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高校生水難事故の発生した宮崎・加江田川河口の危険性

斎藤秀俊水難学者/工学者 長岡技術科学大学大学院教授
水難事故の発生現場。川が右から左に流れる。左奥に青島が見える(筆者撮影)

 宮崎市の加江田川河口付近で18歳の男子高校生が死亡した事故から1ヶ月が経とうとしています。それにあわせて、水難学会は事故現場に存在する危険性について現地調査を行いました。そこには河口に特有な「崩れ砂」が見られました。

事故の概要

 2月8日午前10時半ごろ、宮崎市の加江田川河口付近で泳いでいた18歳の男子高校生の行方が分からなくなり、一緒に訪れていた友人が110番通報。およそ1時間後、男子生徒は岸からおよそ10メートル離れた海上で発見され、搬送先の病院で死亡が確認されました。死因は溺死でした。男子生徒は友人2人と釣りに訪れていましたが、途中から1人で泳いでいたということです。宮崎放送 2024年2月8日(木) 19:07

現場の構造

 現場の周辺を大きく括れば、加江田川の流れと日向灘から打ち寄せる波とがぶつかり合う砂浜海岸だと説明できます。

 まず河口付近の加江田川の構造と流れの様子を動画1に示します。砂浜を流れる河口付近の川にしてみれば川底が深くえぐれており、最も深いだろうと思われる箇所の深さは水底まで見通せないほどでした。川幅は20 mほどで川幅方向の全体にしっかりとした流れが観測されました。その流れは速く、あくまでも目測ですが秒速1 mに達するような水の流れが観測されました。水温は赤外線測定でほぼ10度でした。まとめると、河口付近においても中流域かと思わせるような水の勢いで加江田川の水が日向灘に注いでいます。

動画1 河口付近の川の深さと流れの様子(13秒、筆者撮影)

 次に日向灘の砂浜の構造と波の様子を動画2に示します。ここは典型的な遠浅海岸であることがわかります。底質は細かな砂からなり、足で踏んだ限りでは固く締まっていました。汀線からの傾斜は極めて緩くて、50 mほど沖に進んで水深は足首、100 mほど進んで膝上程度の水深でした。サーファーが波を待っている箇所は沖合200 mほどですから、そのあたりから急に深くなるのでしょう。動画2を撮影した時の波は宮崎日向沖観測データで有義波高1.3 mでした。潮汐は干潮を少しすぎて潮位51 cmでした。200 mほど沖合の砕波帯の波は激しく見えるのですが、50 mほどの沖合では波が砂浜を這うように上がってくるように見えます。気象庁によれば日向灘南部の海水温は今年に限れば例年より高くて、20度ほどあります。まとめると、沖合では力強い波が見られるものの、汀線付近では這うような波が見られる遠浅構造の海岸です。

動画2 河口付近の砂浜海岸を波が遡上する様子(23秒、筆者撮影)

 では上空からの観測によって、加江田川河口付近の構造を総合的に確認してみましょう。図1をご覧ください。左の図のXに高校生が発見されたとされるおよその位置を示します。

 動画1は、図1左図に示すA地点から南に向かうようにして撮影されました。砂浜を突き抜けるように川が流れており、A地点のすぐ足元では水の色が濃くなっていることがわかります。川幅20 m程度にわたって深くなっている様子が見て取れます。これを水みちと呼びます。河口では水みちの流れ出しが南東に近い方向に向いています。この川の深みにはまって流されると、加江田川右岸に沿って汀線付近を移動し、右岸側の砂浜に漂着しやすいことが容易に想像できます。

 動画2は右図のB地点で撮影されました。日向灘から押し寄せた波が足元をさらっていく様子は右図でも表現ができていると思います。水みちは、川の流れに注目すると、なんとなく存在するように見えます。遠浅の海岸なので海岸に打ち寄せる波の威力がどうしても弱くなり、そのため川の流れの強さが相対的に優勢となり、河口部であるにもかかわらず川の流れの勢いは保たれているのだろうと考えられます。

 図1右図のように潮が満ちてくると、水面が広がる様子が見て取れます。こちらでも水の河口での流れが東南東に向いていて、しかも水みちがくっきりと打ち出される様子がわかります。そして流されたものは右岸側の砂浜に漂着しやすいことも容易に想像できます。

図1 加江田川河口付近の上空写真。左は比較的潮の引いている時間帯で右は比較的潮が満ちている時間帯(左:Google mapから引用し、筆者一部加筆、右:Yahoo!mapから引用し、筆者一部加筆)
図1 加江田川河口付近の上空写真。左は比較的潮の引いている時間帯で右は比較的潮が満ちている時間帯(左:Google mapから引用し、筆者一部加筆、右:Yahoo!mapから引用し、筆者一部加筆)

