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韓国のメディアは元慰安婦支援団体「正義連」への批判を封じる法案にどう反応しているのか?

辺真一ジャーナリスト・コリア・レポート編集長
尹美香議員の辞職を求めた「太平洋戦争被害者遺族会」のヤン会長(同遺族会提供)

 韓国では「光復節」(8月15日の解放記念日)の前日の14日は「慰安婦被害者追尊の日」である。この日は20年前に元慰安婦の金学順さん(1997年没)が慰安婦であることを名乗り出た日にあたることから3年前に文在寅政権は「日本軍慰安婦被害者の保護と支援及び記念事業に関する法律」の一部を改定し、「国家記念日」に定めていた。公式的にも、法的にも「国家記念日」に定められたことで記念式典は政府主催で行われている。今年も文在寅大統領は「政府は被害者中心の問題解決のため全力を尽くす」とのメッセージを発していた。

(参考資料:元徴用工問題は解決できるのか? 不変不動の文在寅大統領の「対日発言」)

 「国家記念日」の制定を主導した与党「共に民主党」はこれに飽き足らず、今度は元慰安婦やその遺族だけでなく「正義記憶連帯(正義連)」等慰安婦支援団体への名誉毀損を禁止するため「日本軍慰安婦被害者の保護と支援及び記念事業法」の改定案を8月13日に正式に国会に発議していた。

 昨日、改定案の中身が明らかにされたが、名誉棄損の禁止(第16条)に加え、新聞、放送、出版物、インターネットなどで虚偽事実を流布した場合は「5年以下の懲役又は5千万ウォン(約469万円)以下の罰金が科せられる」(第17条)条項も盛り込まれていた。

 改定案を代表発議したイン・ジェグン議員は提案理由について「現行の刑法、情報通信網法では事実関係を糾すのは容易ではなく、虚偽流布行為を強力に禁止する必要がある」と語っているが、共同発議者10人の中に「正義連」の前理事長である無所属の尹美香(ユン・ミヒャン)議員が含まれていることもあって物議を呼んでいる。

 与党に所属していた尹美香議員は「正義連」理事長当時、一般市民や企業からの寄付金を私的に横領、流用したとの容疑で現在裁判に掛けられており、11日に初公判が開かれたばかりである。

 韓国では現在、「言論懲罰法」と呼ばれる「言論仲裁法」を与党が強行採決したことが大きな政治、社会問題に発展しているが、この法案もまた、メディアにとっては命でもある言論の自由を束縛することになりかねない。そこで、この法案を韓国のメディアがどう扱っているのか、チェックしてみたところ、一部保守系の新聞を除くと、驚いたことにその多くはスルーしていた。関心がないのか、扱いにくいのか、ほとんど取り上げてい なかった。

 保守系の新聞では「朝鮮日報」が1面で批判的記事を載せていた。「正義連」の活動や尹議員の不正疑惑を全面的に批判してきたことで進歩層から「親日新聞」と揶揄されてきた「朝鮮日報」にとっては断じて放置、容認できない法案であることは見出し(「尹美香が出した『尹美香・正義連保護法』」からも自明だ。

 同紙はこの法案については「政界から『尹美香・正義連の犯罪について口にしただけで監獄に行くことになる』との批判が起きている」として「これは表現の自由を拘束するという点で先に民主党が通過させた『5 .18(光州事件)歴史歪曲処罰法』と類似しているとの指摘がある」と批評し、民主党のキム・ヨンミン最高委員らが今年5月に日本帝国主義の称賛や鼓舞を禁止する「歴史歪曲防止法」を提案したことも併せて、チェ・ジンチョル西江大哲学科教授の「独裁の第一歩は表現の自由を制限するところから始まる。歴史に強制的な法律が介入してはならない」との言葉を引用し、批判を展開していた。

