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あの『グラン・ブルー』の彼は今…東京国際映画祭グランプリへ。ジャン=マルク・バール、実直な俳優人生

斉藤博昭映画ジャーナリスト
(c) 2017 TIFF

1988年に公開され、日本でも熱いファンを形成した『グラン・ブルー』(公開当時のタイトルは『グレート・ブルー』)で、主人公のジャック・マイヨールはイルカとともに海の奥へと消えていった。彼が夢にみた、海の中での生活が始まりそうな、美しく幻想的なラストシーンが今も脳裏にやきついている人も多いだろう。

マイヨールを演じたのは、ジャン=マルク・バール。それほど映画好きでない人は、『グラン・ブルー』の彼は知っていても、その後の姿を目にしていないかもしれない。イルカとともに泳いで消えたジャック・マイヨールと同じく、記憶の彼方に漂うように……。

しかし11/3に発表された東京国際映画祭でグランプリに輝いた『グレイン』に、主演を務める彼の姿があった。

ジャン・レノとは決定的に違った運命

今回の映画祭ではナレーションを務めた、ジャック・マイヨールのドキュメンタリー『ドルフィン・マン』も上映された。(c) 2017 TIFF
今回の映画祭ではナレーションを務めた、ジャック・マイヨールのドキュメンタリー『ドルフィン・マン』も上映された。(c) 2017 TIFF

『グラン・ブルー』でブレイクさせたのは、ライバルのエンゾを演じたジャン・レノだった。同じリュック・ベッソン監督のその後の作品『ニキータ』『レオン』で大ブレイクし、その後、『ミッション:インポッシブル』、『GODZILLA』、『ダ・ヴィンチ・コード』などで、ジャン・レノはハリウッドでのスターの地位を確立。日本でもCMに出演するなど人気を得ていた。

ではジャン=マルク・バールは? もちろん俳優としての活躍を続けていた。しかし彼のキャリアから伝わるのは、エンターテインメントとしての映画というより、どちらかといえば芸術としての映画、あるいは社会派の作品への強い欲望。ハリウッドのジャン・レノとは対照的だった。カンヌ国際映画祭で審査員賞を受賞した1991年の『ヨーロッパ』で主演を務めて以来、デンマーク出身の鬼才、ラース・フォン・トリアー監督の作品に参加し続けた。その作風からもわかるように、トリアー監督は、つねに俳優に過酷な試練を課すことで有名。セックスのさまざまな面をテーマにした『ニンフォマニアック』では、ジャン=マルク・バールも局部をモロ出しして熱演をみせたのだった。

基本的にヨーロッパで仕事を続けたジャン=マルク・バール。じつは『グラン・ブルー』は日本ではカルト的なファンも作ったが、アメリカではそれほど話題作にはなっていない。しかしその事実によって彼は、ヨーロッパの映画人として地道にキャリアを築くことができたのではないか。俳優としてだけではなく、ジャン=マルクは監督も手がけるようになった。脚本や出演も兼ねた『ラヴァーズ』や『SEX:EL』は日本でも劇場公開され、後者では『グラン・ブルー』の盟友、ロザンナ・アークエットを主演に招いている。『グラン・ブルー』のファンは胸にしみたものだ。

このように、ジャン=マルク・バールは映画人として、じつに実直にキャリアを積み上げてきた。その事実は一部の映画ファンには周知のことでもある。

モノクロのディストピアに美しく溶け込む

東京国際グランプリの『グレイン』は、トルコの監督、セミフ・カプランオールの作品。モノクロで描く近未来のディストピア映画ということで、これもエンタメのジャンルからは程遠い。移民の侵入を防ぐ磁気壁が囲む都市、遺伝子不全が起こる農地など、現在のトルコが直面するシリア難民の問題や地球規模の環境問題が重なり、日本の要素も登場する、社会派のダークかつアーティスティックなSF作品だ。ジャン=マルク・バールは主人公の学者を演じ、次のようにコメントした。

(c) 2017 TIFF
(c) 2017 TIFF

「娯楽性が高い映画が多く作られることは大切なこと。でも世界の人々の“意識”を変える映画も必要だ。そんな作品に参加できたことを、僕は誇りに思う。われわれが営んできた生活を今、変えなければならない。映画でその役割を果たせたら、すばらしいことだと思う」

『グレイン』のグランプリ受賞については、賛否の意見も聞かれる。しかしこの結果は、審査員たちの判断であり、それ以外の人がとやかく言う問題ではない。少なくとも、作品世界に美しく溶け込んだジャン=マルク・バールの静かな名演技は効果的だ。

じつは今回、日本には初めて来たというジャン=マルク・バール。映画祭の会期中には、ゲストやマスコミが集まるラウンジにもたびたび顔を出し、誰とでも気軽に楽しそうに話していた彼を見て、一時、超大作への出演が続き、傲慢な顔もみせていたジャン・レノを思い出さずにはいられなかった。

『グラン・ブルー』の2人の主人公。ジャック・マイヨールは自由を求めて海へ向かい、エンゾは陸に残って現実の生活を送ることになった。いったいどちらが幸せだったのかと、思いを巡らせた人も多かったはず。マイヨールの運命と重ね、現在57歳のジャン=マルク・バールの映画人としてのキャリアを振り返ると、美しいきらめきを放っているような気がする。

映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、ヤングマガジン、クーリエ・ジャポン、スクリーン、キネマ旬報、映画秘宝、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。

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