Yahoo!ニュース

自民党情報通信戦略調査会提言案とNHK文字ニュースの廃止、改悪に関する懸念

西田亮介社会学者/日本大学危機管理学部教授、東京工業大学特任教授
(写真:イメージマート)

日本のテレビ放送それ自体はデジタル化されているにもかかわらず、全国のチャンネルは昔からの放送事業者とチャンネルで占められていて、ほとんどといっていいほど変わらない。地方局の番組自主制作比率が10%程度と極めて低く、キー局、準キー局がインターネットで番組を広く公開してしまうと地方局のチャンネルを通じた番組視聴が減り、広告価値が減じてしまいかねないという業界事情で、NHKを除くと同時配信は遅々として進まず、多くの番組はネットでアーカイブ公開、販売もされていない。要するにインターネットでは(とくに民放の)テレビは見られないのだ。その一方で、こちらはあまり知られていないが、放送行政の改革は(いつの時代も)検討され続けている。

放送政策改革の対象は多岐にわたるが、(そして、やはりいつの時代も)目玉のひとつがNHK改革だ。NHKは「公共メディア」を標榜するようになっているが、現在の「本業」はやはり放送だ。放送法で定められているからだ。そのNHKのネット事業(「インターネット活用業務」)は任意業務に位置づけられ、大別すると「NHKプラス」による同時配信と、放送の補完としてウェブでテキスト等で提供される理解増進情報の提供がインターネット活用業務実施基準と予算制約の下で実施されている。

我々はNHKの文字ニュースなどをオンラインで目にすることがある。だが、NHKは豊富な情報やコンテンツをもちながら、ネットには限定されたかたちでしかコンテンツを出すことができないのだ。このネット事業を必須業務にするべきだという主張は相当昔から根強く存在する(筆者も賛同する)。しかし通信放送政策業界における有力な業界団体である日本新聞協会と日本民間放送連盟(民放連)等の関連業界団体が強く反対の論陣を張ってきたことから、検討(だけ)が長期間に渡って続いている。それでも放送の視聴時間が若年世代中心に減少し続けるなか、現在の公共放送ワーキングでも有識者らからは強い後押しがなされてきた。

放送を所掌する総務省の関係有識者会議はこの8月に取りまとめに入る。このタイミングにあわせて、自民党で放送政策を扱う自民党情報通信調査会が提言案をまとめたことが報じられた。現状、この提言案が良い点と微妙な内容が混ざったなかなかのクセものに仕上がっている。

番組の配信などネット業務を「必須業務として早急に位置付ける必要がある」とする一方、現在文章で無料配信しているニュース記事などはいったん廃止し、提供方法を見直すよう求めた。

 提言案では、放送番組のネット配信を必須業務とした場合、既に受信契約を結んでいる人には追加負担を求めるべきではないとした。一方で、受信契約をせず、配信サービスを利用するためIDを取得した人には、受信料と同額の費用負担を求めるべきだとした。

(「NHKの無料ニュース記事は「いったん廃止を」…自民調査会が提言案(読売新聞オンライン)」(https://news.yahoo.co.jp/articles/5ffc0bca02e8abe744f55ead7db27035c056df07)より引用。強調は引用者による)

筆者の手元にある提言案の原本は8ページで構成され、24の提案が並ぶ。上記報道の引用部分は、提案⑫「NHKは伝送路にこだわらず、放送とインターネットの双方の特性を最大限に生かし、適切に用いて国民に必要な情報を届けていくべきである。このため、インターネットを通じた情報の配信をNHKが法律上実施する義務を負う必須業務として、放送法上、早急に位置付ける必要がある」(強調は引用者)と考えられる。

これは妥当だ。2000年代の通信と放送の融合の議論の際にはすでに提案されていたことを踏まえると遅すぎるくらいだ。だが、読んでいくと首をかしげるほかない提言も含まれている。提案⑰「現行の理解増進情報の提供に関する制度は一旦廃止し、映像・音声以外の情報について、緊急性や確実性が求められる情報以外のものはもうひと手間かけて映像化し国民によりわかりやすい情報に編集することを含め、その提供方法について見直すべきである」(強調は引用者)だ。

確かに近年InstagramやTikTok、YouTubeとそれらのショート動画が存在感を増している。そうはいってもNHKのテキストコンテンツは国民に広く親しまれている。「緊急性や確実性が求められる情報以外」とはどこまでの範囲を含むのかは明確ではないが、提案⑰を文字通り読むと、現状からの大幅の後退が強く懸念される。

最近の自民党はデジタル政策に限定するなら相当に筋がよいし、国会議員もよく勉強している。公共放送ワーキングの直近会議においても構成員から明確な反対の声が相次いでいた。そのなかで「誰か」がこうした「提案」を自民党に押し込んだようにも思える。

従来からNHKの理解増進情報に反対してきたのは新聞協会だ。新聞協会は「総務省「公共放送ワーキンググループ」の検討に対する意見」を公表し、従来から繰り返してきた民業圧迫批判とNHK肥大化批判の文脈で、ネット活用業務の必須業務化と理解増進情報の提供に強く反対する。

当委員会は、総務省「公共放送ワーキンググループ(WG)」で検討されているNHKのインターネット業務の必須業務化について改めて反対する。放送のために受け取った受信料を大規模にネットの無料コンテンツに使ってきた現行の「理解増進情報」と同様に、なし崩し的な業務の拡大を招くことを強く懸念している。

