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安保法案に絡んだ谷垣幹事長の発言「スリムでソフトな人も戦いに参加できる」を体現した問題作

斉藤博昭映画ジャーナリスト
『ドローン・オブ・ウォー』今秋ロードショー

安保法案(安全保障関連法案)の採決が迫っているなか、7月11日、谷垣禎一・自民党幹事長が京都市の講演後の質疑応答で、次のような発言があったことが報じられた。

武器は高度なものになり、通信体系や何かっていうのもなければ、戦闘行為だってできない。だから、何も筋肉ムキムキの人が戦争をすると思ったら大間違い。スリムでソフトな人だって、ある意味ではできる。

つまり何が言いたいかっていうと、専門知識を持っていないと、そういう戦術や、武器や武器体系の変化など、いろんなものがありますから、徴兵制っていうのは、そういうのには向かない。俺は軍隊に行って仕事をしたいという志願制じゃないとなかなかうまくいかない。

出典:朝日新聞デジタル

この発言、やや内容が不明瞭な部分もあるが、注目したいのが、専門知識のあるスリムでソフトな人(その表現もどうかと思うが…)も戦争に参加できる/している、という部分である。つまり戦地へ行かないで、戦いの場を経験するということ。映画で戦争が描かれる場合、戦闘地そのものが舞台になることが多い。しかし谷垣幹事長が指摘するように、戦地から遠く離れた場所で戦争を左右する役割を描くケースもある。たとえば今年のアカデミー賞(R)に絡んだ『イミテーション・ゲーム/エニグマと天才数学者の秘密』などは、第二次世界大戦の終結に向け、ナチスの暗号を解読しようとした主人公たちの苦闘が描かれた。戦地はまったく出てこない。

戦地から遠く離れて、戦闘に参加する。その究極を描いた映画が『ドローン・オブ・ウォー』だ。日本公開タイトルからわかるとおり、ドローン=無人戦闘機による敵地の攻撃を描いた作品。イーサン・ホークが演じる主人公のトミー・イーガン少佐は、アメリカのラスベガスにある空軍基地のオペレーションルームから、ドローンを操作し、アフガニスタンに潜むテロリストを発見。空爆するのが「日常」の仕事である。

イーガン少佐の場合、元空軍も有能パイロットだが、「シューティングゲームの優秀な能力」を評価され、リクルートされた仲間もいる。まさに谷垣幹事長が言う、「専門知識のあるスリムでソフトな人」も、ドローンの使い手として活躍の場を与えられているのだ。

上空3000mから監視するドローンは、地上にいる相手にはまったく気づかれない。遠隔操作での爆撃は、ゲーム感覚のようでもあるが、上空からの映像だけで、誰がテロリストで、誰が一般市民など、はたして判別可能なのか? そして発射してからの何秒かの間に、予測不能な事態が起こることもある。大義のための戦争に協力しつつ、自分自身はまったく命の危険にさらされない状況で、無垢な市民を殺害する可能性があるーー。その矛盾に苦しみ、精神的に追い詰められるイーガン少佐を通し、「戦争に参加する」ことの意味を、本作は鋭く問いただしていく。

9.11テロ以降の対テロ戦争で、アメリカ軍が駆使するこの作戦。本作はその現場を、事実を基にして描いていく。ドローンの映像以外には「戦地」が登場しない、異色の戦争映画。

日本での劇場公開は10月なので、その時点で安保法案は一定の結論を迎えていることだろう。遠く離れた地でも戦争に協力することが、将来、日本でも可能になってしまうのか…。そんな現実を知るうえでも、必見の映画だと言えよう。

画像

ドローン・オブ・ウォー

今秋、TOHOシネマズ六本木ヒルズほか全国ロードショー

配給/ブロードメディア・スタジオ

(c) 2014 CLEAR SKIES NEVADA, LLC ALL RIGHTS RESERVED.

映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、ヤングマガジン、クーリエ・ジャポン、スクリーン、キネマ旬報、映画秘宝、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。

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