Yahoo!ニュース

早すぎるけどオスカーの声も。タランティーノ新作のブラピを誰もが好きになる

斉藤博昭映画ジャーナリスト
『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』ロンドンプレミアより(写真:REX/アフロ)

日本でも今月(8/30)に公開される、クエンティン・タランティーノ監督の新作『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』は、彼の最高傑作との評価も多く、早くも今年の賞レースに加わるという予想が出始めている。

1969年のハリウッドを舞台にした。いわゆる「業界モノ」であり、タランティーノの映画愛が存分に、しかも予想の上を行く展開で散りばめられているので、映画業界人に、そしてアカデミー会員に、この上ない喜びを与えているのは紛れもない事実。すでに作品賞ノミネートは確実ではないかと言われている。

TVスターとしての人気のピークが過ぎ、映画への転身を試みるリック・ダルトン(レオナルド・ディカプリオ)と、彼のスタントマン兼運転手のクリフ・ブース(ブラッド・ピット)、そして1969年に殺害された新進女優シャロン・テート(マーゴット・ロビー)らが織りなすこの物語。リックとクリフのモデルとなったのは、バート・レイノルズと彼のスタントマン、ハル・ニーダムである。タランティーノは当時へのオマージュを込めたのはもちろん、演じるキャストの魅力を最大限に引き出すことにも成功。中でもひときわ印象に残るのが、ブラッド・ピットなのである。

現在55歳だが、スタントマン役としてシャープな肉体美もみせる
現在55歳だが、スタントマン役としてシャープな肉体美もみせる

ややキャリアが落ち目になったことを自覚するスターを、さりげなくサポートする役どころ。静かな男気を保ちつつ、元兵士のスタントマンとして「やる時はやる」。無敵の戦闘能力を発揮するのだが、それをシラッとした表情でこなすブラピは、文句なくカッコいい。愛犬との微笑ましいやりとりや、ブルース・リーとのガチ対決など、この作品での多くの見せ場をさらい、ディカプリオやマーゴット・ロビーも名演技をみせるのだが、ブラピの姿を記憶に留める人は多いはずだ。

こうしたブラピへの賞賛への後押しになっているのが、スタントマンという役柄である。長年、アカデミー賞にスタント部門を新設する嘆願の動きがあったが、ブラピやジョニー・デップらも賛同に加わり、2018年にはヘレン・ミレンがその新設を公で提言。ここ数年、活発化している。ブラピの役によってスタントマンに脚光が浴びることは、この動きの後押しにもなる。ちなみにアカデミー賞に直結する全米俳優組合賞(SAG)には、スタント・アンサンブル賞が設けられている。

ポスターもこのように、2人が主演というイメージ
ポスターもこのように、2人が主演というイメージ

ただ、ブラッド・ピットがこの作品で賞レースに加わる場合、主演男優賞か助演男優賞か悩ましいところ。基本的にはディカプリオとのW主演なのだが、どちらかといえば主人公はディカプリオのリック・ダルトンとなる。配給のソニー・ピクチャーズは、おそらくブラピを「助演枠」で推し、オスカーレースに加えるのではないか、との見方がある。たしかに劇中でも「サポート」する役回りではあるし……。

過去にもこうしたW主演で、2人がともに主演賞にノミネートされると「共倒れ」になるケースが多かった。1992年の『テルマ&ルイーズ』(ブラピの出世作!)のスーザン・サランドンとジーナ・デイビスが好例。昨年度も『女王陛下のお気に入り』で助演女優賞に同時ノミネートされた2人、レイチェル・ワイズとエマ・ストーンは受賞できなかった。票が分かれてしまうのである。

そしてやはり、主演賞の方が激戦になる可能性が高く、今年もこれから有力候補が次々と現れるので、こちらはディカプリオがノミネートされればラッキーと考え、「ほぼ主演」という存在感も武器に、ブラピが助演男優賞でトップランナーを走る可能性に賭けるのではないか。

とはいえ、ブラピ自身は俳優としてオスカーを手にすることに、それほど情熱はなさそうでもある。ここ数年、プロデュース作品が賞レースに加わることに喜びを感じているからだ。でも、そんなブラピの自然体のガツガツしてない素顔が今回のスタントマン役に重なり、深い味わいを醸し出しているわけで、俳優と演じる役の美しき遭遇を、われわれはスクリーンで目撃する。これこそ、映画の魅力だ。

奇抜な「いっちゃってる」演技の『12モンキーズ』で助演男優賞、一人の男の一生をみせきった『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』と、メジャーリーグのGMを共感たっぷりに名演した『マネーボール』で主演男優賞と、過去3回、アカデミー賞の演技部門でノミネートされたブラッド・ピット。『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』でオスカーを手に、彼が照れくさそうに喜びをスピーチする姿を想像するのも、悪くない。

画像

『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』

8月30日(金) 全国ロードショー 

配給:ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント

映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、ヤングマガジン、クーリエ・ジャポン、スクリーン、キネマ旬報、映画秘宝、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。

斉藤博昭の最近の記事