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北朝鮮が中国とは異なり、ロシアに軍事支援をする「7つの理由」

辺真一ジャーナリスト・コリア・レポート編集長
訪朝したロシアのショイグ国防相を兵器展示会に案内する金正恩総書記(労働新聞から)

 金正恩(キム・ジョンウン)総書記がプーチン大統領との首脳会談のため早ければ今日(11日)にもロシアを訪問するようだ。金総書記にとっては2019年4月以来、2度目の訪露となる。

 露朝首脳会談では政治、外交、経済、特に軍事分野での関係強化が話し合われるものとみられるが、国際社会が注目しているのは唯一一点、北朝鮮のロシアへの兵器供与の有無である。

 これまで小国や主権国家に対する大国の武力行使を「大国主義の横暴」と非難し、一貫して反対の立場を貫いてきた北朝鮮が中国を含めキューバ、ベネズエラなどロシアの友好国、あるいは反米国家が一様に軍事支援に慎重な姿勢を示している状況下であえてロシアに軍事面で肩入れすることはあまりにもリスクが大きいようにもみえるが、北朝鮮なりに損得を計算しているようだ。

 北朝鮮はウクライナとは1992年1月に大使級外交関係を結んでいるが、関係は良くなかった。というのも、北朝鮮が10年以上前からウクライナを「西側の積極的な庇護と操縦のもと第2次世界大戦時にソ連の歴史を歪曲し、新ファッショ的な思想を伝播し、ソ連時代の記念碑を破壊した」と批判していたからである。従って、北朝鮮がロシアに侵略されたウクライナに同情することもその逆にロシアを支援してもウクライナに気兼ねすることは何一つないようだ。むしろ、北朝鮮は以下、7つの理由からロシアへの武器支援を決定したものと推測される。

 1.ロシアの前身・旧ソ連から軍事支援を受けた恩がある

 北朝鮮はロシアには大きな借りがある。何よりも旧ソ連により日本の植民地から解放され、独立したことだ。平壌市の牡丹峰には旧ソ連軍の功績を称える解放塔が建立されているが、そこには「ソ連軍烈士らの功績を我々は忘れない」との文字が刻まれている。

 金総書記もまた、2019年4月24日にウラジオストークを訪問した際、プーチン大統領主催の宴会で「勇気のある(旧ソ連の)赤軍将兵らは朝鮮の解放のために自ら熱い血を惜しみなく捧げてくれた。我が人民は世代と世紀が変わっても朝鮮解放の聖なる偉業に高貴な命を捧げてくれたロシア人民の息子、娘らの崇高な国際主義偉勲を忘れておらず、今後も永遠に記憶していくだろう」と感謝の意を述べていた。

 また、北朝鮮は7月27日に朝鮮戦争休戦70周年を迎えたが、朝鮮戦争(1950―53年)でも「数万回の戦闘飛行を遂行した飛行士を含むソ連の軍人が戦い」(ショイグ国防相)、旧ソ連はT34/85戦車をはじめ主力兵器を供与するなど北朝鮮を全面的にサポートした。仮に中国の義勇兵派兵とソ連の後方支援がなければ、北朝鮮は敗北し、国家が消滅していたであろう。さらにプーチン大統領が旧ソ連時代の債務約109億6千万ドルのうち100億ドルも免除してくれたことの恩も北朝鮮は忘れていないはずである。

 2.ロシアがウクライナ戦で敗北し、プーチン政権が崩壊すれば、後ろ盾を失う

 かつてはミサイル発射に反対していたロシアは近年では国連の場で北朝鮮への新たな制裁決議に反対する一方、制裁緩和を求めるなど北朝鮮を擁護している。今年も国連安保理は北朝鮮の弾道ミサイル発射を非難し、何度も安保理理事会を招集しているが、欧米が求めた北朝鮮非難決議や議長声明はロシアが反対に回っていることから一度も採択されることはなかった。ロシアのお陰で北朝鮮は躊躇うことなくミサイルを開発、発射することができる。

