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トロントで目撃した『天気の子』の熱狂――新海監督、是枝監督らの日本作品はどこまで愛されたのか

斉藤博昭映画ジャーナリスト
北米最大規模を誇るトロント国際映画祭「tiff」は「観客」重視のフェスティバル(写真:ロイター/アフロ)

「ここは、映画祭としての理想形。観客の反応がひじょうにビビッドで、本当に話しやすいんです。『おかえり』と迎えられ、『ただいま』と帰ってくる場所ですね」

そう語るのは、是枝裕和監督だ。

9月5日〜15日に開催された第44回トロント国際映画祭。北米で最大の規模を誇り、アカデミー賞を狙う作品がここでお披露目されることも多いので、世界的な注目が集まる。是枝監督が語るように、このトロントが、カンヌやヴェネチアなどと違うのは、一般の観客向けの上映がメインであること。今年も長編だけで250本もの作品が上映されたが、客席がほぼすべて「満席」で埋まるのである。毎回、映画祭期間の合計来場者数は30万人を超え、トロントおよびその周辺から足を運ぶ人の多さと、その熱狂ぶりは感動的ですらあるのだ。

今年も上映作品の監督やスターたちが、トロントに集まった。『ジョーカー』のホアキン・フェニックスをはじめ、メリル・ストリープ、トム・ハンクス、クリスチャン・ベール、マット・デイモン、スカーレット・ヨハンソン……。ハリウッドがそのまま引っ越してきたような勢いである。もちろん世界屈指の国際映画祭なので、日本の話題作も上映される。では今年は、どんなラインナップだったのか?

是枝裕和監督『真実』 ※日仏合作

新海誠監督『天気の子

黒沢清監督『旅のおわり 世界のはじまり』 ※日本・ウズベキスタン・カタール合作

三池崇史監督『初恋

深田晃司監督『よこがお

HIKARI監督『サーティセブンセカンズ(37 Seconds)』 ※日米合作

例年以上に、実力、人気とも申し分ない日本人監督たちの新作が並んだので、これらの作品がどのようにトロントの観客に受け入れられたのかをレポートしよう。

新海マニアでチケットは即完売!

今回、日本人監督の中でも最も注目されたのが、新海誠監督ではないか。現在、日本で『天気の子』が大ヒット中で、『君の名は。』がハリウッドで実写リメイクされるなど、話題がとぎれない新海監督。とはいえ、海外でどこまでコアなファンがいるのかは、やや未知数な部分もあった。

会場のScotiabank Screen1は客席数552。満席の観客からの熱気が伝わってくる、『天気の子』プレミア上映(撮影/筆者)
会場のScotiabank Screen1は客席数552。満席の観客からの熱気が伝わってくる、『天気の子』プレミア上映(撮影/筆者)

しかし蓋を開ければ、9月8日のトロントでの北米プレミアは即日完売。その後の回もすべて売り切れた。プレミアでは当日券を求める人々の行列もできるほど。映画祭での限られたチケット枚数とはいえ、他の作品以上の人気が感じられたのは事実である。また、『天気の子』のプレミアは自由席の劇場だったため(指定席/自由席は劇場によって異なる)、上映前にはチケットを持った人の長蛇の列ができていた。それとは別に「Rush Line(開映前に空席があったら滑り込みで入場できる)」にも多くの人が並ぶ。

筆者もチケットを持っている人の列に並んで待っていたのだが、明らかに前後は「新海ファン」と思われるトロントの若者。話を聞くと「『秒速5センチメートル』の頃から、ずっと大好き」「『君の名は。』は日本アカデミー賞で、アニメとして初めて最優秀脚本賞をとったんだよね?」「その『君の名は。』以上に日本では『天気の子』のオープニング成績は良かったんでしょう?どこまでヒットしそうなの?」などと、本気のファンであることが伝わってきた。

上映後、観客とのQ&Aに応じる新海誠監督(提供/東宝)
上映後、観客とのQ&Aに応じる新海誠監督(提供/東宝)

この日のプレミア上映では、あちこちで笑いが起こり、終盤はすすり泣きも起こるなど、リアクションは予想以上。監督いわく「まさに僕が狙ったとおりの反応だった」とのこと。英語字幕の上映だったが、たとえば「先輩」が「Sempai」と訳されるなど、世界のアニメファンの「共通語」がそのまま出てくると、観客から歓喜の声も上がり、監督も大満足の様子だった。(新海監督のトロントでのインタビューはこちら