水難事故の危険性は存在するか

 河口付近においては一般的には「流れが複雑で危険」と一括りにされてしまいます。一括りにされてしまうと具体的な危険がわからなくなります。ここでは加江田川河口付近を例に取り水難事故の危険性を考察してみましょう。

 前述したように、加江田川河口付近では一般的な河口に比べて川の深さがあり流れが速い傾向にあります。このような川は、当然そこに落水すれば命の危険にさらされるわけですが、そもそもの話として落水するきっかけがなければなりません。

◆崩れ砂

 そこで浮上してくる危険性が「崩れ砂」です。固く締まっている砂であるほど、速い水の流れで崖のようにほぼ垂直にきられるものです。このような砂の際に人が近づくと、砂が人の体重に耐えかねていきなり崩れます。自然に崩れることも当然あります。その様子は動画3に示しています。

動画3 崩れ砂の自然崩落の様子(21秒、筆者撮影)

 こういった崩れ砂とともに人が川に落ちれば、水中でも砂の壁面の角度は急峻なので、水中から這い上がることが難しくなります。水温10度ほどの冷水の流れの中を自由に動き回ることができず、やがて溺れることになります。

◆沈水

 今年の日向灘の海水温は2月初めでも20度に近い状況でした。例年が18度強ですから、今年の海水温は少し高めと言ってもいいかもしれません。

 加江田川河口を左岸から右岸に向かって渡ろうとしたとき、図1のA地点から入水したら深そうだし、仮に足を水にいれれば水温10度はかなり冷たく感じます。一方、B地点から渡ろうとすると水底が浅く思えるし、海水の部分を歩いているうちは水温20度なのでこの時期はむしろ暖かく感じます。水に足をつけながら右岸側に移動したらどういうことになるでしょうか。

 潮の時間帯によっては、河口の水みちが深くなります。その様子は図1右図で確認した通りです。例えばB地点から浅い砂底を水みちに向かって歩いていくとします。歩いていると目で見ただけではわからないのですが、足が水みちに至ると水底が急に深くなることに初めて気が付くことでしょう。しかも水みちの壁は砂なので、足を踏み入れた瞬間に砂が崩れて一瞬にして沈水することになります。水みちの部分では川の水の流れが優勢ですから、水は冷たく身体の自由は時間とともに制限されていきます。その上砂の壁は崩れますので容易に後戻りはできません。身体の動くうちは泳ぐようにして上陸できる場所を探すことになるでしょう。

事故時の海象・潮汐はどうだったか

 河口付近であれば、海象や潮汐は水難事故を誘発するきっかけとなることがあります。2月8日10時の海象や潮汐のデータを見てみましょう。

宮崎日向沖(国土交通省港湾局 全国港湾海洋波浪情報網)

 有義波高 1.1 m

 波向き 東

 有義波周期 およそ7秒

宮崎港(気象庁潮位表)

 潮位 93 cm (干潮時刻 11時17分)

 これらを総合的に見ると、動画1から動画3が撮影された日に比較して波の高さは低く、逆に干潮時刻の直前で潮位は42 cmほど高かったようです。図1の写真に写っている水みちは当然干満の影響を受けるので、潮位が42 cm高ければ、流れが少し穏やかになったり、それだけ水みちが深くなっていたりするはずです。調査時に比較すれば、事故当日は崩れ砂による落水と渡川時の沈水の2つについて、危険性がより高かったとすることができます。

まとめ

 そもそも荒々しい波がすぐそこまで来ているとか、見ただけで深そうに見えるような場所には人はそうそう近づきません。一見して浅そうにみえるとか渡れそうに見えるとか、そういう場所で水難事故は発生するものです。

 これから春休みを迎えるとこういった場所での子どもの水難事故が発生しやすくなります。子どもだけで水辺に安易に遊びに行かないようにご家庭でも言って聞かせてください。

謝辞

 本調査を含む一連の調査研究は、日本財団助成事業「わが国唯一の水難事故調査 子供の単独行動水面転落事故を中心に」と日本学術振興会科学研究費補助金 基盤研究(C)課題番号22K11632の助成により行われています。

水難学者/工学者 長岡技術科学大学大学院教授

ういてまて。救助技術がどんなに優れていても、要救助者が浮いて呼吸を確保できなければ水難からの生還は難しい。要救助側の命を守る考え方が「ういてまて」です。浮き輪を使おうが救命胴衣を着装してようが単純な背浮きであろうが、浮いて呼吸を確保し救助を待てた人が水難事故から生還できます。水難学者であると同時に工学者(材料工学)です。水難事故・偽装事件の解析実績多数。風呂から海まで水や雪氷にまつわる事故・事件、津波大雨災害、船舶事故、工学的要素があればなおさらのこのような話題を実験・現場第一主義に徹し提供していきます。オーサー大賞2021受賞。講演会・取材承ります。連絡先 jimu@uitemate.jp

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