 従って、ロシアの敗戦は北朝鮮にとっては悪夢である。ロシアが惨敗すれば、北朝鮮は後ろ盾を失い、国際社会で一層孤立することになる。ロシアの敗北によりプーチン大統領が仮に失脚という事態になれば、欧米諸国から「ロシアの次は同じ専制国家の北朝鮮」と標的にされかねない。ブッシュ政権の時に「イラクの次は北朝鮮」と標的にされた悪夢の再現である。

2019年4月にウラジオストークで会談したプーチン大統領と金総書記(朝鮮中央通信)
2019年4月にウラジオストークで会談したプーチン大統領と金総書記(朝鮮中央通信)

 3.米国は「共通の敵」である

 金総書記は今年8月15日にプーチン大統領に送った祝電の中で「共通の敵に反対する峻厳な日々に両国の軍隊と人民の間に結ばれた戦闘的友誼と団結は朝露関係の誇るべき伝統となったし、今日、帝国主義者の横暴な専横と覇権を粉砕するための闘いでその不敗性と威力を余すところなく誇示している」として、「共通の目標と偉業を達成するための道程で朝露が互いに強く支持、連帯する」必要性を強調していた。

 北朝鮮の外務省はロシアがウクライナ侵攻に踏み切る前から米国がNATOを拡大してロシアへの軍事的威嚇を強めているとして、ロシアの肩を持つ論評をウェブサイトに掲載していたが、侵攻が始まってからは「他国に対する強権と専横に明け暮れている米国と西側の覇権主義政策に根源がある」と欧米批判を本格的に展開していた。

 米国に敵視政策の撤回と体制保障を求めている北朝鮮からすると、NATOの東方進出で安全保障を脅かされているロシアとは同じ境遇にあると言っても過言ではない。従って、北朝鮮にとってはロシアとは共通の目的の下、共通の敵と戦っているとの認識がある。実際に6月中旬に金総書記が出席して開かれた党中央委員会総会では「激突する国際軍事・政治情勢に対処して米国の強盗さながらの世界覇権戦略に反旗を翻した国家との連帯をより一層強化する」ことが議題として上がっていた。

 プーチン大統領もこの点では北朝鮮と同じ考えで7月27日の北朝鮮の戦勝記念日に金総書記に宛てた祝電の中で「北朝鮮のロシアの特別軍事作戦に対する支持及び連帯は西側の政策に対抗するための共通の利害関係と決意を示すものである」と感謝の意を示していた。

 4.反米友好国に軍事支援を行った伝統がある

 北朝鮮は過去にキューバやリビアをはじめ第3世界の友好国に武器の供与など軍事支援を行った歴史がある。軍事顧問団も派遣し、友好国からの強い要請があれば、兵士も派遣してきた。北朝鮮がベトナム戦争、第4次中東戦争、そしてシリアの内戦にコミットしてきたことは公然たる事実である。

 ベトナム戦争ではホーチミン主席の要請を受け、北朝鮮は空軍戦闘部隊、心理戦部隊、特殊戦部隊、高射砲及び工兵部隊を派遣していた。特殊戦部隊は北ベトナムが軍事的勝利を収める1975年までベトナムに駐留していた。

 イスラエルに占領された領土の奪回を目指し、エジプトがシリアと共にイスラエル攻撃を開始した第4次中東戦争では北朝鮮は作戦部門,工兵部門、特殊戦部門、通信部門、空軍部門、防空航空部門の軍事顧問団を派遣し、戦略戦術を授け、北朝鮮の空軍兵士は実際に直接戦闘に加わり、イスラエル軍と空中戦まで演じていた。

 シリアの内戦は2011年4月から始まったが、北朝鮮は密かに義勇兵を送っていた。北朝鮮の「鉄馬―1」と「鉄馬―7」部隊がシリアの政府軍側に立って戦っていた。内戦開始から2年後の2013年4月にシリアに向かっていた北朝鮮の貨物船をトルコ政府が検閲した際に小銃など1400丁と弾薬3万発が発見されたことはまだ記憶に新しい。

