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グレタ・トゥーンベリさんの素顔は結局、どうなのか? ドキュメンタリーが上映【トロント映画祭】

斉藤博昭映画ジャーナリスト
courtesy of TIFF

開催中の第45回トロント国際映画祭で、グレタ・トゥーンベリさんのドキュメンタリーが上映された。2018年8月、15歳の時に学校をストライキして議会の前に座り込み、地球の気候変動を訴え、初めてメディアに注目されたグレタさん。グレタさんと同じスウェーデンのフィルムメーカー、ネイサン・グロスマン監督が、その姿を見て、彼女の記録を収めることを決意し、寄り添うようにフィルムを回し続けた。

地球温暖化がおよぼす危険を世界中に訴え続ける一方で、グレタさんについては、時にその過剰な発言が反感を買い、知名度を利用した「裏」の存在が取りざたされたりと、若き環境活動家の騎手として誰もが素直に受け入れやすい存在ではない。とくにここ日本では、グレタさんのニュースが出ると、SNSやニュースのコメント欄に否定的な意見も目立つ。中でも2019年の国連でのスピーチでの鬼のような怒りの形相や、「あなたたちを絶対に許さない」という激しい内容には賛否も巻き起こった。今も多くの人が、あの強烈な表情でグレタさんのイメージを脳裏にやきつけている。

では、グレタさんは、いったいどんな素顔の少女なのか? このドキュメンタリー『I Am Greta』は、学校を休んで、たった一人で始めた抗議から、国連でのスピーチまで、ニュースで流れた彼女のこれまでの活動をまとめながらも、日常生活、家族との関係などを丹念に映し出していく。もちろんドキュメンタリーなので、ある程度、作り手の意図は反映されているだろう。しかし、そこにいるのは、繊細な十代の少女である。驚くのは、プライベートな空間も次々と出てくることで、監督とのよほどの信頼関係があったと感じとれる(意地悪な見方をすれば、そこが「意図的」な印象も与える)。スマホで撮った幼少時の動画など、さながらプライベートフィルムの味わいだ。

とくにストライキを始めてからしばらくの間、グレタさんの表情はじつに穏やかである。メディアで流れていたイメージとまったく違う。アスペルガー症候群であることにも素直に向き合い、ひとつのことに熱中しすぎる自分を冷静に分析していたりする。単に、自分自身が正しいと思う行動をしているだけなのに、社会的に大きな影響を与え、過剰なほど注目を浴びてしまう。そこに戸惑い、つねに自問する様子は、観ていて切ない。ポーランドでのCOP 24で、初めて公の場でスピーチをする際、直前の緊張する姿は、等身大の十代の少女のそれである。

courtesy of TIFF
courtesy of TIFF

もちろん「批判」の部分も、『I Am Greta』はきっちりと収めている。グレタさんは自分への批判をどのように受け止めていたのか? 脅迫状が届くなど命の危険も感じるようになった際の家族の対応は切実だし、グレタさんが自分の責任感と多くのプレッシャーに葛藤し、「もうやりたくない。もう十分」と思わず本音を吐露するシーンは、否が応でも胸が締めつけられるのだ。

繰り返すが、これはグレタ・トゥーンベリさんが、信頼を預けた監督による作品なので、ドキュメンタリーとはいえ「主観」が入り込んでいる余地は大きい。しかし、ドキュメンタリーとはそういうもので、すぐれたドキュメンタリーほど客観性が高いものが多いが、この『I Am Greta』は、主観よりも客観性が強く感じられた。

日本でもここ数年、ありえない規模の集中豪雨や強力な台風が増加し、明らかに海面温度上昇など地球の異変を身にしみて実感している人も多いはず。その一方で、経済活動との関係で、地球温暖化を抑える方向へいかない現実も突きつけられている。われわれ一人一人に何ができるのか……。

映画の中でグレタさんが「人間は、社会の中でそれぞれ役割がある」と語るように、未来のために、素直に正しいことを訴え続ける人は、その印象がどうであれ必要不可欠だと『I Am Greta』は伝えてくれる。グレタ・トゥーンベリさんに良い印象をもっていない人ほど、これはぜひ観てもらいたい作品だ。世界的には劇場公開、および11月にHuluでの配信が決まっているので、日本でも近々観られるはずである。

映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、ヤングマガジン、クーリエ・ジャポン、スクリーン、キネマ旬報、映画秘宝、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。

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