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ダンス映画の『2001年宇宙の旅』をめざし……。監督に挑んだ名振付家、日本人ダンサーにインタビュー

斉藤博昭映画ジャーナリスト

10月28日に日本でも公開が始まる『ポリーナ、私を踊る』。ボリショイ・バレエ団のバレリーナをめざしたロシア人の少女ポリーナが、やがて自分が本当に表現したいことを見つける物語。フランスのグラフィックノベル(漫画)が原作というのも異色だが、共同監督を務めたのが、コンテンポラリー・ダンスで世界的な振付家と知られるアンジュラン・プレルジョカージュなので、究極のダンスムービーに仕上がっている。同じく監督を務めたヴァレリー・ミュラーとともに話を聞いた。

ダンスは人間の根源的な本能

「原作には、私の振付作品にインスピレーションを受けたという描写(コマ)もあったので、原作者のバスティアン・ヴィヴェスも今回の映画化を快諾してくれた」とプレルジョカージュ。一方のミュラーも「私はアンジュラン(・プレルジョカージュ)のドキュメンタリーを撮ったとき、ダンサーと映像の相性の良さや、全身全霊で振付に取り組む彼らの姿に感動し、次はフィクションでダンサーの物語を撮りたいと思っていた」と、今作への意欲を付け加える。

監督のヴァレリー・ミュラー(左)とアンジュラン・プレルジョカージュ (c) 野口彈
監督のヴァレリー・ミュラー(左)とアンジュラン・プレルジョカージュ (c) 野口彈

映画監督に挑むにあたり、プレルジョカージュがインスピレーションを求めたのは、あの偉大な映画だった。

好きなダンス映画? それは『2001年宇宙の旅』だ。あの映画はダンスをしている。時間と身体を語っているから、そう思えるんだ。たぶん20回くらい観て、私の振付にインスピレーションを与え続けている。『2001年』で類人猿がモノリスのまわりで骨を投げたり、水源をめぐって争ったりする動きは、一種の振付作品だよ。『美しき青きドナウ』に乗った宇宙船の動きも、まるでダンスだ。この映画でポリーナが日常の動きからダンスを見出す過程も、『2001年』とダンスの関係に似ているかもしれない」。

『ポリーナ、私を踊る』では、アンジュラン・プレルジョカージュの振付作品もストーリーと密接につながりながら登場する。通常の舞台では客席から見づらい動きも、映像で細かく見られるのはありがたい。この点についてはヴァレリー・ミュラーが説明する。

「映画撮影ではプランニングも重要だが、アンジュランは撮影現場で大きく変えてしまう。そこが映画作りとして斬新だった。カメラの動きに応じて振付を基本から考えた部分もある。トウシューズのアップなどは撮影中に発想が生まれた好例ね。『雨に唄えば』や『赤い靴』のように、この映画でも、ダンスと演技の両方が一流であるキャストを求めたの。そうするとダンスから日常のシーンに移る際もスムーズ。俳優が演技に悩んでも、アンジュランが身体的な解決法を提案していたわ」。

「ダンスは人間の根源的な本能。人類は音楽を作る前に、身体表現をしていたと思う。才能や努力が必要な音楽や美術と違って、一般の人、誰でも『踊ること』はできると思うんだ」というプレルジョカージュの信念も、今作には深く刻みこまれている。

「白雪姫」を踊る日本人ダンサー

そしてこの『ポリーナ、私を踊る』には、主人公に刺激を与えるパフォーマンスを披露する役割で、日本人ダンサーの津川友利江が登場する。カンヌのバレエ学校に留学した後、プレルジョカージュのカンパニー「バレエ・プレルジョカージュ」に所属していたことで、短いシーンながら今作で「白雪姫」を踊っているのだ。

プレルジョカージュに全幅の信頼をおかれ、作品にも登場した津川友利江
プレルジョカージュに全幅の信頼をおかれ、作品にも登場した津川友利江

「ちょうど私もバレエ・プレルジョカージュとフリー契約になったので、この映画のポリーナの不安な気持ちに共感してしまいました」と語る津川。

今回の作品に出演したきっかけと、撮影の様子を彼女は次のように振り返った。

「アンジュランから『撮影でもあなたたちダンサーの協力を得たい』と言われ、私も『この日、空いてる?』みたいな軽い感じで誘われたんです。当日は30分くらいリハーサルをやって、通常の公演のようにステージで踊りました。客席にはポリーナ役のアナスタシア(・シェフツォア)ちゃんもいて、まさに映画の状況と同じでしたね。彼女とはその後、インスタでつながってます。日本での映画公開を喜んでいましたよ」

振付家のアンジュラン・プレルジョカージュを「ダンサーをミリ単位で注意する人。そこをクリアしてソロを任されると、自由に踊らせてくれる」と評する津川。映画監督としての彼については「振付作品をDVD化するときも、誰かに任せるのではなく、『ここをアップに』とかこだわりが多い。彼が今回のように映画監督を務めるのは自然な流れで、つねにダンスをどう美しく伝えるのかを追求しているのだと思います」と冷静に分析する。

『2001年宇宙の旅』にインスピレーションを受ける振付家と、彼を支えた共同監督、そして日本人ダンサーの言葉とともに『ポリーナ、私を踊る』に接すれば、作品の本質がさらに輝きを増すはずである。

画像

『ポリーナ、私を踊る』

10月28日(土)、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国公開

配給:ポニーキャニオン

(c) 2016 Everybody on Deck- TF1 Droits Audiovisuels- UCG Images- France 2 Cinema

映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、ヤングマガジン、クーリエ・ジャポン、スクリーン、キネマ旬報、映画秘宝、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。

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