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リドリー・スコット『最後の決闘裁判』公開後、レビュー炎上など波紋を呼び、さらに残念なことも

斉藤博昭映画ジャーナリスト
ヴェネチア国際映画祭での『最後の決闘裁判』のリドリー・スコットとキャスト(写真:ロイター/アフロ)

物議を醸しそうな予感はあった。

お披露目となったヴェネチア国際映画祭の記者会見で、記者からの質問に監督のリドリー・スコットは「もう一度、映画を観たまえ!」と怒りの声で反応した。

現在公開中の『最後の決闘裁判』は、日本でも作品のレビュー、その表現に関して大きな反発が起こったりと、映画ファンの間では話題になっている。

すでに公開から1ヶ月近く経っているので、映画の後半も含めて説明すると、14世紀のフランスで性的暴行を受けた人妻が、その事実を告発する物語。これを、(1)被害者の夫である騎士ジャン・ド・カルージュ、(2)彼の友人である宮廷の家臣ジャック・ル・グリ(事件の加害者)、そして(3)被害者である妻マルグリットという視点で3幕にパート分けして描く。黒澤明監督の『羅生門』に倣って、視点を変えることで出来事の真実が見えてくるスタイルだ。ベースは史実である。

ヴェネチアの記者の質問は、「第2幕と第3幕の暴力の表現にあまり違いは見出せなかった」というもの。つまり暴行の「加害者」と「被害者」の明らかな視点の違いを認識できなかったのだ。

暴行と告発、その捉え方で物議が

この点について、日本での10/15の劇場公開後もいくつかのレビューが波紋を呼び、中でも日本の映画監督の「史実として、ジャック・ル・グリは高貴な人だったと思う」と、ジャックの心情にもっと深く切り込んでほしかったこと、リドリー・スコット監督の演出への不満などに、SNSでは大きな反発が起こった。明らかに加害者であるジャックの視点は第2章で展開されており、その後の、マルグリットの第3章をリドリー・スコットは「真実」と題して描いていたからだ。

また、マルグリットの告発についても、その意図や理由をはっきり受け取ることのできなかった反応も、いくつか見受けられる。たしかに映画の中では、彼女が勇気を振り絞って劇的に立ち上がり、告発するという、ありきたりの描写はない。しかし観ていれば、その切実な思いを受け止めることはできる。

ただ、こうした波紋が広がることは、映画がどのように観られるのか、その参考にはなり、14世紀の事実を、リドリー・スコットがなぜ現代に甦らせたのか。暴行の加害者と被害者、彼らに対する世の中の目はどのようなものなのか。そして、どう変わるべきなのか。さまざまに思いを巡らせる意味で、『最後の決闘裁判』は、現代のわれわれに必見の一作であることを、今回の波紋は証明する。

劇場パンフレットが販売されてない……なぜ?

残念なのは、リドリー・スコット監督、マット・デイモン、アダム・ドライバー、ジョディ・カマー、ベン・アフレックという豪華キャストの作品ながら、興行的にうまくいかなかったこと。全米もそうだが、日本では公開の週にベスト10に入ることもできなかった。

ゆえに一気にシネコンでの上映回数も削られてしまった。朝の回、夜の回のみへ追いやられる傾向にあり、すでに上映を終了したシネコンもある。153分という長尺ゆえに、ある程度、ヒットしないと日中の賑わう時間に割り当ててもらえないのが、興行の現実だ。

そしてもうひとつ、残念な声が上がっている。この『最後の決闘裁判』は劇場パンフレットが販売されていないのだ。

日本では、インディペンデントの一部の作品は例外として、全国規模で公開されるほとんどの映画は、劇場パンフレットが作られる。『最後の決闘裁判』は、このように社会的なテーマを扱い、物議を醸す作品であり、しかも14世紀の衝撃の事実を基にしているので、史実はどうだったのか、原作と映画の違いはどこなのか。荘厳な映像美はどう形成されたのか。そして何より、作り手である監督や、脚本家(マット・デイモン、ベン・アフレック、ニコール・ホロフセナー)の意図はどこにあるのか。脚本家に女性を入れた経緯は……と、観た後、これほど「読んで確認したい」と思わせる映画は珍しい。本来、劇場パンフレット必須の作品なのである。

では、なぜ作られなかったのか? ここ数年、劇場パンフレットの売上が減少している事実もあるが、それは理由ではない。過去には、本国との公開時期が近く、素材が届かずに製作できなかったケースもあったそうだが、『最後の決闘裁判』に関しては、ディズニーの傘下に入ったFOXの作品ということで、パンフレットを販売する劇場側と、商品販売の契約がまだしっかりと締結されていないのが要因だという。直近の作品では、これはディズニー本体だが『ジャングル・クルーズ』も作られなかった。『ノマドランド』はFOXだがサーチライトの作品で、おそらく権利問題のために公開日には間に合わなかったが、その後、作られて販売された。

劇場パンフレットは、日本独自の文化なので、本国のスタジオや権利者とは、しっかりと販売の権利を確定しなくてはならないのだが、それが延び延びになっているようだ。

近々の同様の公開作品では、『ウエスト・サイド・ストーリー』や『キングスマン:ファースト・エージェント』もパンフレットが作られない。理由も同じだ。

※追記:その後『キングスマン』のパンフは作られましたが、『ウエスト・サイド』は現在も販売の予定はありません)。

※再追記:『ウエスト・サイド』は通常と違ったスタイルで、パンフに近いものが発売されると決まりました)。

『最後の決闘裁判』とはまた違った意味で、超名作を再生する『ウエスト・サイド・ストーリー』のような作品こそ、劇場パンフレットの需要は高いはずなので、これは残念でならない。

一部の映画ファンの不満かもしれない。しかしこの問題は早めに解決して、日本の劇場パンフレット文化を継続してもらいたい。

映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、ヤングマガジン、クーリエ・ジャポン、スクリーン、キネマ旬報、映画秘宝、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。

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