上映終了後も、興奮冷めやらない観客が多く、『天気の子』のTシャツを着た、見るからに「新海信者」の20代の男性は、Q&Aで監督に質問することができたせいか、うれしさのあまり軽いパニック状態になっていた。「10年間、ファンを続ける僕にとって『天気の子』は“So Shinkai(まさに新海作品)”でした。結末まで新海さんのパッションがあふれていましたから。『君の名は。』では実際に起こった災害の関係で批判が起こったこと、それをどう受け止めたのかを監督の生の言葉で聞くことができて感動しました」。彼はQ&Aで、「(初期の短編作品の)『囲まれた世界』『遠い世界』も大好きです!」と語り、新海監督を「その作品を知っているのは世界でも20〜30人くらい。オタクー」と感激させていた。

トロントの北部に隣接するリッチモンドヒルから来たというマシューさん。新海監督の作品を初期から愛し続けるという熱心なファンで『天気の子』のTシャツで来場。監督に質問することができ、興奮がおさまらない。(撮影/筆者)
トロントの北部に隣接するリッチモンドヒルから来たというマシューさん。新海監督の作品を初期から愛し続けるという熱心なファンで『天気の子』のTシャツで来場。監督に質問することができ、興奮がおさまらない。(撮影/筆者)

その他にも「新海監督は、悲劇をポジティブに変える才能が世界でも並外れている」と、冷静に分析するファンもいた。カナダでは過去の新海作品が劇場公開されていないにもかかわらず、このディープなファン層は、新海監督にもうれしいサプライズだったようだ。ただし監督自身は「映画祭だからといって特別な感覚はありません。日本でも海外でも、どこで上映されたとしても、そこに観客がいて、作品を受け止めてもらうことは、つねにうれしい」と、こうした特別な場所に来られないファンへの気遣いも示した。次は『天気の子』のインドでの上映に立ち会うそうである。

固定ファンの愛のある感想も…是枝監督『真実』

20〜30代の観客がメインだった『天気の子』に対し、是枝裕和監督の『真実』は幅広い年齢層の観客であふれ、メインは50〜60代といった印象。この『真実』は、是枝監督にとっても初めて海外で撮影した作品。キャストもカトリーヌ・ドヌーヴ、ジュリエット・ビノシュ、イーサン・ホークなので、フランス語および英語のセリフと、何から何までが「新たなチャレンジ」となった。だからだろうか、観客の反応も新鮮だった。ある女性は「映画自体はすばらしかった。でも私は『万引き家族』まで是枝監督の作品を観てきたので、今回は正直、ちょっと戸惑いもあったわ」と、かなり率直な感想。安易に賞賛しないところが、逆に正直ですがすがしい。一方で別の男性観客は「こうやって新たな道へ進んでいこうとする監督の意志に感銘を受けた。まるで彼の作品ではないように感じたよ。でもそれって最高の褒め言葉でもあるだろう?」と、監督のチャレンジを心から絶賛していた。是枝作品は、昨年は『万引き家族』、その前年は『三度目の殺人』が上映され、いわばトロントの「常連」。こうして話を聞くと、毎年楽しみに観に来る固定ファンがいることを実感させる。

上映後、ファンとのやりとりがとぎれない是枝裕和監督(撮影/筆者)
上映後、ファンとのやりとりがとぎれない是枝裕和監督(撮影/筆者)

是枝監督も『真実』への反響に関して、「うれしかったのは『まるでフランス映画を観ているように感じた』という声が多いことです」と、自身の意図が成功したことを確信しているようだ。さらにトロントの観客に対して「ありがたいことに、この映画祭で僕の作品を観に来てくれるのは、デビューした頃から継続している人が多いんです。質問も過去の作品に絡めて出てくる。監督のキャリアを、時間を追ってとらえてくれている感じですね」と、笑顔をみせる。

トロントに感謝する日本の名監督たち

黒沢清監督は観客との記念撮影が続く。(撮影/筆者)
黒沢清監督は観客との記念撮影が続く。(撮影/筆者)

同じように「トロントのおかげ」と熱く語るのが、黒沢清監督と三池崇史監督だ。黒沢監督は「僕の『CURE』が世界各国で認められたのは、ここトロントで上映され、みなさんから支持を受けたのがきっかけ。だからこの映画祭には本当に感謝しています」と、『旅のおわり 世界のはじまり』の上映前に感慨深くスピーチ。「ただ今回は、いつもの僕の作品のような幽霊や殺人鬼が出てくる作品ではありません。それでも大丈夫でしょうか?」と会場の笑いを誘った。上映後、年配の男性は「黒沢監督の作品とは思えない。とてもラブリーな映画だったよ」と、是枝作品のときと同様に、トロントの映画祭で好きな監督の作品を長年見守ってきた「映画愛」が伝わる感想を話してくれた。

