Yahoo!ニュース

映画ファンは感激の瞬間が何度も…。絵コンテ職人を作品にした監督。次のテーマは小津安二郎

斉藤博昭映画ジャーナリスト
(C) 2015 ADAMA FILMS All Rights Reserved

映画が終わって、長いエンドクレジットを眺めていると、一本の作品にいかに多くの人が関わっていたかがわかる。そこにはふだんスポットライトが当たらない“職人”たちが無数にいるわけだが、彼らの中には映画の成否を分ける重要な役割を任された者もいる。

そんな才能を、映画史に記録として残したいーー。

ダニエル・レイム監督の思いが結実したのが、『ハロルドとリリアン ハリウッド・ラブストーリー』だ。今週末(5/27)、日本で公開される今作のために、来日を果たしたレイム監督にインタビューした。そして、その来日にはもうひとつの大きな目的もあった……。

ヒッチコックも信頼しきった才能

「人生のさまざまな局面を克服するには、ユーモアやウィットも必要。そして仕事に誠実に向き合うこと。そうした要素を描くドキュメンタリーにしたかった」

インタビューに答えるダニエル・レイム監督
インタビューに答えるダニエル・レイム監督

こう語るレイム監督が『ハロルドとリリアン』で焦点を当てたのは、1950年代からハリウッド作品のストーリーボード(絵コンテ)アーティストとして活躍したハロルド・マイケルソンと、その妻で、映画のリサーチを担当してきたリリアン・マイケルソン。リリアンは存命中だが、ハロルドは2007年に亡くなっている。夫妻の仕事は、まさに「縁の下の力持ち」で、クレジットに名前が載っていない作品も多い。しかし本作では、ハロルドの描いたストーリーボードどおりに、アルフレッド・ヒッチコックの『』や『マーニー』、マイク・ニコルズの『卒業』など数々の名作が撮られた事実が明らかにされる。映画史に残る有名なシーンが、ハロルドの絵そのものなのだ!

レイム監督は、AFI(アメリカン・フィルム・インスティテュート)でハロルドの授業を受けたことで、その後も彼と親交を深めるようになった。

「映画がどう作られるのか。監督は脚本をどう視覚化するのか。その過程において、ストーリーボードは重要な作業だ。僕はハロルドが授業で描くストーリーボードで、そのことを学んだ。ハロルドのストーリーボードは、構図や画角はもちろん、何ミリのレンズを使うのかという細かい説明もついていた。学生の自分にも彼は丁寧に説明してくれ、家族のように接してくれたんだ」

ストーリーボードが、完成映像にどれだけ近いのか、たとえば『鳥』のシーンを比較するとこのような感じ。

ハロルドの描いたストーリーボード
ハロルドの描いたストーリーボード
ストーリーボードに従って撮られた『鳥』のシーン
ストーリーボードに従って撮られた『鳥』のシーン

アルフレッド・ヒッチコックがハロルドをいかに信頼していたかがよくわかるが、この点についても当時のエピソードを、レイム監督は次のように語る。

「もちろん最初にヒッチコックがシーンの構想を考え、説明するのだが、それをアングルなども具体化して『絵』として完成させるのがハロルドの仕事。設計図のようなものだね。撮影現場のヒッチコックは、リムジンに乗っていて、後部座席の窓を下ろしてスタッフに指示を与えていたという。そんなエピソードもハロルドから聞いて、驚いたよ」

いっぽうで、妻のリリアンもハリウッド映画の歴史を支えた人物である。『ゴッドファーザー』や『フルメタル・ジャケット』など多くの名作のリサーチを手がけ、その能力をスティーヴン・スピルバーグからも買われ、ドリームワークス内に資料図書館を設けたリリアン。この経緯も作品内で語られる。

「リリアンは、ブルドッグのような性格で、一度何かをつかんだら絶対に離さない。そして相手を説得する能力が高い。今回の映画には収められなかったが、『レッド・オクトーバーを追え!』では、機密情報で絶対に人目に触れないはずの,原子力潜水艦内部の写真を手に入れたくらいなんだ」

時を超えて変化をとげる、小津作品の魅力を追求したい

こうして歴史に埋もれそうな映画の「職人」を後世に残すことになったダニエル・レイム監督。次回作でも、映画史で重要な人物を追い求めることになる。その場所は……日本だ。

「小津安二郎監督のドキュメンタリーを撮る予定なんだ。今回の来日中に、小津監督の甥御さんや、小津作品のプロデューサーを務めた山内静夫さんに会うことになっている。小津作品の絵コンテも見られそうで楽しみだよ。最初は短編を作って、内容次第で長編に発展させたいんだ。じつは東京に来る飛行機に『晩春』が入っていて、ここでも運命を感じた。約15年ぶりに観たところ、いま自分が父親になった立場から、作品のすばらしさが理解できたのさ。受け取る側の変化によっても印象が異なる。それは小津作品の魅力であり、映画自体の面白さでもあるね」

ハロルドとリリアンにしても、小津にしても、「人が消えてしまうことで、その仕事も一緒に消え、忘れ去られてしまう。その物悲しさが僕の心を刺激する」という思いで接するダニエル・レイム監督。将来はドキュメンタリーと実写をハイブリッドに合体させた作品を撮りたいそうだが、これからドキュメンタリー作家をめざす人に、次のようなアドバイスも贈る。

「ドキュメンタリーを撮るのはひじょうに時間がかかる。発明ではなく、発見していく作業だからだ。そのテーマに、自分がどこまで夢中になれるか。粘り強く続けるためには、そこがカギとなる」

後進の才能のために、彼はオンラインでドキュメンタリーの講座を設けている。英語のみだが、興味のある人はこちらからアクセスしてほしい。

映画ファンにとっては貴重なエピソードが満載の『ハロルドとリリアン ハリウッド・ラブストーリー』。しかし「ドキュメンタリーと実写のハイブリッド」をめざすというレイム監督の言葉どおり、この映画は、主人公2人の愛と人生の物語として、普遍的なレベルでアピールする側面ももっている。愛する人との生活。そして仕事への情熱。あらゆる人が共感できる魅力的な一本なのである。

(C) 2015 ADAMA FILMS All Rights Reserved
(C) 2015 ADAMA FILMS All Rights Reserved
(C) 2015 ADAMA FILMS All Rights Reserved
(C) 2015 ADAMA FILMS All Rights Reserved

『ハロルドとリリアン ハリウッド・ラブストーリー』

5月27日(土)、YEBISU GARDEN CINEMAほか全国ロードショー

配給:ココロヲ・動かす・映画社○

映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、ヤングマガジン、クーリエ・ジャポン、スクリーン、キネマ旬報、映画秘宝、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。

斉藤博昭の最近の記事