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カルチャー+映画の楽しみを再び渋谷に! 白いカンバスに点を描く草間彌生とともに…白いシネクイント始動

斉藤博昭映画ジャーナリスト
渋谷PARCOにオープンするWHITE CINE QUINTO (撮影/筆者)

渋谷駅から人が行き交う井の頭通りを抜け、スペイン坂を上る。「なんで、ここがスペインなんだろう」なんて考えながら、坂を上りきってシネマライズで映画を観るーー。かつて、そんな楽しみを味わっていた映画ファンは多かった。

「ここでしか観られない」「映画好きの聖地」。そんな形容詞が似合うシネマライズは、『トレインスポッティング』『アメリ』などトレンドの先駆けとなる数多くのヒット作を生み出し、渋谷のミニシアターを牽引したが、そのシネマライズより早く、ミニシアター文化の礎を作った劇場があった。パルコのスペース・パート3だ。シネマライズ開館の5年前、1981年にオープンしたスペース・パート3は、純粋な「映画館」ではない。

スペイン坂を上りきると、新生PARCOがそびえ立っている。(撮影/筆者)
スペイン坂を上りきると、新生PARCOがそびえ立っている。(撮影/筆者)

アートの展覧会や、演劇やコンテンポラリーダンスの公演も行われる、まさに「スペース」で、なおかつロードショー劇場の役割も果たす。『ピンク・フラミンゴ』や『エル・トポ』、『シド・アンド・ナンシー』が上映され、ぴあフィルムフェスティバルなども行われた。座席もパイプ椅子に近いようなタイプだったが、座り心地など気にすることもない、「そこでしか体験できない」先鋭的、マニアックなプログラムは、カルチャーの発信地、渋谷にふさわしいスペースだった。

そのスペース・パート3が役割を終え、シネクイントという映画館に変わったのが1999年。オープニング作品の『バッファロー’66』は、隣のシネマライズ的な作品でもあり、大ヒット。その後も『ギャラクシー・クエスト』、『メメント』など個性的な作品を上映しつつも、「ここでしか観られない」「カルチャーの先端を行く」というスタイルは薄まっていった。

パルコの建て替えのために、シネクイントも2016年に一旦閉館。時を同じくして、シネマライズも閉館し、渋谷のミニシアター文化はひとつの転換期を迎えた。2年後の2018年に、シネクイントは渋谷シネパレスの跡地に2つのスクリーンで再開される。

チケット、ドリンク・フード、グッズ販売のコンパクトなロビースペース。(撮影/筆者)
チケット、ドリンク・フード、グッズ販売のコンパクトなロビースペース。(撮影/筆者)

そして2019年11月、渋谷ミニシアターの元祖であるスペース・パート3の精神を受け継ぎそうな、もうひとつのシネクイントが誕生した。WHITE CINE QUINTO(ホワイトシネクイント)だ。渋谷PARCOのリニューアルオープンとともに、11月22日に開館。まず目を引くのが、名前のとおり吸い込まれるような真っ白な外観。同じ8階のフロアには、PARCO劇場、ギャラリーやライブなど多方面に使用可能なスペース「ほぼ日曜日」があり、まさにカルチャーを「感じられる」空間。ホワイトシネクイント自体のロビーはわずかなスペースだが、8階全体が劇場ロビーの役割を果たしている感じ。

アート、ファッション、渋谷カルチャー。その3つの要素を融合させたスペースを目指す。そこにシネクイントのDNAである、野心的プログラムで勝負できる環境にしたい」と、株式会社パルコ、エンタテインメント事業部の岩垂史兼氏が語るように、カルチャーの発信という点で、懐かしのスペース・パート3の精神も受け継いでいくのだろうか。どちらかといえば、アングラ的なムードもあったスペース・パート3とは違って、「ホワイト」なイメージに「何かを新しく染める」という思いが込められているようで、オープニング作品の『草間彌生∞INFINITY』は、まさにカルチャー+映画という点で最高のチョイスだろう。

草間彌生作品に吸い込まれるような感覚を、映画でも味わえる。
草間彌生作品に吸い込まれるような感覚を、映画でも味わえる。

『草間彌生∞INFINITY』では、今や生ける伝説となったアーティストが、白いカンバスに、あの点々を入れていく創作活動も収められる。ホワイトシネクイントを、あたかも自分の作品で「染めていく」かのようだ。1960年代にNYに渡った草間彌生の、信じがたい創作への欲求と、あのアンディ・ウォーホールらに与えた影響、トラウマや病との関係、そして何より、前人未到の作品群をアメリカ映画として完成させたこのドキュメンタリー。この作品はホワイトシネクイント限定ではないものの、劇場との一体感でどこまで観客の支持を集めるかは、ホワイトシネクイントの今後を決めるひとつの試金石であり、大げさにいえば、カルチャー発信地としての渋谷の役割を復活させる足がかりにもなるのでは?

三宅一生のパリでのショーを記録した『PLAYGROUNDS』や、矢野顕子のドキュメンタリー『SUPER FOLK SONG〜ピアノが愛した女〜』の限定上映、さらにドキュメンタリー『森山直太朗 人間の森をぬけて』、再開発が進む渋谷を舞台にした青春映画『転がるビー玉』と、当面のラインナップには「カルチャー」「渋谷」が強く意識されるが、映画配給も行うパルコなので、シネクイントと棲み分けをしながら、どのような作品が上映されるか、その方向性に期待したい。希望的観測としては、かつてのシネマライズの役割も担えるのではないか。

現在もBunkamuraル・シネマ、アップリンク、シアターイメージフォーラム、ユーロスペースと、ミニシアターの宝庫を誇る渋谷。しかし、シネマライズが閉館したとき、ミニシアター文化のひとつの終焉を感じた映画ファンがいたのも事実。カルチャー+映画のムーブメントという点で、もはや「渋谷だから」という感覚は希薄になっている。

「そこでしか観られない」作品を求めて。

そして「カルチャーを牽引する」という映画の楽しみを享受するために。

スペイン坂を上った先の新しい映画館は、どんな役割を果たしてくれるだろうか……。

画像

『草間彌生∞INFINITY』

11月22日(金)、全国ロードショー

配給/パルコ

記事中の写真:SONG OF A MANHATTAN SUICIDE ADDICT, 2010-present. Image (c) Yayoi Kusama. Courtesy David Zwirner, New York; Ota Fine Arts, Tokyo/Singapore/Shanghai; Victoria Miro, London/Venice; YAYOI KUSAMA Inc.

記事最後の写真:Artist Yayoi Kusama drawing in KUSAMA- INFINITY. (c) Tokyo Lee Productions, Inc. Courtesy of Magnolia Pictures.

映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、ヤングマガジン、クーリエ・ジャポン、スクリーン、キネマ旬報、映画秘宝、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。

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