深夜の上映にもかかわらず、サイン攻めに遭う三池崇史監督(提供/東映)
深夜の上映にもかかわらず、サイン攻めに遭う三池崇史監督(提供/東映)

そして三池崇史監督も『初恋』の上映時に次のように語った。「まったく予想外の展開で、1997年に、『極道戦国志 不動』でトロントに呼んでもらい、映画というものは勝手に海外に飛んでいって受け入れられると実感しました。それが、その後の映画を作るモチベーションになった。あのときトロントに呼ばれなかったら、違う人生を送っていたんじゃないかと思うくらい」。『初恋』はミッドナイト・マッドネス部門で上映された、その名のとおり「マッド=狂った」作品で、爆笑と拍手の渦に包まれ、応援上映のような状況となった。

こうしたベテラン監督たちだけでなく、初めて、あるいは二度目の参加の日本人監督もいた。『淵に立つ』以来、3年ぶりのトロントとなる『よこがお』の深田晃司監督は「上映中、観客の息遣いに耳をすましていたが、場面が変わるにつれ、会場の意識がスクリーンに集中していくのを感じ、笑い声や息を吐く音が映画の音響と混じり合っていく体験となりました」と、観客の反応に大満足。ここでの上映をきっかけに『よこがお』は北米での配給も決定したという。また、初トロントのHIKARI監督の『サーティセブンセカンズ(37 Seconds)』では、主人公の仕事が漫画家ということで、日本の「漫画カルチャー」に関わる熱いQ&Aが展開された。

伝わらないもどかしさも今後の作品への指針に

深田晃司監督。北米の配給会社のスタッフと。(提供/KADOKAWA)
深田晃司監督。北米の配給会社のスタッフと。(提供/KADOKAWA)

他の世界的映画祭、カンヌ、ヴェネチア、ベルリンなどではプロフェッショナルの審査員がグランプリを決めるのに対し、このトロント映画祭の最高賞は、ピープルズ・チョイス・アワード(観客賞)である。その観客賞受賞作が、アカデミー賞に向けた賞レースを大きく左右する(昨年はトロントでお披露目された『グリーンブック』が、観客賞→アカデミー賞作品賞)。一般の映画ファン、映画観客に愛された作品が栄誉を受けることで、その「映画愛」がフェスティバル全体に充満していると言っていい。だからこそ、参加した監督たちも観客に「愛」を返すのである。

こうした観客との美しき相互作用は、初めてトロントに来た日本人監督にもインパクトを与えたようで、新海誠監督は今後の創作アプローチについて次のように語った。

「RADWIMPSの歌詞までは字幕で出すことができず、伝わらないもどかしさは感じました。このトロントで海外の配給の人にも実際に会ったりすると、『求めてくれるファンが海外にもいるので、そういう人たちにも、すべてちゃんと観てもらいたい』という気持ちになります。うまい道が、きっと見つかると思います」

2003年、北野武監督の『座頭市』が受賞した観客賞は今回、日本映画にもたらされなかったが(タイカ・ワイティティ監督の『ジョジョ・ラビット』が獲得)、是枝監督が「観客のための映画祭」と語るように、トロントとの絆が深い監督は、観客からの長年の熱い支持が、新海監督も示唆した「海外へ向けた映画作り」への大きな原動力になっているのは間違いない。

今回のトロントでの『天気の子』への熱狂を目の当たりにすると、日本アニメーションへの揺るぎない支持と、まだ見ぬ作品への渇望を改めて実感する。その一方で、その渇望を、さらなるグローバルな支持へと拡大させるうえで、新海監督ら新たな才能が背負うものは大きいとの期待も高まる。そのためには、是枝裕和、黒沢清ら安定した人気を誇る監督たちが今回、新たな方向性の作品でトロントの観客を魅了したように、実績だけでなく、衰えない冒険心も重要だろう。

映画ファンにとっての「聖地」であるトロント国際映画祭。その観客は、日本映画の才能にも大きな刺激を与えている。

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映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、ヤングマガジン、クーリエ・ジャポン、スクリーン、キネマ旬報、映画秘宝、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。

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