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雪国の生活を変えた流雪溝 寒い日には時々大洪水の憂き目に

斎藤秀俊水難学者/工学者 長岡技術科学大学大学院教授
流雪溝は雪国の生活を変えたが、時々大洪水を起こすことも(筆者撮影)

 流雪溝の設置は雪国の生活を変えました。住民が道路脇に堆く積もった大雪を流雪溝の流れに乗せて処理します。時々大洪水を起こして、付近の民家は床上浸水の憂き目に遭うことも。どうして、そうなるのでしょうか。

雪国の生活

 今年は中(なか)2シーズンをおいた久々の豪雪で、シーズンはじめから高速道路での車の立ち往生が発生したり、除雪作業中の屋根からの転落、落雪による生き埋めが発生したりして、大変な状況が続いています。

 あまりにもひどい豪雪は1月中旬にはピークに達し、雪の捨て場に困った地域もありました。新潟県上越市では9年ぶりの大がかりな排雪作業となりました。

 新潟県上越市の高田地区を中心とした一斉雪下ろしが2021年1月23日、始まった。今月中旬までの大雪を受けて9年ぶりに実施され、ここ数日の雨などで重くなった雪を住民らが総出で屋根から下ろしていた。 上越タウンジャーナル 2021年1月23日 (土) 12:12

 「それが、雪国の宿命ですて。」新潟の高齢者は、昭和38年のいわゆるサンパチ豪雪、昭和58年から3シーズン続いたゴーハチ、ゴーキュー、ロクマル豪雪を経験しているので、お年寄りがこのように話しているのをよく聞きます。多くの雪国の人は、豪雪を宿命として生活に受け入れているのですが、「それは様々な工夫の上にて受け入れている」といっても過言ではありません。雪国3大イノベーションとも言える工夫、どのようなものがあるかというと図1の通りです。

図1 雪国3大イノベーションとも言える工夫(左)消雪パイプ、(右上)落雪式屋根、(右下)流雪溝(いずれも筆者撮影)
図1 雪国3大イノベーションとも言える工夫(左)消雪パイプ、(右上)落雪式屋根、(右下)流雪溝(いずれも筆者撮影)

 昭和38年以降、長岡市を中心に消雪パイプが主な道路に設置されるようになりました。冬場に比較的温かい井戸水をくみ上げて道路上に散布するので、道路にはそれほど雪が積もりません。そして今や、長岡市より南の山沿いの民家には落雪式住宅が多くなり、雪下ろしの風景は過去のものになりつつあります。さらに、流雪溝の設置。「除雪車のお土産」と呼ばれる、道路上の雪の壁を道路の沿線住民が崩して流雪溝に流し、自宅の前の雪を排雪するばかりでなく、公共道路の道幅を確保するのに、毎日汗水流しています。

流雪溝には、いろいろ

 地域によって、流雪溝にはいろいろとあります。雪を流すことにおいては、どの手法も共通しているのですが、水温によっては流れるものが流れなくなります。そのため、溝に引く水の温度によって構造を変えています。地域によって方式が細かく分かれています。

 いずれにしても、時々溝から水があふれて、周辺の民家を巻き込んだ大洪水騒ぎに発展することがあります。

流雪式 

 新潟県のように河川の水が凍らずに常に流れる地域で発展してきました。図2の断面図に示すように土地の高い所を流れる河川から水をとって、自然の傾斜を使って雪を流し、より低い所を流れる河川に排水・排雪します。河川の水が豊富であれば、たくさんの水を使って雪をどんどん流すことができます。

図2 新潟県でよく見られる流雪式の断面イメージ図。河川の水を使うことが多い(筆者作成)
図2 新潟県でよく見られる流雪式の断面イメージ図。河川の水を使うことが多い(筆者作成)

 ところが、1月中旬から2月中旬にかけての寒い日に新潟県では洪水が発生します。パターンは二つあります。

 豪雪に見舞われた妙高市では2日、寒気のピークを越え、市民は家の周りの除雪に追われた。天候の回復で作業の効率アップが期待できるが、心配なのは流雪溝に雪を捨て過ぎて詰まることだ。今冬既に延べ23カ所で水があふれ、1月27~29日には4カ所で住宅や店舗が床下浸水した。(中略)厳冬期の2月は川の水量が減り、流雪溝の流れも弱くなる。このため、大量の雪を捨てると流れずに詰まり、水があふれ出してしまう。(新潟日報2012年2月4日) 

 県内が大雪に見舞われた今冬、長岡市栃尾地域の市街地では雪を捨てるための流雪溝があふれて店舗などが浸水し、住民が例年以上の苦労を強いられた。降雪量の増加だけでなく低温で雪が溶けにくく、排水部分に雪がたまったことなどが原因。住民が協力して冷たい水に入って除雪するなど、地域の連携があらためて求められた。(新潟日報2012年3月2日) 

