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「死んでいる筈」の「張成沢の妻」が出てきた! 韓国メディアの誤報が判明!

辺真一ジャーナリスト・コリア・レポート編集長
甥の金正恩夫妻と姪の与正党第一副部長の間が金慶喜氏(朝鮮中央TVから)

 金正恩体制発足(2012年)の翌年に処刑された張成沢氏の妻であり、金正恩委員長の叔母でもある金慶喜元政治局員が2013年9月9日に開かれた建国65周年の記念セレモニーに出席して以来、6年4カ月ぶりに公式の場に姿を現した。

 このニュースを韓国のメディアはこぞって取り上げている。春日八郎の「お富さん」の歌詞「死んだはずだよ、お富さん、生きていたとはお釈迦様でも~」ではないが、死んだ筈の金慶喜氏があたかも「幽霊」のように現れたからだ。

 党中央委員会政治局拡大会議の場で張成沢氏が「反党行為」で断罪されたのが2013年12月8日。そして4日後の12日に国家安全保衛部特別軍事裁判で「反逆罪」などで死刑が求刑され、即処刑されてしまった。「軍事法廷」内の写真がたった2枚公開されただけの非公開裁判だった。

 年が明けた翌2014年の新年辞で金委員長は処刑について初めて触れ「党内にはびこっていた宗派汚物を除去する断固たる措置を取った。我が党が適切な時期の正確な決心で反党、反革命宗派一党を摘発、粛清したことで党と革命隊列が強固になった」と、自らも処刑に同意していたことを明かしていた。

 妻の金慶喜氏は政治局員であるにもかかわらず政治局拡大会議には出てなかった。健康が優れず、病床に伏せていたのか、それとも、連帯責任を取らされ、謹慎させられていたのか不明だった。こうしたことから韓国のメディアは自殺説、毒殺説、そして病死説などが流れた。

 最初に韓国で「死亡説」を流したのは北朝鮮とは不倶戴天の関係にある保守紙「朝鮮日報」で、2014年1月6日付の1面に政府消息筋の話として「自殺もしくは心臓麻痺で亡くなった可能性がある」と報じた。6面にも「革命血統の後見人が亡くなったらば金正恩政権の不安定が高まるかも」との記事を掲載していた。

 韓国の情報当局が否定したことで「死亡情報」が勇み足であることが判明すると、朝鮮日報系の「TV朝鮮」や「中央日報」などが3日後の9日、今度は匿名の米情報当局者の話として「植物人間(韓国語の原文のまま)に近い状態にある」との記事を掲載。これには「フランスのパリの病院で2013年に脳の手術を受けたことの後遺症による」との尾ひれがついていた。

 この年は、北朝鮮から韓国に亡命した知識人から成る「NK(ノースコリア)知識人連帯」が11月26日に記者会見を開き、北朝鮮高官の情報として「金慶喜は夫の処刑から5日後の12月17日に服毒自殺した」と発表。「NK知識人連帯」は5日後の12月1日にも金日成主席の夫人である金聖愛元女性同盟委員長が「8月末か、9月初めに老死した」と伝えていたが、夫人は昨年(2019年)に亡くなっている。

 「金慶喜死亡説」は日本にも伝播され、2015年2月にNHKが報じたところ、当時、野党「新政治民主連合」の幹事が国会情報委員会で情報機関の「国家情報院」に事実確認を求めるほどの騒ぎとなった。2月22日は産経新聞も「金慶喜が昨年10月に持病で死亡した」と報じていた。韓国の国情院はいずれも否定していた。

 翌年の2015年5月11日には米「CNN」が脱北高官の話としてまたもや「金慶喜が毒殺された」と報道。この脱北高官はCNNとのインタビューで「金正恩が毒殺を命じた」と話していた。「CNN」は2014年末にも「金慶喜は夫の処刑から数日後に金正恩との電話中に脳卒中で亡くなった」との脱北者の証言を伝えていた。

 韓国メディアの「北報道」は「十分に考えられる」「可能性はある」「あり得る話だ」との憶測、誇張、事実操作報道が多く、裏を取らず、未確認のまま垂れ流す悪習がある。そのため誤報のケースが多い。事の発端となった「朝鮮日報」を一例に上げるならば、

 ▲「金正日の異母弟の金平日(大使)が平壌で拘禁」(2011年7月1日)

 ▲「金正恩が金英春人民武力部部長を粛清」(2011年8月11日)

 ▲「(歌手の)玄松月(現党宣伝先導部副部長)が公開銃殺」(2013年9月28日)

 ▲「金英哲統一戦線部部長が重労働刑」(2019年5月31日)

 ▲「谷内正太郎・国家安全保障局長(当時)が平壌へ特使として3度派遣」(2019年11月13日) 

 どれも誤報であった。それにしても、北朝鮮の場合、通常ならば誰であれ、夫が罪を犯せば、妻も連帯責任を取らされる。まして、40年以上も連れ添った妻として、さらに党最高幹部の一人として夫の罪を見逃した、あるいは見過ごしたことによる責任を免れることはできないはずだ。

 その一方で、妻として夫の処刑を阻止できず、見殺しにしてしまったことで「悪女」「悪妻」とのイメージを一般大衆に持たれたとしてもおかしくはなかった。どちらにしても、二度と世間にその姿を晒すことはないとみていただけに正直驚いた。

 甥が叔母の復活を許したのか、それとも出てくるように命じたのか、一般には理解できない複雑な事情が作用したのは間違いなさそうだ。

ジャーナリスト・コリア・レポート編集長

東京生まれ。明治学院大学英文科卒、新聞記者を経て1982年朝鮮問題専門誌「コリア・レポート」創刊。86年 評論家活動。98年ラジオ「アジアニュース」キャスター。03年 沖縄大学客員教授、海上保安庁政策アドバイザー(~15年3月)を歴任。外国人特派員協会、日本ペンクラブ会員。「もしも南北統一したら」(最新著)をはじめ「表裏の朝鮮半島」「韓国人と上手につきあう法」「韓国経済ハンドブック」「北朝鮮100の新常識」「金正恩の北朝鮮と日本」「世界が一目置く日本人」「大統領を殺す国 韓国」「在日の涙」「北朝鮮と日本人」(アントニオ猪木との共著)「真赤な韓国」(武藤正敏元駐韓日本大使との共著)など著書25冊

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