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マレーシアから来て世界を流れゆく映画監督。見つめ続けた“多国籍”大阪は限りなく雑多で、限りなく温かい

斉藤博昭映画ジャーナリスト
東京・渋谷にて。リム・カーワイ監督(撮影/筆者)

シネマ・ドリフター、と名乗る人がいる。

直訳すれば「映画流れ者」あるいは「映画放浪者」。

リム・カーワイ監督は、文字どおり流れ者のように、あちこちを移動しながら映画を撮っていくことが、人生そのものとなった人だ。

マレーシアに生まれ、大阪大学を卒業。一度は就職するも、その後、北京電影学院で映画作りを学び、2010年から映画を撮り始めたリム・カーワイ監督は、日本を拠点としつつ、香港中国、さらに近年はバルカン半島のセルビアクロアチアモンテネグロで撮影するなど、まさに世界各国を放浪するように自作を発表し続けている。各地の映画祭にも顔をみせ、筆者も彼に初めて会ったのが、釜山国際映画祭だった。

日本をみつめる「内」と「外」の視点で

ゆえにリム・カーワイ監督は、国境を越えて移動する人たちの思いを、自作に込めることが多い。そして日本で撮った作品には、長年、日本で生活した者の内(うち)からの視点と、日本に「やって来た」者の外からの視点が絡み合って、独自の世界が立ち現れてくる。

「僕は日本人ではないですから、日本を描く時に一定の距離をとることができるのです。とは言っても、マレーシア人なのに19歳で外国に出て、そこからずっと海外生活ですから、マレーシア人のアイデンティティーもありません。だから、どんな場所へ行っても距離をとって物事を見つめてしまうのだと思います」

リム・カーワイ監督は、自身の視点についてそう話す。

ミャンマーの留学生ミミを演じるナン・トレイシーは、森崎ウィンとドラマで共演するなど、ミャンマーでは俳優・モデルとして有名。
ミャンマーの留学生ミミを演じるナン・トレイシーは、森崎ウィンとドラマで共演するなど、ミャンマーでは俳優・モデルとして有名。

大阪に暮らす日本人。そしてアジア各国から大阪に来て、さまざまな人生を送る人たち。カーワイ監督の視点だからこそ描くことができたのが、新作『COME & GO カム・アンド・ゴー』だ。

カーワイ監督の大阪三部作の最終章。キャストとして日本からは千原せいじ、渡辺真起子、尚玄らが参加し、ツァイ・ミンリャン作品でおなじみのリー・カンションのほか、ベトナム、マレーシア、ミャンマー、ネパール、香港、中国から各国で人気の俳優や歌手、演出家が集められた。このキャスティングも、シネマ・ドリフターとしてのキャリアの賜物だろう。カーワイ監督は一人一人に交渉し、自ら来日の手筈も整えた。

大阪・キタを舞台に、留学生や技能実習生、観光客、刑事らの運命が交錯していく『カム・アンド・ゴー』。衝撃的な事件も起こるが、どのエピソードにも、どの人物にも、カーワイ監督の温かさと冷静さ、両方が混じった眼差しが注がれ、観ていてじつに愛おしい気分にさせてくれる。

「みなさんバラバラの国から来てもらって、予算的にも厳しい作品でしたから、全員に同じ場所に何週間も滞在してもらうことが不可能だったのです。そうなるとどうしても短編のオムニバス形式で撮るしかなくて、最初に考えた構想からも別のものになりました。そこで研究したのが、同じく何組ものエピソードが並列で進行する、ロバート・アルトマン監督の『ショート・カッツ』や、ポール・トーマス・アンダーソン監督の『マグノリア』。これらの作品の構成や編集を参考にしつつ、編集には本当に時間がかかりました」

研究と苦心もあって、ひとつのエピソードがシビアで居たたまれなくなりそうになると、別のエピソードにサラリと移ったり、そのタイミングは絶妙である。基本的にバラバラのドラマで、その場の即興的な演出も多用された作品なのに、どこか大きな流れが『カム・アンド・ゴー』には存在している。