 妙高市の事例では、流雪溝の上流の川の水量が減り、大量の雪が流れずに詰まってしまい、そこから水があふれました。それに対して長岡市の事例では、排水口のある河川付近で雪がたまって、その上流の地区にて水があふれました。いずれにしても、寒くなることで川の水量が排雪にとって不十分となったことが事故の原因です。

融流雪式

 青森県を中心とする東北北部で見られます。図3に断面図を示します。河川の水が冷たくて、そのまま水を使うと雪が溶けずにどんどんたまっていくような水温であれば、河川の水の代わりに地下水を用います。地下水は常に10度以上の水温を保っているので、雪を溶かすことができます。ただし、地下水を際限なくくみ上げるわけにはいかないので、流量を制限して、所々に止水板を設置して、雪を溶かしながら下流に流していきます。

図3 融流雪式の断面イメージ図。止水板で水をせき止めて雪を溶かしながら流す(筆者作成)
図3 融流雪式の断面イメージ図。止水板で水をせき止めて雪を溶かしながら流す(筆者作成)

 自宅敷地内の雪のやり場に頭を悩ませていた住民らは、融流雪溝が完備して「本当に助かっている」と喜ぶ。一方で、融流雪溝が詰まって利用できない事態が度々起こることへの不満や、融流雪溝からあふれた水でいつ自宅が被害に遭うか分からない─との不安を募らせる住民も多い。(東奥日報 2014年2月13日)

 処理能力を超える投入を行うと止水板で雪が詰まり、その結果、水位が上がって冠水する。(東奥日報 2014年2月17日)

 流す水の温度と排雪の量との微妙なバランスの上で成り立っている方式です。当然、エネルギーをかけて水を温めて流せば雪が詰まることはないのですが、できるだけコストをかけずにどのように排雪するか、という課題との戦いだと言えます。なお、現在では雪が詰まってもバイパスで水を通過させるような工夫を行い、洪水をできるだけ防ぐようになっています。

融雪式

 北海道では河川の水が冷たくて、投入した雪が固まるばかりでなく、そこから厚い氷が形成されて水流を完全に止めてしまいます。そのため、雪を溶かす・氷を溶かすことに重点を置いた流雪溝に発展しています。

 図4に断面図を示します。札幌市内の多くの流雪溝では、下水処理場の排水を使います。比較的温かな水なので、上流から水が凍り付くことがありません。そして水は地下に設置された流雪溝を通ります。このようにして水温が保温されます。

図4 融雪式では比較的温かい下水処理場排水を使い、保温のために地下を通水する(筆者作成)
図4 融雪式では比較的温かい下水処理場排水を使い、保温のために地下を通水する(筆者作成)

 排雪は、雪の投入口から上部枡、中間枡を経て地下流雪溝に落ちていくようになっています。深さがあるので人が誤って落ちないように、グレーチング(鉄の網)は2重になっています。目の細かなグレーチングを開けるとその下に比較的開口の大きなグレーチングがあります。これを介して雪を落とすようになっています。

 市の委託を受けた業者が延長10キロの流雪溝に定期的に入り、氷を砕いて雪の通り道を確保している。「結氷落とし」と呼ばれる過酷な作業に記者が同行した。(中略)投雪口のほぼ真下で、流雪溝の端上部に当たった雪が徐々に固まって氷になっている。厚さは20センチ超。溝内を流れる水温の低い天塩川の水のためだ。氷はとけず雪が投げ込まれるたびに厚みを増す。放置すると雪が流れず、水が地上にあふれ出てしまう。(北海道新聞 2018年2月23日)

 北海道士別市で、地下を流れる流雪溝に四つん這いになりながら潜り込み、定期的に流雪溝内の氷を砕く作業を取材した様子です。下水処理場の排水が使えない地域では、このように定期的に氷を砕き、地上の洪水を防ぎます。

さいごに

 記録的な大雪となった新潟県糸魚川市ではこの1月10日、酒造会社の酒蔵に、近くの流雪溝からあふれた水と雪が流入し、それらが床上まで達して酒造りの資機材が浸水する被害がありました。

 気温が下がり冷え込みが厳しくなれば、同じような場所から水があふれるとは言え、豪雪は毎年来るものではないので、危険箇所の点検をついつい忘れてしまいます。これも雪国の宿命といえばそうかもしれません。

水難学者/工学者 長岡技術科学大学大学院教授

ういてまて。救助技術がどんなに優れていても、要救助者が浮いて呼吸を確保できなければ水難からの生還は難しい。要救助側の命を守る考え方が「ういてまて」です。浮き輪を使おうが救命胴衣を着装してようが単純な背浮きであろうが、浮いて呼吸を確保し救助を待てた人が水難事故から生還できます。水難学者であると同時に工学者(材料工学)です。水難事故・偽装事件の解析実績多数。風呂から海まで水や雪氷にまつわる事故・事件、津波大雨災害、船舶事故、工学的要素があればなおさらのこのような話題を実験・現場第一主義に徹し提供していきます。オーサー大賞2021受賞。講演会・取材承ります。連絡先 jimu@uitemate.jp

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