflix、ディズニーが配信・劇場公開も一緒に担っているので、タイトルが変わるということはない。

『ザ・レスキュー』の場合は、配信がディズニープラス、日本での劇場公開はディズニーと関係のない会社(アンプラグド)。要するに、別々の契約となったので、このように公開タイトルの非統一になったと推測される。

事故から1年後、命を落としたダイバーを追悼する行事で。救出されたサッカーチームの少年たち。
事故から1年後、命を落としたダイバーを追悼する行事で。救出されたサッカーチームの少年たち。写真:ロイター/アフロ

『ザ・レスキュー』は、ナショナル ジオグラフィックの作品。ネイチャー系の映画を多く手がける世界最高峰のドキュメンタリーチャンネルである同社は、ディズニープラスでの配信提携を進めたことで、『ザ・レスキュー』もこうして配信される。一方で、劇場公開(シアトリカル)はナショジオが各国それぞれの会社と契約している。

同じようなパターンでは、今年のアカデミー賞で作品賞などにノミネートされた『サウンド・オブ・メタル -聞こえるということ-』があり、アマゾンプライムで2020年の12/4に配信されながら、日本では2021年の10/1に劇場公開された。配給はアマゾンではなく、カルチャヴィル。劇場公開の契約が別会社と結ばれたわけだ(現状、日本ではアマゾンは直接、劇場配給を行っていないので)。ただこの場合は、『サウンド・オブ・メタル -聞こえるということ-』と、劇場公開でもまったく同じタイトルだった(原題は『Sound of Metal』のみ)。配信から時間が空き、タイトルも親しまれていたので、劇場でも「そのまま」となったのだろう。映画を観る側にとっては、わかりやすい。

今回の『ザ・レスキュー』は、たしかに観る側にとってそこまで混乱することはないかもしれない。内容が一目瞭然だからだ。配信と公開のタイミング、会社同士の関係があるのも理解できる。ただアカデミー賞などに絡むこの時期、傑作であるだけに、同じタイトルだったら受け取る側に親切なのに……とは感じてしまうのである。

『ザ・レスキュー タイ洞窟の救出の奇跡』

(c) 2021 NGC Network US, LLC. All rights reserved.

ディズニープラスで12月31日(金)より独占配信

『THE RESCUE 奇跡を起こした者たち』

2022年2月11日(金・祝)より新宿武蔵野館ほか全国順次公開

映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、ヤングマガジン、クーリエ・ジャポン、スクリーン、キネマ旬報、映画秘宝、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。

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