きわどい論争になった中国×台湾

カーワイ監督が「10年前と比べ、『日本人の大阪』から『アジア人の大阪』となった変化を撮りたい」と臨んだ本作だが、その10年の間に、2025年の大阪万博も決定。万博による変化の予感も、映画の中で語られる。

「万博が決まって、この映画を撮ることになったので、やはり万博によって大阪がどう変化するのかを自分でも知りたいと思ったので」と、カーワイ監督。

変化といえば、ここ数年、中国と台湾がますます不穏な関係を予感させている。『カム・アンド・ゴー』にも、リー・カンション演じる、台北から大阪に来た男と、訪日ツアーで初めて日本に来た中国人観光客が遭遇するエピソードが描かれる。中華系マレーシア人のリム・カーワイ監督は、彼らの会話に何を託したのか。

「僕自身、あちこちで表明していますが、中国政府には批判的です。でも中国にも、台湾にもいっぱい友人はいます。中国では、台湾や香港の話をすると、かなりケンカになります。台湾人や香港人はいろいろ要求してきて、うるさいというわけです。そして香港や台湾の友人は、中国での人権や言論の自由に対してものすごく批判します。ですから僕は両者を議論させたら面白いと考え、今回の作品で中国人と台湾人が日本で出会う設定にしました。

 彼らのシーンで実際に選挙や言論の自由について話してもらった結果、僕は中立的に撮っていましたが、案の定、激論になってしまいました。中国政府への批判も出たのですが、リー・カンションさんが中国で仕事もしていることから、そうした批判の部分をカットすることになったのです。使ったのは全体の3分の1くらい。中国への批判も入れたかった気持ちもありつつ、長くなり過ぎるので、今のカットがちょうどいいと感じています」

リー・カンションが演じるのは、台北から大阪に遊びに来て、アダルト関連グッズを買い漁るAVオタク。
リー・カンションが演じるのは、台北から大阪に遊びに来て、アダルト関連グッズを買い漁るAVオタク。

アジアの関係を表現するうえで、複雑な心境も吐露するカーワイ監督だが、さらに予期せぬ「変化」も起こった。本作の撮影後に、新型コロナウイルスのパンデミックが起こり、海外からの観光客は失われ、祖国へ帰れなくなった人も増えてしまった。

もともとの映画のテーマ、観客側の受け止め方もコロナによって大きく変わることになる。

コロナ前に撮影し、コロナ後に観ることで新たな感覚も

「撮影は2019年だったので、コロナとは無縁の世界でした。ですから今観ると、過去の時代というか、現実を映していないと感じられるかもしれません。けれども僕は、逆にこの作品の希少さを際立たせると信じます。2019年の大阪や日本は外国からの観光客が溢れていて、日本で生活する外国人も増えていました。言語も多重化され、日本とは思えない風景も目立つようになりました。まさにグローバリゼーションの象徴だったわけですが、それをコロナが一旦ストップさせたのです。地球の環境破壊も含め、われわれの推し進めたことが本当に正しかったのか、リセットの機会になりました。

 よく考えれば、グローバリゼーションで多国籍化しても、じつはおたがいのことは無関心だったりしますよね。みんな経済的なこと、お金のことでサバイブしている。すでにコロナの前に、人と人の触れ合いが希薄になって、パラレルワールドのように進行している世界があったわけです。そこを『カム・アンド・ゴー』から感じ取ってもらえるんじゃないでしょうか」

社会の激変は、映画の受け取られ方を変えつつ、しかしその激変を、当の映画はあらかじめ示していた……。『カム・アンド・ゴー』は、そんな作品なのかもしれない。

この先、コロナが収束し、2025年の万博に向けてさらに変わっていく大阪を、リム・カーワイ監督は撮りたいと言う。その前に現在は、大分の別府をスタートして、日本各地を回りながら新作を進めている。

シネマ・ドリフターの放浪に、終点はない。

『COME & GO カム・アンド・ゴー』

11/19(金)より、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国順次公開

配給: リアリーラィクフィルムズ / Cinema Drifters

(c) cinemadrifters

映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、ヤングマガジン、クーリエ・ジャポン、スクリーン、キネマ旬報、映画秘宝、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。

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