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これぞレジェンドという言葉に値する。2人の「93歳」が活躍する『メリー・ポピンズ リターンズ』

斉藤博昭映画ジャーナリスト
46歳下の妻と『メリー・ポピンズ〜』のプレミアに現れたディック=ヴァン・ダイク(写真:Shutterstock/アフロ)

それぞれの分野で長く活躍している人を「レジェンド」と呼ぶこともあるが、軽々しい使い方ではなく、本物のレジェンドに映画を観ていて出くわすことがある。別にその人がどんなキャリアを重ねたかを知らなくても、演技で楽しませてくれれば、それでいい。ただし歴史を知ることで、より感動も大きくなるのも事実だ。

日本でも2月1日に公開される『メリー・ポピンズ リターンズ』には、そんなレジェンドが2人も登場する。しかも2人とも93歳の現役スター。そんじょそこらのレジェンドとは格が違うのである。

1964年の映画『メリー・ポピンズ』は「チム・チム・チェリー」などの名曲で知られる傑作ミュージカルで、アカデミー賞でも5部門受賞。その後、キャラクターたちがディズニーのテーマパークでも人気となるなど、現在まで愛され続けてきた。じつに50年以上経って、今回の続編が誕生したわけだ。物語も前作の子供たちが大人になった時代が舞台となる、文字どおり正統派の続編であり、キャラクターや映像など、さまざまな部分が濃厚につながっている。

その「つながり」という点で驚くべきなのは、1964年版のキャストの再登場である。メリー・ポピンズ役でアカデミー賞主演女優賞に輝いたジュリー・アンドリュースは、この新作へのゲスト出演を早々に辞退していたが、1964年版で、メリーの親友で大道芸人のバート(煙突掃除人として「チム・チム・チェリー」を踊ったりする)を演じたディック=ヴァン・ダイクが、銀行の元頭取役で出演しているのだ。しかもこの元頭取は、1964年版で彼が「もう一役」として演じていたもの。

現在93歳のディック=ヴァン・ダイク。ただの顔見せかと思われたが、この新作では軽やかなタップダンスまで披露している。一瞬、CGかと思ったくらい、その足さばきはスピーディで現役そのもの。まさしく「奇跡」のシーンが完成されていた!

かのウォルト・ディズニーからのラブコールで『メリー・ポピンズ』のバート役を託されたディック=ヴァン・ダイクは、その後、ミュージカル映画『チキ・チキ・バン・バン』(1968年)でも主演を務めた。2007年に日本でも大ヒットした『ナイト ミュージアム』では警備員トリオの一人を演じ、このとき筆者はヴァン・ダイクにインタビューする機会に恵まれたが、当時すでに80代ながら、背筋がまっすぐなのはもちろん、全身からエネルギーが溢れまくり、『メリー・ポピンズ』のためにあまり経験のなかったダンスを特訓した話などを、昨日のことのように楽しそうに語ってくれたのを思い出す。このとき、同じ警備員役で出演した、やはりレジェンドのミッキー・ルーニー(当時86歳)にもインタビューする予定だったが、彼は午前中のインタビューが終わると「疲れてしまった」と、残りをキャンセル。ルーニーは2014年に93歳で逝去したが、同じ93歳で『メリー・ポピンズ リターンズ』のプレミアに出席するなど、ヴァン・ダイクの変わらず溌剌とした姿には驚くしかない。

そしてもう一人、『メリー・ポピンズ リターンズ』に出演している93歳が、アンジェラ・ランズベリーだ。彼女は1964年の『メリー・ポピンズ』とは関係ない。1945年にすでにゴールデングローブ賞助演女優賞を受賞している、正真正銘のレジェンドで、日本ではTVシリーズ「ジェシカおばさんの事件簿」の主役として記憶に残っている人も多いはず。しかしランズベリーの最大の活躍の場はミュージカルで、「メイム」、「ジプシー」、「スウィーニー・トッド」といった数々の名作で主演を務め、トニー賞を受賞。映画では1991年のアニメ版『美女と野獣』のミセス・ポット役で、タイトル曲を歌ったことでも知られる。つまりレジェンドはレジェンドでも、ミュージカル界のレジェンドなのである。そんなランズベリーが、『メリー・ポピンズ リターンズ』で演じるのはバルーン・レディ(風船売りのおばさん)。この役も、『メリー・ポピンズ』の原作者、P.L.トラヴァースが創り出した有名なキャラクターだ。それゆえにバルーン・レディの物語における役割はひじょうに重要で、短いながらレジェンドらしい出番となった。アンジェラ・ランズベリーは、昨年末に公開された『グリンチ』でも市長役で声優として参加。公開待機中の新作もあり、まだまだ「現役」である。

前述したとおり、スクリーンの中で活躍する俳優たちが、過去にどんなキャリアを経てきたかは、観客にとってどうでもいいことかもしれない。しかし伝統を受け継いでいくことも芸術の使命であり、こうしてミュージカルのレジェンドに敬意を表して、見せ場を与えてくれただけで、『メリー・ポピンズ リターンズ』はミュージカル映画としての大切な意義をまっとうしたと言える。

映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、ヤングマガジン、クーリエ・ジャポン、スクリーン、キネマ旬報、映画秘宝、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。

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