 「朝鮮日報」系列の「TV朝鮮」も「与党 今度は『正義連批判処罰法』を推進・・尹美香も参与」とのタイトルを掲げ、以下のように伝えていた。

 「被害者や遺族に対する名誉棄損を防ぐのは当然のことだ。問題は関連団体に対する『事実直視』行為までできないようにしていることだ。とても理解しにくいことだが、これまでの正義連の実態をみれば(その狙いは)容易にわかる。正義連を批判する記者会見もこの法では処罰されるということだ。より大きな問題は社会的に物議を呼んだ尹美香議員までもがこの法案に署名していることだ。(中略)一部ユーチューバなどの根拠のない誹謗に苦しんでいる被害者や遺族だけでなく、関連団体に対する『事実直視』まで禁じていることから『正義連に対する批判を完全に封鎖する法』との批判が持ち上がっている」

 保守系に分類されている『中央日報』も「与党 『慰安婦関連団体名誉棄損禁止法』発議・・・尹美香も参与」と「TV朝鮮」と類似した見出しを掲げ、批判的に取り上げていた。

 同紙は「この法案が通過すれば、今後正義連の嫌疑と関連した事実をオンラインに上げることや討論会は言うに及ばず(元慰安婦の)李容洙(イ・ヨンス)さんが正義連関連の記者会見で公表したことも処罰される状況が発生する恐れがある」と危惧しているが、別面ではこの件に関する李容洙さんの単独インタビューを掲載している。

 インタビュー記事の見出しが「事実を話しても名誉棄損、私も法を違反したのか」となっているように李容洙さんは「正義連は身勝手だ。事実を話すことが名誉棄損ならば、それは名誉なことだ」と、正義連の対応を皮肉っていた。

 3大保守紙の一紙である「東亜日報」はこの問題を扱っていなかったが、意外なのは政府系とみられている「ソウル新聞」が中央日報と同じ「与党 『慰安婦関連団体名誉棄損禁止法』発議・・・尹美香も参与」の見出しを掲げ、取り上げていたことだ。

 同紙は客観報道に徹していたが、野党「国民の力」の大統領候補の一人である崔在亨(チェ・ジェヒョン)前監査院長が16日に行われた政策対談で「正義連」について「市民団体は本来、自発的な結社として役割を担わなければならないのに『正義連』は真の弱者を疎外し、国民の背筋を吸い取る官製団体になってしまった」と批判した発言を載せていた。

 この他に「世界日報」と韓国版「ファイナンシャル・タイムズ」がこの法案に関する記事を載せていたが、「世界日報」(「慰安婦団体批判に猿ぐつわ・・・尹美香発議改定法案の内容は?)は「帝国の慰安婦-植民地支配と記憶の闘争」の著者である世宗大のパク・ユハ日本文学科教授がフェイスブックで綴った文を載せていた。

 パク教授は「民主党は5.18歪曲処罰法に続き、慰安婦歪曲処罰法、言論仲裁法を提出したかと思ったら、今日は慰安婦支援団体への批判を禁止する発想まで持ち出してきた。国民を他者化し、捜索、処罰が日常化する社会に限りなく向かおうとしているようだ。今、我々はフーコー(フランスの哲学者)の『監視と処罰』とナチの人種主義と嘘、焚書も韓国では過去形ではないことを見せつけられている」と、与党の言論規制を痛烈に批判していた。

 「ファイナンシャル・タイムズ」も直接的な論評を避け、「曹国(元法務長官)黒書」の著者である進歩系組織「参与連帯」出身のキム・ギョンユル会計士がフェイスブックに載せた『事実を適示しても、正義連への名誉棄損となるのか?』との一文を紹介し、この文を著名な評論家であるチン・ジュングォン元東洋大教授が共有したことを伝えていた。

ジャーナリスト・コリア・レポート編集長

東京生まれ。明治学院大学英文科卒、新聞記者を経て1982年朝鮮問題専門誌「コリア・レポート」創刊。86年 評論家活動。98年ラジオ「アジアニュース」キャスター。03年 沖縄大学客員教授、海上保安庁政策アドバイザー(~15年3月)を歴任。外国人特派員協会、日本ペンクラブ会員。「もしも南北統一したら」(最新著)をはじめ「表裏の朝鮮半島」「韓国人と上手につきあう法」「韓国経済ハンドブック」「北朝鮮100の新常識」「金正恩の北朝鮮と日本」「世界が一目置く日本人」「大統領を殺す国 韓国」「在日の涙」「北朝鮮と日本人」(アントニオ猪木との共著)「真赤な韓国」(武藤正敏元駐韓日本大使との共著)など著書25冊

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