(中略)

「NHKは無料のテキスト(文字ニュース)業務から完全に撤退すべき」と主張する。

(日本新聞協会「総務省「公共放送ワーキンググループ」の検討に対する意見」より引用。強調は引用者)

しかし考えてみてほしい。NHKの文字ニュース撤退は国民益(狭義には視聴者益だが、NHKの契約件数は4000万件超)の増大にかなうだろうか。普段からNHKを見ているとは限らないが、災害や有事のときには放送、ネットを問わずNHKを頼りにしてはいるのではないか。技術、サービス環境が変化するなかで放送からネットにメディアの中心が移りつつあることは誰もが知っているし、まず間違いなく不可逆な変化だ。民間事業者で規制も乏しい新聞社が自らの経営判断のなかで紙にこだわり、日経等ごく一部の少数事例を除くと、事業上のDXに取り組まず、売上の中心は未だに紙に依存している。やはり民放も冒頭に述べたように自主的な経営判断のもとTVerにすら十分なコンテンツを出さず、放送に閉じこもる現状では、公共放送であるNHKのポテンシャル最大化が模索されるほかないのではないか。これは他国の放送環境とは相当に異なった状況といえる。

新聞社はDXに悪戦苦闘しているのではないかという声もあるかもしれないが、売上に注目するなら、現在でも完全に紙依存だ。過去15年において業界全体でみれば、新聞販売収入と広告を除くその他の項目は特段伸びておらず3000億円台でほぼ横ばい。構成比は20%台で微増だが、販売収入の劇的な落ち込みの影響が大きい。要するに新聞業界は現在でもデジタルをメディアとしては使っているが、主要な事業ドメインにしていないのだ。かつて新聞協会は「民主主義の主役は国民です。その国民が正しい判断を下すには、政治や経済、社会など、さまざまな分野の情報を手軽に入手できる環境が重要」と述べて、消費税増税時の軽減税率を主張し、その対象となっている(日本新聞協会「軽減税率を求める新聞協会声明」)。その新聞協会が相手がNHKだからといって、国民からすれば多様な媒体を通じて情報接触できたほうがよいのは明らかであるにもかかわらず、NHKを通じた「さまざまな分野の情報を手軽に入手できる環境」を阻害し、主役であると自ら述べたはずの国民の利益よりも新聞業界の利益を重要視するようでは困る。

詳細は割愛するが、民放もほぼ同じだ。このような環境の下で、NHKに対する民業圧迫批判は相当にナンセンスだ。NHKが文字ニュースをやめたところで、新聞紙の購読が増えたりはしないことは明白だ。NHKの同時配信が始まって、民放の売上が落ちたのだろうか。確かに広告費はコロナ禍でいったん落ち込んだが、第8波が終わって復調に向かっている。その間にNHKの同時配信はフルスペックになったにもかかわらずである。このとき、果たしてNHKと新聞社、民放は事業上の競争をしているのだろうか。

先程の自民党提言⑩はこうも言っている。

これからもNHKは、国民が期待する役割を果たすことを第一とし、「公共放送NHKとは何か」という原点に常に立ち戻りながら、時代の変化に合わせてその業務を見直していくべきである。

まったくそのとおりだ。そうであればこそ、ここまで放送業界の変革をリードし、国民にも一定程度認知されてきた文字ニュースを一部業界の声を背景に取りやめるような政策を与党として主張するべきではあるまい。幸いにして自民党提言は今のところあくまで提言案である。来月にオーサライズされ、来年の通常国会に照準が向けられている。今からでも遅くはないが、提案⑰「現行の理解増進情報の提供に関する制度は一旦廃止し、映像・音声以外の情報について、緊急性や確実性が求められる情報以外のものはもうひと手間かけて映像化し国民によりわかりやすい情報に編集することを含め、その提供方法について見直すべきである」強調は引用者)は国民益にかなわないため、削除か再検討すべきだ。

放送行政は外交や経済に比べてマイナーでわかりにくいが、国民生活と密接に関係している。ところが野党第一党の立憲民主党も、「政策通」を標榜する国民民主党や維新による批判や対案提出も芳しくない。それどころかほとんど関心を持っていないようですらある。それが一部の業界の声を過剰に強力にし、国民益よりも業界益がまかり通る事態を招いているだけに、これを奇貨として放送行政への幅広い社会と政治の関心が求められる。

※関連エントリ

ネット事業の必須業務化に向けた最新NHK改革と「スマホ受信料義務化」の誤解と懸念(西田亮介)

https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/5db805d26baa73eb1fb7fd7a41a1a0b722faaf0b

社会学者/日本大学危機管理学部教授、東京工業大学特任教授

博士(政策・メディア)。専門は社会学。慶應義塾大学総合政策学部卒業。同大学院政策・メディア研究科修士課程修了。同後期博士課程単位取得退学。慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科助教(有期・研究奨励Ⅱ)、独立行政法人中小企業基盤整備機構経営支援情報センターリサーチャー、立命館大学大学院特別招聘准教授、東京工業大学准教授等を経て2024年日本大学に着任。『メディアと自民党』『情報武装する政治』『コロナ危機の社会学』『ネット選挙』『無業社会』(工藤啓氏と共著)など著書多数。省庁、地方自治体、業界団体等で広報関係の有識者会議等を構成。偽情報対策や放送政策も詳しい。10年以上各種コメンテーターを務める。

西田亮介の最近の記事