 5.欧米の経済制裁を意に介していない

 ロシアへの軍事支援はウクライナを支援する欧米を敵に回すことになり、大きな反発を買うことになる。国連加盟国の圧倒的多数の140か国がロシアの侵攻を非難していたのに対してロシアの立場を支持したのはベラルーシ、エリトリア、シリアなど数カ国しかなかった。こうした状況下で軍事的にロシアにテコ入れすれば、欧米諸国による経済制裁は目に見えている。

 中国がロシアへの軍事支援を躊躇っている理由の一つは欧米から批判を浴び、経済制裁を招きかねない懸念があるからとも言われている。実際にロシアを支援すれば、米国もEUも経済制裁を掛けると警告しているだけに中国としては身動きが取れないのが実情である。

 しかし、北朝鮮は中国とは異なり、欧米とは不仲の関係にあり、延べ10回にわたる国連安保理の制裁以外にもすでに欧米諸国から様々な制裁を掛けられており、事実上不感症となっている。欧米としても北朝鮮に対してはこれ以上、制裁を掛けようがないのが現状だ。

 6.食糧、原油など経済支援のほか軍事分野で最先端の技術を得られる

 ロシアが国連安保理の制裁を無視し、北朝鮮の武器を購入してくれれば、北朝鮮はその見返りとしてロシアから小麦粉や原油などの経済支援を期待できる。そうなれば、慢性的に不足している食糧やエネルギー問題をある程度緩和することができる。

 また、軍事分野では対空防御網の強化のためS―300迎撃ミサイルの導入や現在建造中にある原子力潜水艦や軍事偵察衛星など北朝鮮が兵器開発5か年計画の重点目標としている最先端兵器に関する技術や部品も手に入る。交渉次第では金正日(キム・ジョンイル)前総書記が2011年の訪露時に要請していたSU-27戦闘機か、MIG-29戦闘機のどちらかの組立生産も可能になるかもしれない。

 7.露韓関係に楔を打ち込み、ロシアを韓国から引き離すことができる

 韓国はソウル五輪(1988年)の時に北方外交を展開し、1990年に北朝鮮の同盟国だったソ連と国交を結び、ソ連を北朝鮮から切り離すことに成功した。その結果、ロシアは核兵器・弾道ミサイルの開発を続ける北朝鮮を非難し、米国が主導する国連安保理の制裁決議にもその都度、賛成してきた。このため露朝関係は2017年まではぎくしゃくした関係にあった。

 仮に北朝鮮のロシアへの軍事支援に対抗し、韓国が米国の要請を受け、本格的にウクライナに対して武器の供与に踏み切るようなことになれば、ロシアと韓国の関係悪化は決定的となる。プーチン大統領はすでに「韓国がウクライナに武器提供を決定する場合、韓国とロシアの関係は破綻するだろう」と韓国に釘を刺す発言をしていることからもそのことは明らかだ。

ジャーナリスト・コリア・レポート編集長

東京生まれ。明治学院大学英文科卒、新聞記者を経て1982年朝鮮問題専門誌「コリア・レポート」創刊。86年 評論家活動。98年ラジオ「アジアニュース」キャスター。03年 沖縄大学客員教授、海上保安庁政策アドバイザー(~15年3月)を歴任。外国人特派員協会、日本ペンクラブ会員。「もしも南北統一したら」(最新著)をはじめ「表裏の朝鮮半島」「韓国人と上手につきあう法」「韓国経済ハンドブック」「北朝鮮100の新常識」「金正恩の北朝鮮と日本」「世界が一目置く日本人」「大統領を殺す国 韓国」「在日の涙」「北朝鮮と日本人」(アントニオ猪木との共著)「真赤な韓国」(武藤正敏元駐韓日本大使との共著)など著書25冊

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