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ヴェネチア、トロント、そして日本公開へ。新作『真実』は「筆記具を変えた感覚」是枝裕和監督インタビュー

斉藤博昭映画ジャーナリスト
トロント国際映画祭での是枝裕和監督(写真:REX/アフロ)

 ヴェネチア国際映画祭のオープニング作品として上映された『真実』は、その直後のトロント国際映画祭でも上映。観客の反応も受け止めた是枝裕和監督は、いつもの穏やかな表情の中に、どこか安堵と満足感が漂っていた。

 この『真実』はフランスで撮影が行われ、キャストにはカトリーヌ・ドヌーヴを中心に、ジュリエット・ビノシュ、イーサン・ホークという海外のスターを起用。セリフもフランス語と英語。そうした「外観」だけでなく、ストーリーや設定も、近年の是枝作品とはまったく異なる印象なのだ。

とにかく軽やかな作品に

 やはり是枝監督自身にとっても『真実』は、これまでと違った、まったく新しいチャレンジだったのだろうか。

「確かにそうですけど、日本で撮ろうが、外国で撮ろうが、映画は常にチャレンジです。ただ、スタッフも言語も違うということで、自分の製作環境に少し新しい風を吹かせたい、という思いはありました。例えるなら『筆記具を変える』感覚です。書くのは自分だけど、書体やリズムがいつもと違ってくるのです」

「書くのは自分」。つまり、撮影の手順や方法は、これまでのスタイルを貫いたということ。しかし筆記具を変えたことで、監督の予期しない仕上がりも導かれたのではないか。

「現場での準備の時間なんかは、日本よりも圧倒的に短かったですね。ちょっと休憩してコーヒーを飲んでいても、すぐに呼ばれてしまう(笑)。だから8時間労働という制限がありましたが、一日で撮れるカット数は、日本と変わらなかったりするのです。今回の作品はもともと軽快なものを想定したのと、カトリーヌ・ドヌーヴの持っている明るさと軽さを取り入れたかったので、それらが合わさった結果が出ていると思います」

演出中の是枝監督 photo L. Champoussin (c) 3B-分福-Mi Movies-FRANCE 3 CINEMA
演出中の是枝監督 photo L. Champoussin (c) 3B-分福-Mi Movies-FRANCE 3 CINEMA

 もうひとつ、日本での撮影とは明らかに違った点を、是枝監督は次のように指摘する。

「日本家屋で撮るよりも、俳優を動かしやすかったですね。日本の場合は、一度座ってしまうと、そこから立たせるきっかけを作るのが難しかったりする。今回、撮影で使った家は部屋数も多かったので、かなり自由に俳優に動いてもらいました。撮影監督のエリック・ゴーティエも動的なタイプで、彼にも動きたいように動いてもらった。撮影の中盤からは僕が描いた絵コンテを無視して、彼の動きに任せた結果、当初に想定していたイメージより、風通しの良い雰囲気が出たかもしれません」

フランス人が撮った作品と思われた

 フランス語や英語のセリフの場合、微妙なニュアンスが、どこまで監督の意図どおりに表現されるのか? もちろん通訳が入るにしても、そのあたりを監督はどう捉えたのだろう。

「クランクインの半年前くらいに、俳優を相手にオーディションのような機会を作って、僕の演出がうまくいくか試したんです。そのとき、たとえば僕の書いたセリフを、あえて抽象的に『もう少し丸く』とか『柔らかく』と伝えると、ちゃんとその意図どおり、お芝居が変わるのが実感できました。だから実際に撮影に入っても、『今のは気持ちが入っていた』『いいリズムだった』という判断ができたのだと思います」

 そして作品が完成し、ヴェネチア、トロントと上映を経て、何か特別な反応はあったのだろうか。「是枝作品」と知らずに観たら、まるでエリック・ロメールの作品かと錯覚してしまうが……。

「いちばんよく言われるのは『フランス人が撮ったフランス映画のようになっている。それが実現できたのはなぜか?』ということです。僕自身は、ふだんから『日本映画を撮っている』という感覚はありませんし、今回も『フランス映画っぽく撮った』というわけでもない。いつもと同じように、目の前で家族を動かしながら、彼らの感情の響き合いや、すれ違いを見つめていっただけです。ただ映像では、撮影のエリックが1980年代のロメール作品をお手本にして自然光を意識した設計をしているので、そこが観る人に伝わっているのかもしれませんね」

国民的大女優と脚本家の娘、その夫らが織りなすドラマは、過去の是枝作品とは明らかに違う味わい深さ。(c) 3B-分福-MI MOVIES-FRANCE 3 CINEMA
国民的大女優と脚本家の娘、その夫らが織りなすドラマは、過去の是枝作品とは明らかに違う味わい深さ。(c) 3B-分福-MI MOVIES-FRANCE 3 CINEMA

 トロント国際映画祭での反応は、とくにうれしいものだと、是枝監督は次のように語る。

「トロントは一般の観客がメインの映画祭で、僕の作品をデビュー時から観てくれている人が多く、Q&Aでも過去の作品と絡めた質問が出てくる。映画や監督を『縦軸』で観てもらっている感じです。非常に目の肥えた観客から、毎回、多くの刺激を受けています」

 こうした映画祭の上映では、他の監督との交流も楽しみなようで「ペドロ・アルモドバル監督が、トロントでの上映を観に来てくれたんですよ。僕の『誰も知らない』を好きだと言ってくれて、それから何度か会っています。残念ながら上映後に話すチャンスがなくて、『真実』の感想はまだ聞いていませんが」と微笑む是枝監督。

一度エンジンを切り、次なる目標へ

 フランスでの撮影を無事にやり遂げたことで、今後も海外での製作を視野に入れていくのか。そのあたりの野心について聞いてみると……。

「今回は、非常にすぐれた通訳さんがいて、日本と同じスタイルで撮影できるよう、プロデューサーが守ってくれた結果だと感じています。原案・監督・脚本・編集を一人でこなし、夜に編集作業をして、翌朝、その日に撮影するシーンの脚本を配るなんてことは、おそらくハリウッドでは難しいでしょう(笑)。そうした自由な環境をどこまで整えられるのか。そこにかかってくるでしょう」

 今後については「この5年間、毎年、新作を完成させていたので、いったんここでエンジンを切り、冷却期間を置いて、来年、新たなスタートを考える」という。次回作までは少し時間が空きそうなので、日本でも『真実』は必見作になるだろう。是枝作品のファンは、「監督が変えた筆記具」による思わぬサプライズを期待してほしい。

photo L. Champoussin (c) 3B-分福-Mi Movies-FRANCE 3 CINEMA
photo L. Champoussin (c) 3B-分福-Mi Movies-FRANCE 3 CINEMA

『真実』

10月11日(金)TOHOシネマズ日比谷ほかにて全国公開

配給:ギャガ

映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、ヤングマガジン、クーリエ・ジャポン、スクリーン、キネマ旬報、映画秘宝、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。

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