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雪かき中の水難事故が発生 なぜ、そしてどうすれば防げるか

斎藤秀俊水難学者/工学者 長岡技術科学大学大学院教授
雪国の道路わきの水路。雪かきには便利だが、転落して命を落とすことも(筆者撮影)

 新潟県長岡市で60代女性が雪かき中に用水路に転落して亡くなりました。シーズンごとに発生する同様の事故。なぜ発生するのでしょうか。そしてどうすれば防げるのでしょうか。雪国で研究が進む対策技術を紹介します。

事故の概要

 新潟県長岡市で13日午前7時すぎ、除雪作業をしていた60代女性が、自宅脇の用水路の中で倒れているのを夫が見つけました。女性はその後、病院で死亡が確認されました。

 新潟県内でこの冬、雪による事故で死亡した人は6人、けがをした人は48人となりました。県などは、除雪作業の際は安全対策をして無理をしないよう呼び掛けています。(1/13(木) 18:54配信 BSN新潟放送

 事故の発生した場所は、JR長岡駅から東に向かって標高が高くなる栃尾地区にあります。ここは長岡市内でも豪雪地域になります。多い年には積雪が2 mを超えることもあります。長岡駅周辺と比較すれば、いつも2回りくらいの積雪があるかな、という印象です。

 雪が降れば、その降雪量は一晩で30 cmが当たり前です。雪国の人は、人が動き出す前に自宅の玄関から道路に至るまでの通り道を雪かきして、「道つけ」作業をします。だから、朝5時くらいに起床してまだ暗いうちから雪かきを行う、早起きの人が雪国には多い印象があります。

 お亡くなりになられた方が発見された時間から推測するに、朝早くからご家族のために道つけをされていたのでしょうか。他人事には思えません。お気の毒です。

なぜ、雪の水路で溺れるのか

 同様の事故は、新潟県内でシーズンごとに発生しています。新潟県の調べによれば、昨シーズンの雪による影響で「側溝等転落によるもの」に分けられる事故による死傷者は14人、そのうち死者は5人です。

 雪国では、自宅の玄関から道路までの道つけ作業で出た雪の塊、屋根から下ろした雪の山の処理に頭を悩ませます。消雪用の井戸があれば、そこから地下水を汲んでその水で雪の山を溶かします。でも大雪の年にはその地下水も、使っているシーズン中にやがて枯れてでなくなります。

 用水路や流雪溝が家の前にあれば、そこを流れる水に雪を落として溶かしつつ流します。これはたいへん手軽ですから老若男女問わず「水に流せるならそうしたい」と思う所です。

 動画1をご覧ください。長岡市内の典型的な道路わきの水路を示しています。比較的幅が広いにもかかわらず暗渠化されていません。なぜ暗渠化されないかというと、このような水路は流雪に使われるからです。動画中では、所々で雪の塊が水底にあるのが見て取れます。これは雪かきで出た雪の塊を水路に捨てた跡になります。水流は秒速30 cmくらいでしょうか。水深は約20 cmで、水路の深さは約90 cm、この時の水温はおよそ6度でした。

動画1 道路わき水路の雪国ならではの活用(筆者撮影、47秒)

 比較的広くて深さがあり、さらに水の流れもしっかりしているので流雪用には適している水路です。ところが、このような水路に雪かき中に転落したらどうなるでしょうか。水深が浅いとはいっても、転落すると頭や背中から落ちます。これくらいの水深があれば、直接コンクリートに頭などを打ち付けて即死するほどのショックはありませんが、全身のほとんどが濡れることになります。

 雪国長岡の冬のシーズンの気温は上がってもせいぜい5度。水温6度の水で濡れれば、とたんに低体温になります。そして、自力で陸に上がろうとしても極度に冷えた体では、上がるのに必要な力が入りません。手がかじかんで動きません。ましてや、水路の周りに雪が残っていれば、さらに高さを上がらなければならなくなります。そうこうしているうちに体温がもたなくなり意識を失うことになります。

