自分で監督した映画に、自分自身をどこまで投影するか。それについては監督それぞれアプローチが異なるが、たとえば新作『レイニーデイ・イン・ニューヨーク』と、ウディ・アレン監督の素顔を切り離して観るのは難しいという声も聞く。

とくにセクシュアリティという側面を考えると、ゲイの監督たちは意識的に自作にアイデンティティを強く盛り込むケースが多い。フランソワ・オゾングザヴィエ・ドラン橋口亮輔ら名前を挙げればキリがないし、先ごろ亡くなったジョエル・シュマッカーのように直接的ではなく、バットマンの胸に乳首を付けるなどポイントでその志向を表現した監督、ミュージカル映画におけるヴィンセント・ミネリや、ヒーロー映画におけるブライアン・シンガーなど、ゲイの監督の作品として裏読みをする楽しさも提供……と、この話題は尽きないが、8月14日に日本で公開される『ポルトガル、夏の終わり』のアイラ・サックス監督の場合は、「意識的」なケースだろう。

ベテラン俳優フランキーが、家族や親友を集める、わずか「一日」を描いた『ポルトガル、夏の終わり』
ベテラン俳優フランキーが、家族や親友を集める、わずか「一日」を描いた『ポルトガル、夏の終わり』

日本ではそれほど名前が知られていないアイラ・サックスだが、この『ポルトガル、夏の終わり』はカンヌ国際映画祭のコンペティションに選ばれるなど、世界的には一線級の映画監督。これまでも長編デビュー作の『ミシシッピの夜』では18歳の主人公が同性への想いにどう向き合うかを描き、『Keep the Lights On』では映画監督と弁護士のカップルの行き違う考え方にフォーカス。『人生は小説よりも奇なり』では同性婚の合法化と熟年カップルの関係を見つめ……と、過去6本の長編監督作のうち、半分の3本でメインテーマにしたのが、男性同士の恋愛だった。

その点について、アイラ・サックス監督に聞いてみると、穏やかな口調で次のように語り始めた。

「私自身、ゲイの男性です。そのため、周囲にはセクシャル・マイノリティ、クイアな友人たちが多いのも事実です。だから、たとえばビジネスマンを主人公にした脚本を書くよりも、ゲイであることを強調した物語を書きやすいのは事実なんですよ。特に意識的にゲイのテーマを扱ってるわけじゃありませんが、物語の書き手として、自分の経験を重視してしまうのは自然の流れでしょう」

この『ポルトガル、夏の終わり』も、メインキャラクターの一人はゲイの男性である。

「今回は、私の経験を重視するのではなく、とはいえ、自分が書く物語なので、一人だけゲイのキャラクターを登場させました。映画界でのキャリアも25年になりましたから、自分の経験と作品のテーマは、時に強烈にリンクすることもあれば、まったく異なることもある。その意味で、今回はうっすらとリンクするという程度です。実際に主人公のモデルになったのは、肺がんのために50歳で亡くなった親友の女性なのです」

サックス監督がそう語るように、『ポルトガル、夏の終わり』は、自身の死期を悟った主人公が、家族や親しい友人を自分の元に集める物語。その場所は、ポルトガルの世界遺産の街であるシントラ。そして主人公のフランキー(彼女の名前が映画の原題でもある)を演じるのは、イザベル・ユペールだ。フランキーの職業は、俳優。もともとユペールのファンだったというサックス監督は、彼女に熱烈なラブコールを贈り、出演を決意させたという。ユペールが出ることになって、主人公を俳優に設定して脚本を書き始めたそうだ。

あるシーンでイザベル・ユペールに劇的な芝居を指示したところ、「内面をにじませたい」と反対されたサックス監督だが、最終的に彼女の判断が正しかったと脱帽した。
あるシーンでイザベル・ユペールに劇的な芝居を指示したところ、「内面をにじませたい」と反対されたサックス監督だが、最終的に彼女の判断が正しかったと脱帽した。

『ポルトガル、夏の終わり』では、フランキーの別れた夫が、彼女との結婚生活時代に自身がゲイだと気づいたという設定。その元夫と、彼との間に生まれた息子、再婚した現在の夫に、彼の娘(つまりフランキーにとっては義娘)の一家などが登場し、ちょっぴり複雑な家族ドラマが展開する。そうした家族関係、さらに登場人物の「本音」と「建前」が入り混じる感情を演出するにあたり、アイラ・サックス監督は、ある映画作家を指針にしたという。

小津安二郎監督です。たしか今から7年ほど前ですが、小津監督の回顧上映フェスティバルがあって、彼の作品を10本ほど観ました。あの時の経験は、私のその後の創作活動を明らかに一変させたと思います。それまでの方向性から、新たな発見に導かれた感覚ですね。あれから7年。私は映画監督として、つねに小津の作品と対話しながら、新作を撮っているんですよ」

この『ポルトガル』の前の、2016年の作品『リトル・メン』は、祖父が遺した建物に移り住んだ親子と、その建物の1階で洋服店を営む親子の物語で、大人が自分たちの事情で子供たちの友情をこわしていく。イザベル・ユペールも、この『リトル・メン』での人間の複雑な感情表現に惚れ込み、アイラ・サックス作品への出演を決めたと語っていた。

「『リトル・メン』は、小津の『東京物語』と『お早よう』の2作をヒントにして作りました。小津監督は、人間のあらゆる側面を、ひとつの家族の中で描こうとしています。私はそこに美学を感じたのです。以前の私は、ひとつのテーマを、ひとつの世代で描いてきました。小津作品に出会ってからは、『リトル・メン』も、今回の『ポルトガル、夏の終わり』も、三世代の視点を考えるようになったのです。天国の小津監督から『同じテーマを、別の作品で、違ったバージョンで語り続けなさい』と言われているような気がしますね」

やはり日本では先日公開された、『カセットテープ・ダイアリーズ』のグリンダ・チャーダ監督も、理想の映画として小津の『東京物語』を挙げていた。チャーダ監督が「世代による価値観の違いを、最高の尊厳をもって描いている」と小津を評しているように、このアイラ・サックスをはじめ、小津安二郎が今でも世界中の映画作家に影響を与え続けている事実には驚くばかりだ。

日本から遠く離れたシントラの街で、人気俳優の一家という特殊なシチュエーションの『ポルトガル、夏の終わり』だが、そのあまりに美しいラストと、家族それぞれの切ない思いで、いつまでも余韻に浸ってしまうのは、小津安二郎のDNAにわれわれが共鳴してしまう部分もあるからなのか……。

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『ポルトガル、夏の終わり』

8月14日(金)、Bunkamuraル・シネマ、ヒューマントラスト有楽町、新宿武蔵野館ほか全国順次ロードショー

配給:ギャガ

(C) 2018 SBS PRODUCTIONS / O SOM E A FURIA (C) 2018 Photo Guy Ferrandis / SBS Productions