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川に飛び込み、人はなぜ溺れるのか?

斎藤秀俊水難学者/工学者 長岡技術科学大学大学院教授
(写真:アフロ)

 川などに飛び込み、人が溺れるプロセスには主に二つあります。一つは浅いと錯覚して飛び込み、泳ぎの姿勢に移れなかった。もう一つは深いとわかっていたのに、深く潜りすぎて呼吸が続かなかった。いずれも緊急浮上からの背浮きで危機を脱するしかありません。

【 参考】川の危険を、みんなのうたで覚えよう

今年はハイペースで発生

 今年は本格的な夏のシーズンに入ってから、高さのある所から川に飛び込み命を落とす事故がハイペースで発生しています。

大学生が死亡 友人と川遊び 鹿沼

5日午後2時半ごろ、鹿沼市草久の大芦川で「川に飛び込んだ友人が沈んだまま浮かんでこない」と消防に通報がありました。鹿沼警察署によりますと宇都宮市に住む大学生の19歳の男性が大学の友人7人と岩場から川に飛び込んで遊んでいたところ、しばらくして姿が見えなくなったということです。男性は駆け付けた消防署員によっておよそ1時間後に救出されましたが、心肺停止の状態で病院に搬送され、その後死亡が確認されました。現場は水深が3メートルほどあり急な流れだったということです。警察と消防で事故の原因を詳しく調べています。

とちぎテレビ8/5(土) 20:37配信

 このほかにも7月30日には神奈川県山北町玄倉の玄倉川で23歳の男性、7月20日には岡山県新見市の高梁川で21歳の男性がいずれも川に飛び込み溺れています。今年はこれで3件の飛び込みに伴う水難事故が発生していますが、コロナによる自粛があった昨年と一昨年にはこのような報道がなかったことから考えると、今年の同様な事故はハイペースで発生していると言わざるを得ません。

【追記】8月6日にも岐阜県下呂市で飛び込み事故が発生しました

 図1をご覧ください。これは2014年から今年までの10年間の飛び込みによる水難事故の犠牲者数を示しています。一目瞭然ですが、事故の起こった川や滝つぼの深さは2 mから3 mが多く、決してそれほど深いわけではありません。その一方で、中には18 mの深さのある川で飛び込み遊びをしていた例もあります。

図1 飛び込みに伴う犠牲者数で、2014年から2023年までの間に報道された事故に限る(筆者作成)
図1 飛び込みに伴う犠牲者数で、2014年から2023年までの間に報道された事故に限る(筆者作成)

なぜ溺れるのか

 川などに飛び込み、人が溺れるプロセスには主に二つあります。一つは浅いと錯覚して飛び込み、泳ぎの姿勢に移れなかった。もう一つは深いとわかっていたのに、深く潜りすぎて呼吸が続かなかった。

浅いと錯覚

 これは、大人でも子どもでも起こしてしまう事故です。特に河川の上流部や滝つぼで多く見られる事故です。原因は錯覚です。水が透明で水底まで透き通っていると、水底が浅く感じてしまいます。例えば水深が2 mだと見た目は1.4 mくらいに勘違いしてしまうこともあります。水の屈折率が空気のそれに対して1.3倍ほどあるためです。

 あまり泳ぎが得意ではない人が「足が届く」と錯覚したら届かずに溺れたという勘違いが水深2 m程度の水辺で発生しがちです。これ以上深くなると流石に透明な水でも緑がかって見た目で「深い」と思わせる様相になります。なぜ助からないかと言うと、この程度の深さだと垂直姿勢から泳ぎの姿勢に移るのは困難で、泳ぎ始めようとしてもたちまち溺れるからです。足の届かない水中からスタートする方法は多くの人が学校で習っていないのです。

潜りすぎた

 これは、深いことがわかっていて、繰り返し飛び込んだ場合によくある事故です。高さのある所から飛び込むと着水寸前の体位によって潜り方が異なります。図2をご覧ください。これは水難学会で過去3年間にわたり延べ120人の人の飛び込む寸前の姿勢と水中の姿勢の関係を調べた結果をまとめてイラスト化しています。

