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「ハリポタ」シリーズが象徴する"破格の日本優遇" 当時の驚き取材現場スタイルとは?

斉藤博昭映画ジャーナリスト
『ハリー・ポッターと不死鳥の騎士団』のプレミアより(写真: ロイター/アフロ)

2001年に公開されたシリーズ第1作『ハリー・ポッターと賢者の石』は日本で興行収入203億円という、とてつもない数字を記録。現在(2021年)も日本の歴代興行収入ランキングで6位に入っている。外国映画では『タイタニック』(262億円/歴代3位)に次ぐ2位。そして、2作目の『ハリー・ポッターと秘密の部屋』も173億円で歴代10位(外国映画3位)にランクイン。3作目の『ハリー・ポッターとアズカバンの囚人』も歴代15位など、このシリーズが日本の映画興行に与えたインパクトは大きい。(以下、タイトルは「ハリー・ポッターと」を省略)

『賢者の石』は北米では3億1808万ドルの興収。日本円にすると300億円超だが、日本の200億円超えの数字は公開規模を考えれば破格で、ハリウッドのスタジオも大いに喜ばせた。ハリー・ポッターのお膝元であるイギリスですら、8645万ドル(約100億円)と、日本の約半分だったからだ。

この時代の「ハリー・ポッター」シリーズが象徴するように、世界の映画界において長らく、日本は北米に次ぐ2番目の市場として君臨していた。それゆえにハリウッドのスタジオも、日本でのプロモーションを重要視することが常識になっていた。話題作が公開されるたびに、主演のスターたちが次々と来日する光景は、映画ファンならずとも何度もテレビなどで目撃したことだろう。

そして「ジャンケット」にも、日本のジャーナリストが数多く参加することになる。

世界向けのロンドンの会見に、日本人が多数参加

このジャンケットという言葉、一般の人には聞き慣れないかもしれないが、映画業界では「取材の機会の場」ということで定着している。日本映画では使われないが、ハリウッド作品などで、新作のためにキャストや監督らがインタビューに応える機会を設けること。国内外の取材者を一ヶ所に集め、テレビや雑誌、Webなど各媒体のインタビューを一気にやってしまう。個別取材もあれば、合同インタビュー、記者会見など形態は作品ごとにさまざまだ。もともとジャンケットは「もてなす」という意味。カジノで使われた単語で、上客を呼ぶために宿泊や交通費をまかなうことを指していた。それが映画業界に転じ、世界中のジャーナリストを呼ぶイベントに当てはめられた。つまり映画会社が取材者の経費を負担して、「遠くまで来てもらって」「作品を紹介してもらう」ために尽力することだ。

「ハリー・ポッター」シリーズなど特大ヒットを期待できる日本市場は、このジャンケットでも優遇されるようになる。

2作目の『秘密の部屋』のジャンケットがロンドンで行われたのは、2002年の10月。『賢者の石』のメガヒットを受け、日本からはなんと約20人のジャーナリストや編集者、それに加えてTVクルーがロンドンへ飛んだ。記者会見には、イギリス現地を中心に、世界各国のジャーナリストも集まり、その数は150〜200人ほど。日本人の割合の多さは歴然で、少しでも日本人に質問が当たるようにネゴシエーションもされた。記者会見のほか、各キャストへの合同インタビュー、テレビの単独インタビューなども日本の枠は多くとられていた。

『ハリー・ポッターと秘密の部屋』のインターナショナル記者会見より。ロンドンの演劇学校の名門、ギルドホールで会見が行われた。
『ハリー・ポッターと秘密の部屋』のインターナショナル記者会見より。ロンドンの演劇学校の名門、ギルドホールで会見が行われた。写真:ロイター/アフロ

「ハリー・ポッター」シリーズは、その後、人数は減りつつも、新作の公開のたびに日本からジャーナリストがロンドンへ招ばれ、貴重なインタビューを行うことができた。さらに同シリーズは、撮影現場の取材も何度も行われた(映画業界では「セットビジット」と呼ぶ)。これも通常なら、世界中のジャーナリストをまとめて招集するのが一般的だが、日本はかなり優遇され、「日本向け」「その他の国向け」と取材日が分けて設けられるケースが多かった。

このセットビジットは貴重なチャンスで、ロンドン郊外の巨大スタジオで、超大作「ハリー・ポッター」のリアルなセットと撮影風景、その舞台裏を間近で見られるのはもちろん、撮影の合間にキャストがインタビューに応じたり、さらに昼食は現場の人々と同じ食堂でとったりと、かしこまった取材とは違ってネタの宝庫。

別作品では、やはり一時期、日本の洋画興行を背負っていたジョニー・デップの『チャーリーとチョコレート工場』で、約15人のジャーナリストが日本から招ばれ、日本人のみのセットビジットが行われた。このとき、主演で大忙しのジョニー・デップがセットで取材に応じたのは、たったの3分。しかし、この3分のインタビューが、日本でも多くの媒体に取り上げられ、結果的に『チャーリー〜』は、ややマニアックなテイストながら、日本で53.5億円、年間4位という予想以上のヒットを記録。スタジオを満足させたのである。

「パイレーツ」では、なぜかLAで日本人のみの記者会見!

