内閣×マスコミを、日本映画でここまで描ききった勇気、客観性…。『新聞記者』藤井道人監督インタビュー

『新聞記者』、撮影現場での藤井道人監督

6月28日公開の『新聞記者』が、なぜ注目されているのか。それは、最近の日本映画が何かと躊躇する政治的テーマもはらんだ作品だからだ。

アメリカでは、現大統領のトランプを正面きって批判するマイケル・ムーアのドキュメンタリーや、過去の政権の過ちを突きつける『バイス』のような映画が常識のように作られるが、最近の日本では何かと炎上を恐れる傾向が強まり、つい先日も『空母いぶき』での佐藤浩市のインタビューが波紋を呼んだばかり。

SNSでの反論も覚悟していた

この『新聞記者』は、総理の肝入り案件として医療系大学の新設が極秘で進み、その調査に乗り出す新聞記者、政権を守るための情報操作を行う内閣情報調査室(内調)と、そこに出向したエリート官僚が、この問題にどう対応するのか……という、まさに「モリカケ(森友・加計)問題」を連想させる物語。しかも原案は、内閣官房長官と会見でやり合う、東京新聞の望月衣塑子記者とあって、あちこちに「火種」を感じさせる作品だ。監督を務めたのは、現在32歳の俊英、藤井道人である。

「たまにツイッターに、気になる反応は来ますね。でもある程度の覚悟をして、いろいろ僕も調べてネットのリテラシーも上がってるんで、書く側の気持ちもわかるようになりました」

そう語る藤井監督は、当然、このような映画を撮るうえで映画作家としての「覚悟」があったことだろう。しかし目の前の彼の表情からは、ギラギラとした反骨精神の熱さではなく、冷静にこの題材に取り込んだ真摯さと、映画がどう受け取られるかという緊張感も伝わってくる。

「僕は政治に詳しい人間ではなく、こうした題材を撮る自信もなかったので、最初はオファーをお断りしたんです。しかし河村(光庸)プロデューサーから『むしろ政治から遠い若者の目線で、権力に対峙する人々を描いてほしい』と説得されました。最終的には自分の意思で決断できましたね」

最初は断った。

しかし、思いを翻して挑むからには、自分なりのアプローチも必要だと考える……。

こうした題材を扱うと、どうしても映画は何かを「主張」しがちだが、そこをあえて避けるように、藤井監督は客観性を求めたのだ。

「タイトルは『新聞記者』ですけど、記者を賛美するだけの映画にするつもりはありませんでした。描き方によってはプロパガンダとなる可能性もあり、政治意識の強くなかった僕は、そういう方向性に躊躇があったのです。

ですから望月さんから話をたっぷり聞き、それと同じくらい官僚の人たちを取材しようと考えました。『僕はこういう映画を撮りますが、新聞記者が内閣をぶっとばす映画にはしたくない。だから力を貸してください』とアプローチし、政府が情報操作しているという報道について、また、どういう思いで国に向き合っているかなどを聞いていったのです。首相官邸前の警察官にも取材した結果、映画ではデモ隊を見つめる若い警察官の視点も入れてあります」

内閣情報調査室の杉原拓海(松坂桃李)も、新聞記者・吉岡エリカ(シム・ウンギョン)との接触によって、疑惑を深めていく
内閣情報調査室の杉原拓海(松坂桃李)も、新聞記者・吉岡エリカ(シム・ウンギョン)との接触によって、疑惑を深めていく

作品を観れば、松坂桃李が演じる官僚=内閣情報調査室側の苦悩も伝わってくる。これは「プロデューサーや脚本家が主観的になればなるほど、僕は一歩引いて人間の葛藤にフォーカスするようになった」という、藤井監督の意思の表れだろう。

官邸にとって不都合な「真実」があったとしても、それを揉み消すために手段を選ばないのが、内閣情報調査室。邪魔な人物にはスキャンダルで濡れ衣を着せ、世論をコントロールするのも、内調にとっては「仕事」に過ぎない。たしかに人道的には誤っているかもしれない。しかし内調は、国を維持するための「必要悪」なのか。そのあたりも、藤井監督の視点は冷静だ。

