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最後の主演映画『天外者』は、明らかに「三浦春馬を観る」作品になっていた

斉藤博昭映画ジャーナリスト

映画には、物語やテーマ、映像が見どころとなるものがあれば、一方で俳優の演技で楽しませるものもある。

12/11公開の『天外者(てんがらもん)』は、圧倒的に「俳優の映画」だ。その俳優とは、三浦春馬さん。『天外者』は彼の遺作というわけではないが、最後の主演映画である。

三浦春馬さんの主演映画といえば、最もメジャーなのが『進撃の巨人』2部作かもしれない。あるいは『恋空』や『君に届け』のようなラブストーリー、映画ファンなら『東京公園』あたりを挙げる人もいるだろう。

ただ、『進撃の巨人』が作品自体の評判も芳しくなかったうえに、俳優の演技が試される作品でもなかった。『恋空』や『君に届け』、『東京公園』の世界に三浦春馬さんはしっくりときていたが、その印象は、自身を強烈に押し出すというより、相手役を支え、引き立たせ、安心させて包み込むような存在でもあった。

では、舞台での「キンキーブーツ」のように、あるいはドラマの「ブラッディ・マンディ」、また主演ではないが、今年の夏に放映された「太陽の子」のように、映画で三浦春馬さんが強烈なインパクトを残した代表作は何か? じつは、なかなか答えづらい質問ではないか。そのインパクトという点を、最後の主演映画『天外者』はクリアしていた。ほぼ全編、出ずっぱりの堂々たる「主演」を務め、主人公を全身全霊で体現する。その意味で、これほど三浦春馬さんを「感じられる」映画は、彼のキャリアを振り返っても稀有ではないだろうか。

走るアクションの迫力と美しさに、この俳優の天性の才能が実感できる。
走るアクションの迫力と美しさに、この俳優の天性の才能が実感できる。

三浦春馬さんが演じたのは、薩摩藩士から明治政府の役人を経て実業家となった、実在の人物、五代友厚(ともあつ)。思えば彼が、こうして歴史上の人物を演じるのも珍しいケースだ。幕末から明治に至る激動の時代を、先進的な考えをもって日本という国を改革しようとした男。少年時代から平面の世界地図を地球儀に仕立て上げ、つねに物事を「数値化」して成否を考えるなど、とにかく類いまれな才能と性格をもっていた五代。その先進的かつ独創的な考えから、当然のように周囲と敵対したり、疎まれたりする。時代背景との相乗効果でその人生はさらにドラマチックとなり、主人公像としては、まさに映画向き。この五代友厚の人生は、大河ドラマとして描いてもいいくらいだと感じるが、それを2時間弱の映画で進行するので、物語はかなりのテンポの良さである。テンポが良すぎるあまり、ちょっと描き方が軽くなってしまったキライはある。ただ、飽きずに一気に観られるのも事実。

その主人公像と、ひとりの男の半生を一気に描いたことで、『天外者』は期せずして三浦春馬さんのさまざまな才能を「総まとめ」したような作品になっているのだ。

まず肉体の動きが素晴らしい。走る、闘うなどアクションに、肉体が躍動している。『進撃の巨人』の時とは違って、日常の生々しいアクションに、三浦春馬さんが舞台でも培ってきた「見せる動き」が効果的にはたらいているのだ。舞台での経験でいえば、五代が話す薩摩弁が聞き取りやすいのも、滑舌の良さから来ているのかもしれない。

シンシア・エリヴォの来日コンサートの記者会見より(撮影/筆者)
シンシア・エリヴォの来日コンサートの記者会見より(撮影/筆者)

イギリスの貿易商、トーマス・グラバー(その邸宅跡は長崎の観光名所「グラバー園」として有名)とやりとりするシーンで、五代は英語を話すのだが、このセリフも三浦春馬さんは流暢にこなしている。今年の1月、ブロードウェイのスターであるシンシア・エリヴォの来日コンサートで、ゲストとして共演した三浦春馬さんは、記者会見でも、コンサートの本番でもシンシア、そしてもう一人のゲスト、マシュー・モリソン(ドラマ「Glee/グリー」のシュー先生役で有名)と、通訳ナシで会話していた。おそらくかなり英語を真剣に勉強していたと感じられ、その成果が五代役に生かされているのである。

五代が、イギリスなどヨーロッパへ渡航し、現地の最新技術を学んで日本に帰ってくるエピソードも描かれる。三浦春馬さんも短期間だが、ロンドンでの留学経験があり、そこは一見、偶然のようで、日本人俳優として、いつかブロードウェイの舞台に立つことを現実的に語っていた三浦春馬さんの野心と、五代友厚のそれを重ねずにはいられない。盟友の坂本龍馬とともに、船の上で夢を語り合うシーンは、役を抜け出して、三浦春馬さん本人の表情と化しているようで、どこか切なく感慨深いのだ。

坂本龍馬(右)を演じるのは、三浦翔平
坂本龍馬(右)を演じるのは、三浦翔平

夢のある未来が欲しいだけだ

地位か名誉か、金か。いや大切なのは目的だ

これら五代のセリフや残した言葉が、三浦春馬さんが発したような錯覚をおぼえるうえに、魂を込めて演技にぶつかる役者の本質がみなぎっている。それゆえに映画『天外者』は、冒頭に記したように「俳優を見る映画」になっていた。

坂本龍馬、岩崎弥太郎、伊藤博文らの運命も描かれ、幕末〜明治モノが好きな人にはぴったりだし、「篤姫」「西郷どん」と大河ドラマでは人気の「薩摩」の作品で、2021年の「青天を衝け」とのつながりも深い。「俳優を見る映画」として向き合いつつ、五代友厚という稀有な才能を現代のわれわれに伝える一作であり、その「伝える」ことこそが、演じた俳優の遺した「思い」だと受け止めることができる。

画像

『天外者』

12月11日(金)より、TOHOシネマズ日比谷ほか全国公開

配給:ギグリーボックス

(c) 2020 「五代友厚」製作委員会

映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、ヤングマガジン、クーリエ・ジャポン、スクリーン、キネマ旬報、映画秘宝、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。

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