そのジョニー・デップ作品では、驚くべき取材があった。『パイレーツ・オブ・カリビアン/呪われた海賊たち』(シリーズ1作目)の日本人限定ジャンケットが行われたのだが、その場所はロサンゼルスだった。当然ながら現地在住の日本人ジャーナリストも参加しているが、日本から50人くらいの取材陣がLAに飛んだと記憶している。ビバリーヒルズの最高級ホテル、フォーシーズンズのボールルームで、ジョニー・デップらキャスト、監督らの日本人用記者会見が行われ、司会者もわざわざ日本から連れて来た。後にも先にも、ここまで大がかりな海外取材はなかっただろう。当時、ジョニー・デップは日本でもそれなりに人気だったが、一般層まで夢中にさせるスターではなかった。しかしこの『パイレーツ〜』のジャック・スパロウ役で一気にメジャー化。ジョニー作品としては最高(当時)となる68億円もの興行収入を記録し、その後、2作目は100億円も突破した。スタジオとしては、ここまで予算をかけての取材イベントも、大成功の例になったはずだ。

『パイレーツ・オブ・カリビアン/呪われた海賊たち』のプレミアより。LAでの日本人向けの会見では、ジョニーはもちろん、オーランド・ブルーム(左)、キーラ・ナイトレイ(中央)も出席していた。
『パイレーツ・オブ・カリビアン/呪われた海賊たち』のプレミアより。LAでの日本人向けの会見では、ジョニーはもちろん、オーランド・ブルーム(左)、キーラ・ナイトレイ(中央)も出席していた。写真: ロイター/アフロ

そもそもジョニー・デップ級の大スターを日本に招ぶには、プライベートジェットの駐機料など多額の予算が必要とされるわけで、多数のジャーナリストを海外へ送ることは当時、そこまで無謀な賭けではなかったのである。

こうした大規模な海外取材のイベントは、規模の大小にかかわらず、2000年代、つまり「ハリー・ポッター」シリーズの時代に数多く行われていた。トム・クルーズ主演作のセットビジットでは、取材前にジャーナリストたちが“あること”を課せられるなど、信じがたい裏話も多数生まれた。

洋画のヒット作減少とコロナで取材も様変わり

しかし時が経ち、世界の映画市場では中国が上回り、日本ではかつてのように特大ヒットを記録する洋画が減少。こうした日本優遇の取材も少なくなっていった。ジャンケットやセットビジットはコンスタントに行われているが、わざわざ日本から人を招ぶ機会も少なくなり、現地在住のジャーナリストが担当するケースが主流となった。そしてコロナ禍によって、オンラインでの取材が一般的になる。

オンラインのメリットは、わざわざ現地へ行かなくてもいいこと。時間も、経費も、圧倒的にムダがない。おしなべて考えれば、取材のチャンスも増えたと言っていい。

しかし、オンラインに慣れるうちに、対面取材の重要性も再確認されるようになった。実際に同じ空気を共有しているからこそ、感じられる何かがある。インタビュー時間前後の、ふとした瞬間の素顔に触れることもできる。

「ハリー・ポッター」シリーズの撮影現場で、紅潮した顔で息をきらしながら取材陣の前に駆けつけるダニエル・ラドクリフの姿や、遅刻常習のジョニー・デップが申し訳なさそうに現れ、それでも彼が好きなジャーナリストたちの温かい出迎えに感謝し、チャーミングな表情をみせる瞬間など、当たり障りのない答えが多くなるインタビューや会見内容から“ハミ出した部分”にこそ、取材の醍醐味があり、本質を伝えられることもあるからだ。

一定の時期、日本の枠が優先されたのは、マーケットの大きさに加えて、もうひとつポイントがあった。取材を受ける側も「日本人からの取材は、作品についてちゃんと聞いてくれるし、(わざと過激な質問をぶつけて面白い答えを引き出そうとすることもある)他の国のジャーナリストの取材より、受けていてうれしい」と、当時の映画会社のスタッフから聞いたこともあるのだ。

「ハリー・ポッター」「パイレーツ・オブ・カリビアン」などが作った“洋画バブル”の時代がもし再び来ても、当時のような、日本を優先した取材イベントは、おそらく行われることはないだろう。それだけ、この2000年代の取材の機会は貴重だったのである。

【この記事は、Yahoo!ニュース個人編集部とオーサーが内容に関して共同で企画し、オーサーが執筆したものです】

金曜ロードショーHPより
金曜ロードショーHPより

映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、ヤングマガジン、クーリエ・ジャポン、スクリーン、キネマ旬報、映画秘宝、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。

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