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元・東方神起が、本格派俳優に成長する姿に心が揺さぶられる…

斉藤博昭映画ジャーナリスト
『海にかかる霧』のパク・ユチョン

韓流ブームにのって、2005年に日本デビュー。抜群の歌唱力とダンス、個性あふれるキャラクターで、いったいどこまで人気を広げるかと思った東方神起が、2009年に分裂状態となり、翌年に活動を休止。ファンの間に衝撃が走ったのは、まだ記憶に新しい。

オリジナルの5人のメンバーのうち、ユンホチャンミンが東方神起を継続して、現在、さらなる人気を獲得しているのは、ご存知のとおり。09〜10年の裏事情に関しては、ファンそれぞれに思いがあるようだが、「東方神起は2人になってよかった」というファンや、「脱退した3人が好きで、引き続き彼ら(JYJ)を応援する」ファン、さらに今となっては少数派だが「希望は少ないが、いつかまた5人の東方神起が復活するのを望む」ファンと、反応はさまざまだという。

分裂後、それぞれの道を行く5人

ユンホとチャンミンで鮮やかに復活した東方神起だが、再スタート当初はファンの間にでも不安が漂っていた。というのも、5人のメンバーの中でも彼ら2人は、明らかにマジメキャラ。日本語のギャグも好きでサービス精神旺盛なジェジュン、ツッコミ型でおしゃべりのジュンス、どこかとぼけた味わいのユチョンという、一見、華やかなタレント性に富んだ3人が抜け、その穴を埋められるのか…という課題があったからだ。しかしマジメな2人が残ったことで、ファンのまっすぐな求心力は加速するという好結果につながり、日本でのドーム公演はつねに即完売状態。ファン一人一人の熱量も、5人の時代より、圧倒的に高いことが伝わってくる。そして一方のJYJは、東方神起ほど日本で話題に上らないかもしれないが、順調に活動を続けている。

音楽だけではなく、俳優としてのキャリアも築いている東方神起とJYJ。では5人の中で最も演技の才能を開花させているのは誰か。それは、ユチョンと断言していい。

もともと5人は(現在の東方神起ファンにとって、「5人」とまとめること自体、不謹慎かもしれませんが、ご了承ください)、それぞれドラマを中心に演技経験はあったが、あくまでも音楽活動がメイン。映画に関していえば、日本で公開された出演作品は限られており、多くの観客を集めた作品といえば、チャンミンが爆破のプロを不気味に演じた井筒和幸監督の日本映画『黄金を抱いて翔べ』あたりだろう。スクリーンで東方神起に会う機会は、少なかった。

そんななか、4月に日本で公開されるのが、パク・ユチョンが出演した『海にかかる霧』だ。密航者を運ぶ漁船を舞台にした、衝撃のサスペンス。ユチョンが演じるのは、船員の中でいちばん下っ端の立場にいる、心やさしき青年ドンシクである。

アイドルの面影は完全に消えた…

『チェイサー』のキム・ユンソクが船長役。名優に一歩も引けをとらない熱演
『チェイサー』のキム・ユンソクが船長役。名優に一歩も引けをとらない熱演

まず軽く驚かされるのが、スクリーンに現れるその風貌だ。もちろん顔は、華やかなステージで歌い踊る、おなじみのユチョンなのだが、どこか自信なさげの姿勢、はっきり言ってイケてない髪型、屈折感を抱えた目の表情で、完全にアイドル時代の雰囲気は消えている。ユチョンに顔の作りが“よく似た”俳優と言ってもいい変化をとげているのだ。

密航者の中の少女にほのかな愛を感じたドンシクは、彼女をかばい、他の船員と対立する。相手に応じて、さまざまに、臨機応変に態度を変えるドンシクは、高い演技力を要求される役どころ。それにもかかわらず、ユチョンは見事にそのハードルを超えている。映画全体の主人公は、カリスマ的な船長のカンなのだが、物語の芯になるのが、ドンシクの決断と行動、運命であり、観客が最も感情移入してしまう。徐々に人間性が失われていく船内で、孤独に闘うドンシク=ユチョンの姿に、心を揺さぶられない人はいないはずだ。

ユチョン自身、本作への意気込みと外見の変貌について

この映画は絶対にやらねば、という気持ちでした。でも最初の衣装合わせで、衣装を着て出てきたらスタッフに大爆笑されました。

出典:マスコミ用プレス資料インタビュー

と告白している。

さらに劇中には、ドンシクがある欲望をあらわにするシーンがあるのだが、たとえば日本の若手スター俳優だったら、絶対に断りそうな過激な演技にもユチョンは挑戦。彼のファンは、心が激しくざわめくかもしれない。しかしその「本気」は、俳優として生きていこうとする彼の強い意志でもあるようだ。

すでに韓国では、この映画の演技で青龍映画賞、大鐘賞など主要な映画賞での新人賞を受賞。『海にかかる霧』は、ユチョンの俳優人生を大きく切り開くことになった。JYJとしての活動を続けながら、今後はさまざまなオファーが舞い込み、俳優としてのウェイトが大きく占めることになるのではないか。

かつての仲間の出演作も日本公開

ちなみにユンホの出演作国際市場で逢いましょう』も5月16日に日本で公開される。激動の時代を生きた家族の感動ドラマだが、『海にかかる霧』におけるユチョンほど、作品の中では大きな役ではない。単純に比較できないが「元・東方神起」の5人で、演技者として最も進化をみせているのは、今のところユチョンなのだ。5人の東方神起の時代を思い返すと、やや頼りないムードもあったユチョンの成長は感慨深い。

『海にかかる霧』は、『殺人の追憶』や『グエムル 漢江の怪物』『スノーピアサー』のポン・ジュノ監督がプロデューサーを務め、作品としてのインパクトも強烈。後半の目を疑うようなショッキングな展開と、クライマックスが導く切ない余韻は、格別である。新しくオープンするTOHOシネマズ新宿で先行ロードショーされるのも話題だ。

画像

『海にかかる霧』

4月17日(金)より、TOHOシネマズ新宿にて先行公開

4月24日(金)より、全国ロードショー

配給:ツイン

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映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、ヤングマガジン、クーリエ・ジャポン、スクリーン、キネマ旬報、映画秘宝、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。

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