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「バイデン」の人身攻撃に無言の「金正恩」 ツケを払わすのか、自制するのか!

辺真一ジャーナリスト・コリア・レポート編集長
バイデン氏と金正恩氏 (バイデン氏のHPと労働新聞から筆者加工)

 北朝鮮は世界で最も関心を持っている国の大統領選挙の結果について沈黙を保ったままだ。当然、北朝鮮はトランプ大統領が敗北し、次期大統領には民主党のバイデン前副大統領が就任することを既成事実として受け止めているようだ。

 トランプ大統領の再選を待望していただけに失望と落胆は半端ではないが、結果が出た以上、切り替え、すでにバイデン次期政権を相手に対策を練っているものと思われる。

(参考資料:「バイデンVS金正恩」 米国の新政権に対する北朝鮮の「A」と「B」プラン

 北朝鮮は2008年のオバマ大統領当選時も、2016年のトランプ大統領当選時も2人の当選を歓迎した。オバマ氏の時は共和党の対立候補が対北強硬派の故マケイン上院議員であったこと、またトランプ氏の時はオバマ政権下で北朝鮮を無視する戦略的忍耐政策を主導した民主党のヒラリー・クリントン前国務長官だったことによる「ベター論」にもよるが、決定的な理由はオバマ、トランプ両大統領とも選挙期間中に北朝鮮が求めていた米朝直接交渉を、それも首脳会談に応じる意向を表明していたことに尽きる。

 オバマ前大統領の前任者(ブッシュ元大統領)からは「ならず者」「暴君」「取るに足りない男」「食卓で行儀なく振舞うガキ」と人身攻撃され、挙句の果てに「悪の枢軸国」のレッテルを貼られ、「イラクの次は北朝鮮」と武力攻撃の脅しまで受けていたが、オバマ大統領候補は北朝鮮のシリアへの核拡散疑惑が浮上した際は「北朝鮮と直接対話しなかったブッシュ政権の失態」(2008年4月)と批判し、北朝鮮が核施設の無能力化作業を始めた時は「我々が対話しない間、北朝鮮は核を8個持ってしまった。対話を開始すると、核兵器システム解体の可能性に到達した」(2008年7月)と対話の重要性を強調していた。

 さらに、オバマ氏は自身が大統領に当選すれば「首脳間の対話にも積極的に、かつ無条件で応じる」(2008年7月)と、核問題の早期解決のために金正日総書記(当時)と会談する用意があることを表明するなど対話重視の穏健路線を標榜していた。

 トランプ大統領も大統領に就任した年の2017年には北朝鮮による長距離弾道ミサイルの発射や水爆実験で軍事的緊張が高まったこともあって金委員長を「小さなロケットマン」と揶揄し、国連演説では「残忍な暴君」「残酷な独裁者」から始まって「悪党・悪漢体制」「不良国家」「犯罪者集団」「堕落した政権」と扱き下ろしたが、大統領に就任するまでは英ロイター通信とのインタビュー(2016年5月17日)で「金正恩と北朝鮮核問題について対話することに何ら問題はない」と米朝首脳会談に意欲を示す発言を行っていた。

 対立候補のヒラリー・クリントン候補から「加虐的独裁者を擁護するのか」と噛みつかれた際には「話し合うのがなぜだめなのか」と反論し、「金正恩が米国に来るのならば、会議テーブルに腰掛けてハンバーガーを食べながら、(オバマ政権よりも)もっといい核交渉を行う」と遊説先のアトランタで語っていた。

 トランプ候補のこの発言を当時政治局員であった北朝鮮の楊亨變最高人民会議常任副委員長が「誰が大統領になろうと関心はないが、(トランプ氏の発言は)悪くはない」と歓迎の意向を表明していたことは周知の事実である。

 このように北朝鮮が内心オバマ大統領当選を、トランプ政権誕生を歓迎していたことは明らかだが、バイデン次期大統領の場合、オバマ、トランプ両大統領とは異なり、選挙期間中は一貫して金委員長を酷評していた。主な発言だけでも以下の通りである。

 2019年5月「我々はプーチンや金正恩のような独裁者や暴君を抱擁する国民ではない」

 2019年7月「トランプは金正恩に全てを与えた。何度も会って、彼に正統性を与えた」

 2019年11月「バイデン政権下ではいかなるラブレターもない」

 2020年1月「トランプのように何の条件もなしに金正恩と会うことはない」 

 そして、先月行われたTV討論では金委員長を再三「悪党」呼ばわりし、ヒトラーのような「独裁者」と罵倒した。バイデン次期大統領が金委員長との直接対話について言及したのは1度だけで「核能力の縮小に同意すれば」(2020年10月)の条件付きだった。

 北朝鮮は昨年5月の発言の時は「狂った犬は一刻も早く棒で叩き殺さなければならない」とか、「人間としての初歩的な品格も持たない俗物の恥知らずの醜態」あるいは「IQの低い馬鹿」と罵り、「我々の最高尊厳を冒涜するのは誰であっても許さない。きっちり責任を取らせる」と反発していたが、今年は今なお沈黙を守ったままである。

 反論することによる損得を計算しているのかは定かではないが、仮にブッシュ大統領と同様の扱いをするならばこれまでの慣例に従い、「最高尊厳」と称する金委員長を冒涜したことへのツケを払わすことになるであろう。

 しかし、仮にバイデン次期大統領が来年1月21日の大統領就任式前までに直接もしくは第3国経由で北朝鮮に対してトランプ政権下で交わされたシンガポールでの米朝共同声明を遵守すること、米朝交渉で北朝鮮が求めている「スモールディール」(ステップバイステップ+ギブ・アンド・テイク方式)に応じる意向を伝達するならば、北朝鮮は一連の発言は不問とし、10月10日の軍事パレードでお披露目した長距離弾道ミサイル「火星16」や潜水艦弾道ミサイル「北極星4」の発射を自制するだろう。

 前者になるのか、後者になるのか、その時は迫りつつあるが、どちらにしても北朝鮮からのバイデン次期大統領への祝電はあり得ず、反応があるとすれば、米国に二者択一を迫る「警告文」のようなものになるだろう。

(参考資料:米国の政権交代の度に振り出しに戻る米朝関係 クリントンーブッシューオバマートランプ政権下の「合意」

ジャーナリスト・コリア・レポート編集長

東京生まれ。明治学院大学英文科卒、新聞記者を経て1982年朝鮮問題専門誌「コリア・レポート」創刊。86年 評論家活動。98年ラジオ「アジアニュース」キャスター。03年 沖縄大学客員教授、海上保安庁政策アドバイザー(~15年3月)を歴任。外国人特派員協会、日本ペンクラブ会員。「もしも南北統一したら」(最新著)をはじめ「表裏の朝鮮半島」「韓国人と上手につきあう法」「韓国経済ハンドブック」「北朝鮮100の新常識」「金正恩の北朝鮮と日本」「世界が一目置く日本人」「大統領を殺す国 韓国」「在日の涙」「北朝鮮と日本人」(アントニオ猪木との共著)「真赤な韓国」(武藤正敏元駐韓日本大使との共著)など著書25冊

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