 だから、雪国では水路などに落ちて濡れるということは、死を意味するわけです。そういった危険と向き合って生きてきたのが雪国の人々です。

水路転落を防ぎつつ雪かきをしたい

 水路を暗渠化、すなわちフタをすれば安全性は高まります。そして所々にグレーチングと呼ばれる鉄の格子をつけて開閉式にすれば、そこから雪を捨てることができます。このような設備を流雪溝と呼びます。詳細は筆者記事「雪国の生活を変えた流雪溝 寒い日には時々大洪水の憂き目に」をご覧ください。

 水難学会農業用水施設安全技術調査委員会では、より普及を促進できるような安全設備の開発を行うために、対策技術に関する様々な研究を行っています。

 今開発中の技術では、樹脂ネットを利用します。このネットの応用例として筆者記事「落ちたら水攻め地獄 農業水路に子供が落ちて亡くなる痛ましい水難事故をどう防ぐか?」を参考になさってください。このネットで水路を覆うことにより、雪捨て作業を妨げず、かつ作業者の水路転落を防止することができます。

 問題は耐雪機能です。積雪地域にてネットを利用するなら、ネットに雪が積もり全面を覆わないこと、そして積雪の重さで破れないことが大切です。こういった試験を繰り返さなければなりません。

 動画2をご覧ください。対策技術の骨格となる樹脂ネットの耐雪試験の様子を示しています。動画では2種類のネットを確認することができます。ひとつは網目が10 cmの試料、もう一方は網目が15 cmの試料です。

動画2 用水路転落防止ネット耐雪試験(筆者撮影、2分36秒)

 当然、網目が粗いほど、捨てることができる雪の塊の大きさが大きくなります。しかしながら、網目が粗くなればネット全体の強度が弱くなってしまいます。さらに、ネット全体に積雪があると、そのうち積雪がネット耐荷重を超えることにもなりかねません。

 動画2を進めていくと、12月後半の湿った雪ではネットに積雪が発生する様子がわかります。網目10 cmではほぼネットが積雪で覆われたのに対し、網目15 cmでは覆われることがありませんでした。また、15 cmの網目では比較的簡単に雪がネットを通過して落ちていく様子がわかります。

 水難学会農業用水施設安全技術調査委員会では、水路転落を防ぎつつ雪かきができるネット、取付金具、工法に関する研究を進めて、来シーズン前には安全対策技術として完成、普及させる予定です。

さいごに

 道つけ作業はあまりにも当たり前過ぎて、どこのご家庭でも大抵はひとりでやります。事故時には発見がどうしても遅れ、その結果水路転落では人命が奪われます。

「雪かきは複数人で」と言われていますが、その通りです。でも複数人が集まるのを待っているうちに、自宅の周囲はみるみる雪で埋まっていきます。それが現実でもあります。

 水難学会では法人会員各社を中心にして、このようにかゆいところに手が届くテーマで研究を進めています。こういった比較的簡単な技術で人の命が守られる社会を目指しています。

水難学者/工学者 長岡技術科学大学大学院教授

ういてまて。救助技術がどんなに優れていても、要救助者が浮いて呼吸を確保できなければ水難からの生還は難しい。要救助側の命を守る考え方が「ういてまて」です。浮き輪を使おうが救命胴衣を着装してようが単純な背浮きであろうが、浮いて呼吸を確保し救助を待てた人が水難事故から生還できます。水難学者であると同時に工学者(材料工学)です。水難事故・偽装事件の解析実績多数。風呂から海まで水や雪氷にまつわる事故・事件、津波大雨災害、船舶事故、工学的要素があればなおさらのこのような話題を実験・現場第一主義に徹し提供していきます。オーサー大賞2021受賞。講演会・取材承ります。連絡先 jimu@uitemate.jp

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