図2 水面に飛び込む直前の姿勢と水中姿勢との関係(筆者作成)
図2 水面に飛び込む直前の姿勢と水中姿勢との関係(筆者作成)

 右のイラストでは、完全な垂直姿勢で入水した場合を示しています。最も深く潜ります。入水高さが3 mであれば足先が水面から4 m近く潜ります。

 左のイラストでは、入水直前に手と足をわずかに前方に出しています。この状態では入水直後に腕と脚が水の抵抗で持ち上がり、身体が深く入水しないようになります。さらに慣性は足先の方向に移りますので身体は水面に対してほぼ平行に進みます。だからあまり深く潜らなくて済むのです。

 たいていは意図しなくても左のようになり溺れずに済むのですが、その成功体験が仇となり、最期の飛び込みで深く潜りすぎ、水面に上がりきれなかったという事故が発生することになります。

助かるには緊急浮上しかない

 飛び込みで失敗し溺れかけたら、緊急浮上からの背浮きしか助かる見込みがほぼありません。

 緊急浮上とは、水中で息を止めて両手をクリオネの如く羽ばたかせます。3回くらい大きくかくと数メートルは浮上します。その後じっとしていれば水面に背浮きの状態で浮上しますので、水面に顔が出たら、呼吸をします。もし運動靴やサンダルを履いていたら、その浮力のお陰で背浮きの浮力バランスが取れて安定して呼吸することができます。動画1の特に後半にその様子を示します。

動画1 緊急浮上からの背浮き、特に後半に注目(筆者撮影、1分03秒)

 緊急浮上から泳ぎの姿勢になるのは、相当泳ぎ込んでいないとできません。逆に背浮きには簡単に移行できます。背浮きとは単なる手技ではなく、連続実技のラインに組み込まれた重要な手技です。

救命胴衣着用の飛び込みは危険

 救命胴衣を着用しながら飛び込むととんだ結果になりかねません。救命胴衣はかなりぎゅうぎゅうと身体に締め付けないと簡単にズレたり外れたりします。

 動画2に前側のファスナーをしめただけの状態で岩場から飛び込んだ様子を示します。人が浮いてくる前に救命胴衣だけが浮いてきました。岩場から飛び込む瞬間に反動ですでに両腕が上がっていました。もし気を付けの姿勢で入水したとしても図2の左側のイラストで示した通り、入水直後に両腕がバンザイし、身体の慣性は沈む方向、救命胴衣の浮力は浮く方向に作用するので、いずれにしても自然な結果です。

動画2 岩場から飛び込み着装していた救命胴衣が外れた瞬間(筆者がモデル、15秒)

 股下ベルトを着用していたら、飛び込む高さによっては陰部に大怪我をするかもしれません。高さのある所から飛び込むことを想定している船舶用救命胴衣には、多くの製品に股下ベルトはありません。

さいごに

 大事な命です。どうしても飛び込むなら水に浮く運動靴などを履いて、緊急浮上と背浮きをマスターしてから高さはせいぜい1 mくらいにおさえましょう。でも筆者本音としては、川や湖や滝つぼ、はたまた海では高さのある所から飛び込まないことに尽きます。

水難学者/工学者 長岡技術科学大学大学院教授

ういてまて。救助技術がどんなに優れていても、要救助者が浮いて呼吸を確保できなければ水難からの生還は難しい。要救助側の命を守る考え方が「ういてまて」です。浮き輪を使おうが救命胴衣を着装してようが単純な背浮きであろうが、浮いて呼吸を確保し救助を待てた人が水難事故から生還できます。水難学者であると同時に工学者(材料工学)です。水難事故・偽装事件の解析実績多数。風呂から海まで水や雪氷にまつわる事故・事件、津波大雨災害、船舶事故、工学的要素があればなおさらのこのような話題を実験・現場第一主義に徹し提供していきます。オーサー大賞2021受賞。講演会・取材承ります。連絡先 jimu@uitemate.jp

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