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日本の「原発処理水放出」への対応に苦慮する文大統領 2008年の「米国産牛肉輸入反対デモ」がトラウマ

辺真一ジャーナリスト・コリア・レポート編集長
福島原発処理水海洋放出反対決議を採択したソウル市議会議員(ソウル市議会HPから)

 日本政府の福島原発処理水の海洋放出決定は文在寅大統領にとっては頭の痛い問題である。

 文大統領の直近の支持率は世論調査会社「リアルメータ―」の調査(4月12日)では33.4%。もう一つの世論調査会社「韓国ギャラップ」の調査(16日)では就任後最も低い30%。韓国では30%を切れば「レームダック」と言われているが、日本から突き付けられた福島原発処理水海洋放出への対応を誤れば、支持率の急落は避けられず、一気にレームダックに突入するからだ。

 文在寅大統領自身は外交部など関係部署に国際海洋裁判所への提訴を検討するよう指示していたが、外交部は国際原子力機関(IAEA)や世界保健機構(WHO)、さらには国連を通じて外交的に対応する方針を表明しており、鄭義溶外交部長官は「日本が科学的根拠を示し、IAEAの基準に従うならば、反対しない」と、日本に歩み寄る姿勢を示している。

 海洋放出に真っ向反対している与野党は今日にも国会外交(兼統一)委員会で緊急会議を開き、鄭長官を呼び、外交部へのヒアリングを行うことにしているが、与野党が外交部の方針に賛同するかどうかは微妙だ。与野党ともに来年の大統領選挙を意識し、ポピュリズムに走れば、鄭長官が吊るしあげられる可能性もある

 日本は四方を海に囲まれているが、韓国は3方海に面している。海に面している忠清南道、全羅南・北道、慶尚南・北道、済州道、江原道などの自治体では日本政府の原発処理水の海洋放出に当然、反対の声を上げている。

 昨日は、済州道の道議会に続いて全羅北道と忠清南道の道議会が「日本福島原発汚染水放流強力糾弾」決議案を全会一致で採択したのをはじめ全州市、順天市などでも同様の決議が採択されていた。また、光州市市長と慶尚南道の教育監がそれぞれ反対声明を出していた。

済州道の日本国総領事館前で抗議運動を行う市民団体(済州市提供)

 首都ソウル市でも110人いる市議会議員のうち保守野党議員を含め100人が日本産水産物輸入禁止措置拡大を求める決議大会を開き、ソウル市議会本館入り口前で採択された決議文を読み上げていた。

 市民・社会団体の動きも目立ち始め、全国至る所で散発的に抗議集会が開かれている。

 日本では急進的な一部学生らがソウルの日本大使館前を占拠し、抗議運動を続けていることがクローズアップされているが、慶尚北道の大邱大学では国際関係学科の学生らが抗議の声を上げていた。

 「ろうそく(デモ)継承連帯千万行動」、環境団体「グローバルエコネット」、「韓国環境市民団体連合会」などの市民団体はソウルの光化門前で、「民主露店全国連合会」は日本大使館前で、また、仁川市では環境保護団体などが西区の通りに設置されている「慰安婦像」の前で処理水海洋放出に反対する記者会見を開いていた。

 この他にも「緑の色連合」などはSNSで環境団体を中心に放出反対運動を展開しており、サイバーの「バンク」は「安全ならば日本国民の飲料水にせよ」とか「日本政府推薦ウォーターとして世界に輸出したらどうか」とか「東京五輪用の飲料水にせよ」との文言を書き込み、放出反対キャンペーンを展開している。

 水産団体では済州道漁船主協会と済州市漁船主協会が16日から日本国総領事館前で撤回を求める集団行動に入ったのをはじめ、慶尚南道の巨済島や全羅南道の麗水でも漁船150隻余りが昨日、「日本原発汚染水放出決定を糾弾」海上デモを行っていた。江原道の江陵でも漁民らが22日に抗議集会を開くことにしている。

慶尚南道・巨済島の漁民も決起集会(巨済島市提供)

 この種の「反日運動」に付きものの「日本製品不買運動」は一昨年の日本の半導体素材輸出規制時ほどまだ全国に広がっていないが、それでも流通業界では農協が運営している「ハナロマート」や「ロッテマート」など大型のマートや百貨店で日本製品の販売を自粛する動きが出ている。「ハナロマート」では「我々の売り場では日本産の水産物を取り扱いも販売もしません」との横断幕まで掲げていた。

 青瓦台(大統領府)への国民請願も昨日から始まったが、「東京五輪不参加、GSOMIA(日韓軍事情報包括保護協定)破棄、外交断絶などの強硬な対応策を使ってでも、日本政府と戦って、日本の決定を必ず阻止してもらいたい」との請願に1日経った20日11時現在、6,429人が賛同していた。仮に賛同者が今後1か月で20万人になれば、政府としても何らかの対応をしなければならない。

 これまで「親日」と批判されていた最大保守野党の「国民の力」も今回の件では「親日イメージ」払拭の好機とみて「政府は福島汚染水から国民を守る能力と意志があるのか」(裵俊英スポークスマン)と政府の突き上げているだけに進歩派の市民団体だけでなく、保守の野党からもプレッシャーを受けている文大統領にとっては板挟みにあって身動きが取れない状態にある。

 文大統領にとってのトラウマは2008年4月に韓国全土で吹き荒れた「米国産牛肉輸入反対ろうそくデモ」である。

 時の李明博政権が対応を誤ったため米国産牛肉輸入問題では1ヶ月以上にわたって連日デモが行なわれた。ソウルの広場に一時、100万人が集結し、ろうそくを手にしたデモが行なわれたこともあった。

 政権を発足させたばかりの李明博大統領は輸入を防止できなかったことで国民への謝罪に追い込まれ、その結果、僅か2か月余りで大統領就任時に72.9%もあった支持率を25.4%まで急落させてしまった。

 福島原発処理水の海洋放出はまだ2年先のことだが、それでも文大統領にとってはここで対応を誤れば、命取りとなりかねない「爆弾」であることには変わりはない。

(参考資料:「原発処理水」海洋放出問題で文在寅政権を突き上げる韓国の保守野党)

ジャーナリスト・コリア・レポート編集長

東京生まれ。明治学院大学英文科卒、新聞記者を経て1982年朝鮮問題専門誌「コリア・レポート」創刊。86年 評論家活動。98年ラジオ「アジアニュース」キャスター。03年 沖縄大学客員教授、海上保安庁政策アドバイザー(~15年3月)を歴任。外国人特派員協会、日本ペンクラブ会員。「もしも南北統一したら」(最新著)をはじめ「表裏の朝鮮半島」「韓国人と上手につきあう法」「韓国経済ハンドブック」「北朝鮮100の新常識」「金正恩の北朝鮮と日本」「世界が一目置く日本人」「大統領を殺す国 韓国」「在日の涙」「北朝鮮と日本人」(アントニオ猪木との共著)「真赤な韓国」(武藤正敏元駐韓日本大使との共著)など著書25冊

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