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まだまだ固定観念が根強い「男の役割」「女の役割」を、意識的に乗り越える夏休み映画

斉藤博昭映画ジャーナリスト
『オーシャンズ8』のNYプレミアで顔を揃えたメインキャスト8人(写真:ロイター/アフロ)

ここ数年、ハリウッドを中心にした映画界での「多様性」を求めるムーブメントに、一連のセクハラ問題も絡み、作られる映画にも少しずつではあるが、意識的にジェンダーやセクシュアリティ、人種など「偏り」を減らそうという動きが進んでいる。

たとえばアメコミヒーロー映画でも、それまで極端に少なかった女性を主人公にした『ワンダーウーマン』や、黒人ヒーロー(しかも主人公をサポートするのが主として女性キャラ)の『ブラックパンサー』が、予想以上に観客に受け入れられたように、固定観念をあえて打ち破るチャレンジングな企画が、どんどん現れている実感はある。

8月10日(金)から公開が始まる『オーシャンズ8』も、その好例かもしれない。ジョージ・クルーニー、ブラッド・ピットらの豪華共演でシリーズ3作が製作され、とくに1作目『オーシャンズ11』は日本でも興行収入69億円で、その年(2002年)の6位という大ヒットを記録した。気鋭&ワケありのメンバーたちが大胆な犯罪作戦に挑むこのシリーズ、2作目にジュリア・ロバーツがチームに加担するケースはあったが、基本、「男だけ」のチームで描かれてきた。黒人やアジア人の割合も少なく、現在の「多様性」を考えると、批判もされそうなメンバーではある。

『オーシャンズ8』
『オーシャンズ8』

そんな時代の要求に合わせるかのように、11年ぶりとなる新作は、メンバーがすべて女性という設定。犯罪のターゲットになるのは、NYメトロポリタン博物館で開かれる、ファッション界最大のイベント「メットガラ」なので、たしかにスタッフとして紛れ込んだり、要人と接触したりするのは女性の方が好都合だ。

とはいえ、女性だけである「必然性」はない。リーダー格がサンドラ・ブロックのデビー(シリーズでジョージ・クルーニーが演じたダニーの妹)なので、女性オンリーの方が指揮しやすいのか? いや、それこそ多様性と真逆の考えだろう。単に「女性チーム」と表現すれば、作品全体のイメージは伝わりやすいが、女性だけにすることで、男性スター優位のハリウッドエンタメ作品への反旗を翻している一面もある。それは意識的か、無意識的なのかはわからない。

どんな作品にも当てはまるわけではないが、ストーリーの面白さを伝えるだけなら、性別や人種、セクシュアリティに関係なく主人公やメインキャラが設定されるべきである……という、ハリウッドの流れは少しずつ大きくなっている。実際に『オーシャンズ8』も、前3作の“男性版”と同じレベルの後味がもたらされるのは事実。このような作品で、リーダー格を黒人女性やレズビアンに設定される日も近いのだろうか。多様性を意識するのなら、そうした作品も多く誕生するべきだろう。

『インクレディブル・ファミリー』(C) 2018 Disney/Pixar. All Rights Reserved.
『インクレディブル・ファミリー』(C) 2018 Disney/Pixar. All Rights Reserved.

「男であるべき」「女であるべき」という固定観念をさり気なく蹴散らす作品が、じつはこの夏休み映画に相次いでいる。ディズニー&ピクサーの新作『インクレディブル・ファミリー』では、スーパーヒーロー家族の物語だが、今回はヒーローとしての活動が制限されるなか、家族を代表して母親のヘレンに街を守るミッションが任され、父親のボブは自宅で家事や育児に悪戦苦闘する。父親は外で働き、母親は家事に勤しむという旧来の役割分担を意識的に崩壊させ、まさに「多様性」にもつながるテーマだ。

たまたま『インクレディブル・ファミリー』がこうした設定を描いたかと思いきや、日本の細田守監督のアニメ『未来のミライ』も、イクメンの父親が登場する。外で仕事をしているおかあさんに対し、おとうさんはフリーの建築家なので、自宅で仕事をしながら、4歳の息子と生まれたばかりの娘の面倒をみることになる。これも家族の「ひとつのパターン」だが、この形態をまだ「特殊」と受け止める人もいるかもしれない。

『未来のミライ』(C) 2018 スタジオ地図
『未来のミライ』(C) 2018 スタジオ地図

『インクレディブル・ファミリー』も『未来のミライ』も、母が外で働き、父が家を守るという基本設定がストーリーを面白くしていくのだが、多くの人が違和感なく受け止めて、映画を観ることだろう。それくらい自然な光景なのである。夫が「主人」で、妻が「奥様」、つまり「主」と「奥」という関係の表現は今後、どんどん使われなくなっていくに違いないと、この2作を観れば無意識に確信できるはずだ。

ジェンダーや夫婦関係の固定観念を覆し、多様性を求める意識は、じわじわと映画に浸透している……。そんな感慨を静かに感じる、2018年の夏休み映画である。

『オーシャンズ8』

(C) 2018 WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC., VILLAGE ROADSHOW FILMS NORTH AMERICA INC. AND RATPAC-DUNE ENTERTAINMENT LLC

映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、ヤングマガジン、クーリエ・ジャポン、スクリーン、キネマ旬報、映画秘宝、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。

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