「記者たちには、国を是正するために権力の番人として監視する責務がある。一方で官僚の人々からは、この国の安泰を維持するために日夜努力しているのに、あることないこと書かれて批判されるという不満も聞きました。両サイドに『大義』があるんです。たがいに相入れない善悪の境界みたいなものがあり、そうした部分を、映画では松坂さんが演じる杉原の葛藤で描こうとしました」

内閣情報調査室は都市伝説レベルで真実はわからない

両サイドの「大義」でいえば、東京新聞の望月記者と菅官房長官の会見でのやりとりも、大義のぶつかり合いかもしれない。この点についても藤井監督は「個人的な意見ですけど、ちょっとプロレス化してるようで引いてしまう部分がある。若者が政治に興味がなくなる要因も、このあたりにある気がする」と、原作者である望月記者の肩をもつわけではない、客観的な姿勢を崩さない。

しかし、官僚側に取材しても絶対に教えてもらえない部分があった。それは内閣情報調査室の内情である。

作品への真摯な思いを語る藤井道人監督(撮影/筆者)
作品への真摯な思いを語る藤井道人監督(撮影/筆者)

「取材した相手で、内調に入ったことがある人や、内調に知り合いがいる人はいませんでした。あるいは、知っていても言えなかったのかもしれません。内調がどのビルの何階にあるのかは、都市伝説レベルなんです。ですから映画でリアルに描くのは不可能だと思い、内調のシーンは均一された空間で、色のないローコントラストの世界で表現してみました。杉原の心情の変化に合わせ、そこに色彩を宿らせたりしています。

一方で新聞社の編集部は、400ミリの望遠レンズで、20~30m離れた位置から人物を撮りました。通常、人間の感情を撮るときには使うことのないレンズですし、かなりの冒険でした。この距離感は、奮闘する新聞の現場と、それを冷静に見つめる一般市民との隔たりです。これが後半になると近づいていき、報道とは何か、メディアとは何かと、観る人の心に肉薄させる意図がありました。

そして国会周辺のシーンは、あえて不快な重低音を仕込んだりして、あの場所の独特な雰囲気を表現しています」

このようにテーマへのアプローチだけでなく、映像のテクニックにおいても、藤井監督の創意工夫が感じられるのだ。

批判するのではなく、是非を問う。社会はきれいごとだけではない

こうして『新聞記者』は完成し、間もなく劇場で多くの人が向き合うことになる。観客によっては、日本の政治について、マスコミ報道について、強烈な認識の変化がもたらされる可能性もある。このように映画が社会を変えることについて、監督としてどう考えているのか。

「批判によって社会を変える手法と、是非を問うやり方があるとしたら、僕は後者を選びました。同調圧力やヒエラルキーがあり、きれいごとだけでは生きていけない社会なので、熱量だけで変革することは難しい。まず『知る』という段階までもっていき、考えてもらう。僕らの生活のどこかに、この映画が描くことが宿っていると伝えたいですね。

僕らの世代は空気を読むことに長けていると言われ、争いごとを避ける傾向にある。でもその中で言いたいことは言わないといけない。組織の一部として、可もなく不可もなくではない生き方を、僕自身も取り入れる方向に変わった気がします。日々の暮らしの中に自分がいて、その自分がどんな作品を撮るべきか、深く考えるようになりましたね」

とはいえ、「こうした政治的テーマを30代でもう一本発表できるとは思わない。次はできたら、ファンタジーとか撮りたい」と笑う、藤井道人監督。

彼自身が、この『新聞記者』のジャンルを「サスペンス・エンターテインメント」と語るように、ドラマ自体がカタルシスをもたらす仕上がりなので、社会的・政治的メッセージが色濃い映画なのでは……と敬遠してほしくない。

強烈なテーマを客観的視点で、しかもエンタメとして撮り上げた、32歳の才能を実感するためにも、劇場で向き合う価値のある作品だ。

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『新聞記者』

6/28(金)より、新宿ピカデリー、イオンシネマほか全国ロードショー

配給:スターサンズ/イオンエンターテイメント

(c) 2019『新聞記者』フィルムパートナーズ (※記載以外の写真)