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ヘドウィグ本人が東京に降臨! 舞台→映画を自身で成功させた希有な作品は、永遠に輝く

斉藤博昭映画ジャーナリスト
2015年、ブロードウェイでヘドウィグを演じたジョン・キャメロン・ミッチェル(写真:Shutterstock/アフロ)

オープニングで観客総立ちに

まさしく「奇跡」と呼んでいい光景が、ステージに広がっていた。

渋谷シアターオーブのステージに、ジョン・キャメロン・ミッチェルが、あのド派手なマントを広げた瞬間、客席が一瞬にして総立ちになる。マントの背には「HELLO TOKYO」の文字。両手の拳を突き上げて叫ぶ観客たち。その客席にジョンも興奮して応えるように、熱唱はさらに迫力を増していく。

ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ」SPECIAL SHOWは東京が3回、大阪が1回という限定公演。もちろんチケットは即完売し、東京での公演が急遽、1回だけ追加された。何と言っても、ジョン・キャメロン・ミッチェル本人がヘドウィグを演じるのである。即完売は当然のことだった。

とは言っても、日本公演用のスペシャル・ショーなので、ジョン本人がどこまで登場するのか不安もあった。すでに彼は54歳。「顔見世」程度の可能性もあるのでは……という心配をよそに、ほぼ全編、出ずっぱり。共演の中村中とともに、舞台から映画になった「ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ」の曲の数々を歌い上げたのだ。パンチ力のある熱唱と、スラリとした美脚を惜しげもなく披露する貫禄のパフォーマンスに、現在のジョンの年齢は完全に消失していた。

日本公演のポスター(撮影/筆者)
日本公演のポスター(撮影/筆者)

老体に鞭打つ自虐ネタや、いま世界を騒がせる某国のギャグ、そして日本語のセリフもあちこちに挟みながら、サービス精神満点のパフォーマンス。客席に下りて客に馬乗りする、おなじみのカー・ウォッシュ、映画版でも有名になったアニメーションなど映像も駆使された、濃密な1時間40分のステージは、しかし、これでジョン・キャメロン・ミッチェルのヘドウィグ役を観ることは二度とないであろうという、一抹の寂しさを感じさせ、幕を閉じたのである。

ジョンが今後、演じるチャンスは限りなく少なくなったとしても、この「ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ」は、永遠に忘れ去られない作品になるだろう。

映画は日本でもロングランに

何しろ、オリジナルの舞台を作り、演じた本人が、映画版でも監督・主演を務め、成功に導いた希有な例だからである。ジョン・キャメロン・ミッチェルと作曲家のスティーヴン・トラスクが創造した「ヘドウィグ」というキャラクターを基に、1997年、オフ・ブロードウェイでミュージカルとして上演。カルト的な人気を集め、この作品はロングランを記録する。2001年にはジョン自身が監督とヘドウィグ(およびハンセル)役を務め、映画化される。通常、人気ミュージカルが映画化される場合、世界マーケットを考えた大作であれば、ネームヴァリューのあるスターを主役級にキャスティングし、オリジナル舞台版のキャストが主役で出ることはない。かつては、ジョージ・チャキリス、ジュリー・アンドリュースなど、舞台の当たり役が映画版にも出演したが、現在、このケースは不可能と言っていい。

または、インディペンデント系の小規模作品なら、オリジナル舞台版のキャストが続投する場合もある。そんな映画界の状況下で、「ヘドウィグ」はオリジナルキャストながら、世界各国で映画もヒットするという、異例のサンプルになったのだ。日本でも2002年、渋谷のシネマライズで126日間というのロングランを記録した。

「ヘドウィグ」は舞台版も、日本で三上博史、山本耕史、森山未來の主演で上演されて人気を高め、NYブロードウェイでも2014年に再演され、アカデミー賞授賞式で司会を務めたニール・パトリック・ハリスらに加え、ジョン・キャメロン・ミッチェル自身もヘドウィグ役を再演した。チケットは異常な高値がつき、当日券を求めて劇場前には早朝から列が作られたほどだ。

母から聞かされた「自分の片割れ」を探しながら、性転換を受けて股間に「1インチ」のモノが残ってしまった、ロック歌手のヘドウィグ。愛を求めるその姿が美しい歌詞となり、国やセクシュアリティを超えて、観る者の心をつかんで離さない。

近年は俳優というより、映画監督としての活躍がめざましいジョン・キャメロン・ミッチェル(この年末に最新監督作『パーティで女の子に話しかけるには』が日本公開で、今回は作品のプロモーションも行った)だが、はるか20年前に上演した舞台を、映画でも成功させ、こうして日本でもパフォーマンスを行い、熱狂的な声援を受ける。何かを創造する人間として、これほどの幸福はないだろう。

カーテンコールでのジョンの笑顔には、そんな喜びに満ちており、その笑顔がさらに観客を温かい気持ちにさせるのであった。

映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、ヤングマガジン、クーリエ・ジャポン、スクリーン、キネマ旬報、映画秘宝、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。

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