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エルトン・ジョン映画『ロケットマン』。あの『ボヘミアン・ラプソディ』との共通点、そして大きな違いは?

斉藤博昭映画ジャーナリスト
2作の監督D・フレッチャーに、エルトン役のタロン・エガートン、ラミ・マレック(写真:REX/アフロ)

8月23日に公開される『ロケットマン』は、5月のカンヌ国際映画祭、その後の全米公開でも好評を博し、日本でのヒットにも期待がかかる。

じつは「ボヘミアン」に乗れなかった人が、むしろ高評価?

すでにあれこれ言われているが、エルトン・ジョンの半生を描くということで、昨年のフレディ・マーキュリーの『ボヘミアン・ラプソディ』(以下、『ボヘミアン』)と比較されがちである。実際に筆者のまわりでは「2作とも好き」という人もいるものの、「『ボヘミアン』はイマひとつだったけど、『ロケットマン』は良かった」という声を聞いたりもする。あるいは、その逆という人も多い。音楽史に残るミュージシャン、活躍の時期も重なり、しかもド派手なステージ・パフォーマンスや衣装など共通項も多い両者の映画なので、「似ている映画だと思ったら」→「かなり違った」という印象になるのは事実だ。

実際に世界的に大ヒットし、アカデミー賞でも受賞した『ボヘミアン』は、映画批評サイトのロッテントマトで批評家61%、観客86%と、フレッシュ(満足度)はめちゃくちゃ高くはなかった。一方で『ロケットマン』は批評家89%、観客88%と、ともに高い数字を記録。もちろんヒットと作品評価は別物であるが、社会現象になったにもかかわらず、『ボヘミアン』の映画としての仕上がりに疑問を感じた人が、『ロケットマン』に「こういう映画が観たかった」と納得する傾向も感じる。いずれにしても『ボヘミアン』を観に行った層は、『ロケットマン』に多少なりとも関心をもっているはず。

では『ロケットマン』の詳しい展開にはふれず、2作の共通点を挙げると……

1)監督が同じ

『ボヘミアン』は、監督のブライアン・シンガーが撮影の後半に降板。撮影の完了とそこからの仕上げを任されたのがデクスター・フレッチャーだ。実際に、映画化がスタートするまで長い時間がかかった『ボヘミアン』では一時、フレッチャーが監督するという話も出たので、適任だったといえる。フレッチャーは『ボヘミアン』を完成させて、すぐに『ロケットマン』の撮影に入った。『ボヘミアン』はブライアン・シンガーのイメージを具現化した部分が多いだろうが、『ロケットマン』はフレッチャーが作りたいと思った世界が際立った「監督作」である。

2)共通の登場人物

エルトンの初体験の相手となるのが、マネージャーのジョン・リード
エルトンの初体験の相手となるのが、マネージャーのジョン・リード

『ボヘミアン』のラミ・マレックがフレディ・マーキュリー役で『ロケットマン』に特別出演するという話もあったが、残念ながら実現には至らず。2作ともに登場するのは、クイーン、エルトン・ジョン、双方のマネージャーを務めたジョン・リードだ。『ボヘミアン』ではクイーンの才能を見出すも、その後、確執が生まれる関係が描かれたが、エルトンのマネージャーを28年間も務めたジョン・リードは、5年間、エルトンと恋愛関係にもあったので(エルトンにとっては初体験の相手)、『ロケットマン』の方が役割は重要である。演じたリチャード・マッデンは実写版『シンデレラ』の王子役や、「ゲーム・オブ・スローンズ」などでおなじみ。ちなみに『ボヘミアン』でジョン・リードを演じたエイダン・ギレンも「ゲーム・オブ・スローンズ」に出演している。

3)ミュージシャン映画としてのポイント

『ボヘミアン』では、タイトルにもなった名曲がどのように作られたかが、見せ場のひとつになっていた。そして、その細かい部分の真偽はともかく、最終的にライヴエイドでのカタルシスに美しく貢献したのが、クイーンのメンバーの絆であった。これらミュージシャンを描く映画のキーポイントは、当然のごとく『ロケットマン』にも用意されているわけだが、その点ではおそらく『ボヘミアン』の記憶がよみがえり、比較しながら深く作品のテーマに入り込めることだろう。

では、2作の決定的な違いは……

1)映画のスタイル

多くのダンサー、エキストラも動員した、ゴージャスなミュージカルシーンが見どころ
多くのダンサー、エキストラも動員した、ゴージャスなミュージカルシーンが見どころ

ともに名曲の数々がフィーチャーされるが、その「使い方」には大きな差がある。『ボヘミアン』では、クイーンの曲がライヴやレコーディングシーンで「必然的」に流れ、あるいはBGMとして使われるが、『ロケットマン』では多くの曲が「ミュージカルシーン」として演出される。エルトンだけでなく、まわりの人も歌って踊り出したりする「非現実的」な演出だ。『ボヘミアン』が音楽映画ながら、ゴールデングローブ賞ではドラマ部門に入った(映画会社の意向もあるが)のに対し、『ロケットマン』は同賞では確実に、コメディ/ミュージカル部門の対象になるだろう。その意味で「演出された」楽しみを味わえる。

2)セクシュアリティ、家族関係など素顔について、本人の思い

『ボヘミアン』でも一応、フレディのセクシュアリティなど素顔に迫ってはいたが、全体に口当たりのいい表現だった……という批評もあった(だからこそ多くの人が共感しやすかったとも思われるが)。フレディはすでに亡くなっているので、生々しさが美化された部分も多かったと思われる。しかし『ロケットマン』はエルトン・ジョンが製作総指揮に加わり、本人お墨付きの内容であり、しかもすべてをさらけ出した覚悟が感じられる。『ボヘミアン』以上にリアルで、それゆえに鋭く突き刺さってくるものがある。こんなに赤裸々でいいのかとも感じるほどだ。

3)演じた本人の歌声

フレディの圧倒的な歌唱力を再現するため、『ボヘミアン』では本人の音源、ラミ・マレックの声、さらにクイーン公式のトリビュートバンドのヴォーカルに選ばれたマーク・マーテルの歌声が駆使された。しかし『ロケットマン』では、エルトン役、タロン・エガートンがすべて自分で歌っている。口パクではない。それを踏まえたうえで歌唱シーンを観ると、タロンの才能と努力を実感できる。とはいえ、これは「映画」で「ライヴ」ではないので「録音」であり、本人が実際にどこまで歌っているかが、どれだけ重要なのか。いろいろと考えさせられるのだ。

クイーンも上回るエルトンの売り上げ枚数

シングルとアルバムの総売り上げは、クイーンが2億枚、エルトン・ジョンは3億枚と言われ、両者とも現在でもその名曲があちこちで流れているが、日本でのコアなファンという点ではクイーンの方が多いだろう。その意味で、『ロケットマン』が、『ボヘミアン・ラプソディ』のような社会現象的ヒットになる可能性は少ない。しかしここ数年、音楽映画が予期せぬ爆発をみせるので、何かのきっかけで大ヒットにつながるかもしれない。『ロケットマン』を日本人の観客がどう受け止めるか。どの程度、リピーターを作り出すのか、興味深く見守りたい。

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『ロケットマン』

8月23日(金)全国ロードショー

配給:東和ピクチャーズ

(c) 2018 Paramount Pictures. All rights reserved.

映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、ヤングマガジン、クーリエ・ジャポン、スクリーン、キネマ旬報、映画秘宝、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。

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