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中国は東アジアで自由と平和を促進するうえで重要な役割を担っている!? 尹錫悦大統領の「対中忖度発言」

辺真一ジャーナリスト・コリア・レポート編集長
インドネシアで昨年11月に会談した時の習近平主席と尹錫悦大統領(「大統領室」)

 米サンフランシスコで開催されたAPEC首脳会議を終え18日に帰国したばかりの尹錫悦(ユン・ソクヨル)大統領が20日からチャールズ国王の招きで英国を訪問している。金建希(キム・ゴンヒ)夫人を連れ23日までロンドンに滞在し、帰途フランスに立ち寄り、2030年万博の釜山開催に向け誘致活動を行うようだ。

 尹大統領は出発に先駆け、英国紙「デイリー・テレグラフ」とのインタビューに応じていたが、その中で中国について「おや?」と思うような発言をしていた。何と、意外にも中国に阿るような発言を行っていたのだ。

 韓国の「聯合通信」によると、尹大統領はインタビューで「中国は東アジアで自由と平和と、繁栄を促進するうえで重要な役割を担っている」と持ち上げていた。「重要な役割を担わなくてはならない」と言ったならば、気にも留めなかったのだが、「役割を担っている」と言うと、「ちょっと待てよ」ということになる。

 というのも、尖閣諸島周辺への中国船による度重なる領海侵入、中露両軍の爆撃機による日本海と東シナ海での示威行動、東シナ海における外国の艦船や飛行機の航行、飛行を妨げる行為のどれをとっても日本からみれば、中国が「自由と平和と、繁栄を促進するうえで重要な役割を担っている」とは言い難く、逆に緊張を高めているのが実情であるからだ。

 おそらく、尹大統領は「中国はそのような役割を担っているのに果たしていない」と言いたかったのかもしれないが、だとすれば、奥歯に物が挟まった言い方で、実に歯切れが悪く、尹大統領らしからない。

 先のAPEC首脳会議で岸田文雄首相は日中首脳会談を実現させ、習近平主席と双方の懸案について1時間以上も話し合った。これに比べて、韓国は中韓首脳会談を熱望していたにもかかわらず実現できず、首脳会議の会場での立ち話で終わった。時間にしてたったの3分である。

 野党から「外交が日米に偏重し過ぎる」とか「中国との関係疎遠は韓国の安保、経済にとってマイナスで、国益を失している」との批判を浴びている尹大統領としては習主席との会談を通じて可能ならば年内のソウルでの日中韓3か国首脳会談の確約を取り付けたかったはずだ。

 今月26日には釜山で日中韓外相会談が予定されている。主催国として首脳会談を早期に開催するには外相会談で日程や議題を決めなければならない。当初の思惑は外れたものの尹大統領としては早期開催で中国の同意を取り付けるために中国にこうした忖度をせざるを得なかったのかもしれない。

 また、尹大統領はこのインタビューで「北朝鮮と中国、ロシアは互いに異なった利害関係を持っている。中国がロシアと北朝鮮に同調するのは自国の利益にはならない」とも言っていた。

 一般論としてはそのとおりであるが、それは何も中露朝の3か国に限った話ではない。EU諸国やNATO加盟国も、また中国が主体となっている上海協力機構も日米韓3か国もそれぞれの利害関係は異なっている。それでも共通の利益のために結束し、密接な関係を築いている。

 北朝鮮と中国とロシアは▲国境を接した隣人である▲専制主義国家である(バイデン大統領)▲米国の「一極体制」に反対している▼日米韓の安全保障協力を「ミニNATO」と反対している▲中国の「台湾政策」を一貫して支持していることから人権問題で国際的な批判を浴びていることも含めて多くの面で3カ国は利害を共有している。

 あえて異なる点を探すとすれば、中国はロシアと北朝鮮とは異なり欧米及び日韓とも外交関係を維持し、国際的に孤立していないこと、国連の経済制裁を受けていない程度ぐらいであろう。

 尹大統領からすれば、「中国がロシアと北朝鮮に同調するのは自国の利益にはならない」と釘を刺したかったのかもしれないが、すでに中国は国連での対露・対北朝鮮非難、制裁決議に反対するどころからウクライナに侵攻したロシアへの貿易増大、北朝鮮への経済支援も含め十分すぎるほど露朝に同調している。ということは、中国は自国の国益に合致すると思うから、露朝に同調しているのではないだろうか。

 この発言との関連で尹大統領は「中国は国連憲章と安保理決議だけでなく、他の国際規範も露骨的に違反している北朝鮮とロシアとの3か国協力を追求することが自国の国際的名声と位相にプラスにならないという点を考慮するだろう」とも語っていた。これはどうみても「そうあって欲しい」との尹大統領の願望、あるいは淡い期待を示した発言にしか受け止めようがない。

 中国は露朝両国とは個々に外交、安全保障、経済分野では強固な関係を築いている。従って、事実上、3カ国協調関係が構築されていると言っても過言ではない。今後、3カ国による軍事演習が実現すれば、事実上の同盟関係にグレードアップすることになるであろう。

 これは韓国にとっては最悪のシナリオである。それが現実にならないよう尹大統領としては中国に一線を越さないよう求めたのであろう。それが今回のこうした対中気配りと言うか、遠慮気味の発言となったものと解釈できる。

 しかし、尹大統領が大統領選挙の時から文在寅(ムン・ジェイン)前大統領の対中政策を「忖度し過ぎ」と批判してきたのは周知の事実である。だからこそ、与党・国民の力は選挙公約で「屈辱的な対中忖度政策を破棄する」ことを謳ったのである。

 実際に尹大統領は政権を取ると、対中から対米に外交の軸足を置き、今年4月にワシントンを訪問した際には「力による現状変更の試み」に反対を表明し、中国を暗に批判しただけでなく「インド太平洋戦略」を公表するなど対中で日米と共同歩調を取った。

 それがまた軌道修正ならば、韓国の全輸出の33%を占め、北朝鮮に絶大な影響力を有する中国に依存せざるを得ない韓国外交の限界を国際社会に見せつけることになり、日米欧から「尹大統領、お前もか」との批判を浴びかねないであろう。

(参考資料:台湾有事で「日米韓」VS「中朝」の対決構図! 元米国防長官が「日韓の介入」は不可避と発言)

(参考資料:「G7」の結束に運命共同体の露・中・北朝鮮・イランはどう出る! ロシアに公然と武器支援も?)

ジャーナリスト・コリア・レポート編集長

東京生まれ。明治学院大学英文科卒、新聞記者を経て1982年朝鮮問題専門誌「コリア・レポート」創刊。86年 評論家活動。98年ラジオ「アジアニュース」キャスター。03年 沖縄大学客員教授、海上保安庁政策アドバイザー(~15年3月)を歴任。外国人特派員協会、日本ペンクラブ会員。「もしも南北統一したら」(最新著)をはじめ「表裏の朝鮮半島」「韓国人と上手につきあう法」「韓国経済ハンドブック」「北朝鮮100の新常識」「金正恩の北朝鮮と日本」「世界が一目置く日本人」「大統領を殺す国 韓国」「在日の涙」「北朝鮮と日本人」(アントニオ猪木との共著)「真赤な韓国」(武藤正敏元駐韓日本大使との共著)など著書25冊

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