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「ガセ」か?「スクープ」か? 韓国紙の「谷内前国家安全保障局長の3度の訪朝説」

辺真一ジャーナリスト・コリア・レポート編集長
韓国紙に「3度訪朝した」と報じられた谷内正太郎前国家安全保障局長(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

韓国の大手紙「朝鮮日報」は安倍晋三首相が今年5月から10月にかけて計3度、谷内正太郎・国家安全保障局長(当時)を平壌へ特使として派遣し、金正恩委員長宛の親書を伝達していたと、「情報消息筋」の話として伝えていた。事実ならば、一大「スクープ」である。

この報道について菅義偉官房長官は13日の記者会見で「そのような事実はない」と否定していた。ならば、「ガセ」ということだ。

「情報消息筋」の国籍は明らかにされていないが、「親書には日朝国交正常化と北朝鮮による日本人拉致問題の解決、そして朝日首脳会談の提案などが記されていた」と中身まで書いてあるところをみると、韓国発の記事ではあるが、情報の出所は日本、日本人ということになる。

「朝鮮日報」が提携している日本の新聞は「毎日新聞」であるが、「毎日」にも報じられていない。ここ数年、日朝、拉致問題絡みでは「共同通信」や「東京新聞」それに「読売新聞」がしばしばヒットさせているが、この件ではそれらしき動きは全く伝えられてなかった。

官邸詰めの記者も、外務省など所管記者も、スクープを連発する「文春」ですら知らない「極秘情報」を韓国のメディアがすっぱ抜くのは常識では考えられないが、どういう訳か、韓国のメディアはしばしば拉致問題や日朝絡みでこの種の情報を発信することがある。

一つだけ例を挙げるならば、5年前の2014年11月に「東亜日報」(11月7日付)が「横田めぐみさんが1994年4月に薬物の過剰投入で死亡していた」と報じたことがあった。

記事には「日本の拉致問題対策本部の関係者が横田めぐみさんの『死亡』を証言した脱北者と第三国で会って、聞き取り調査を行い、報告書を作成した」とほぼ断定的に書かれていた。

この時も菅官房長官は「全く承知してない。(同本部の)関与はないと思う」と否定したことでこの件は「一過性」で終わった。

それにしても、このタイミングで「朝鮮日報」が記事を掲載した意図は一体、どこにあるのだろうか?

周知のように「反北」の保守紙「朝鮮日報」は「親北」の文在寅政権に最も批判的なメディアである。あの手、この手を使って、文政権を叩いている。当然、国内問題に限らず、外交、特に日本や北朝鮮関連の事柄でも文政権攻撃に照準を合わせている。

今回の記事を精査すると、「韓国と協議しない日本の対北朝鮮接触は、韓日関係を反映すると同時に、北朝鮮非核化を巡る協調にも悪影響を及ぼしかねないとの見方がある」と書かれてあった。韓国が頭越しにされているのは文在日政権の対日外交に責任があると言いたげだ。

このことは「安倍首相は2018年4月の南北首脳会談直後の時点では文在寅大統領と会って朝日関係の改善で仲介役を頼んだ。ところが昨年10月の徴用工判決以降、北朝鮮問題でも韓・日協力は事実上中断した状態だ。文大統領を経由せず、安倍首相が金正恩委員長と直接取引したいとの計算だと分析されている」と書いていることからも明らかだ。文大統領は安倍総理から信頼もされてなければ、相手にもされていないため「蚊帳の外」に置かれてしまったと言っているようなものだ。

それを裏付けるかのように「専門家らは韓日関係をこのまま放置する場合、日本と北朝鮮の接触からも韓国が疎外される状況に直面しかねないと指摘している」と記事を結んでいた。

こうした底意を考えると、「朝鮮日報」が意図するところは別にあるわけだから菅官房長官から否定されても意には介さないだろう。また「谷内訪朝」の日時や平壌に入ったルート、さらには北朝鮮で誰と会ったのかなど肝心な点が何一つ触れられてないことから記事の信憑性に疑問を持たれようが一向にお構いなしだろう。おそらく、このまま「一過性」で終り、続報もないだろう。

しかし、拉致問題は日本の外交課題であり、国民の最大関心事の一つであるだけに一紙ぐらいは後追いして、事実関係を正しても良さそうなものだが、「東亜日報」の記事の時と同様に「ガセ」であるが故にのっけから相手にしないのか、そうした兆しはない。

安倍総理が▲「次は私の番だ」と言って、再三にわたって北朝鮮に秋波を送っていたこと▲谷内氏が訪朝したとされる5月~10月に掛けて、北朝鮮が11回にわたって短距離弾道ミサイルを発射したにもかかわらず北朝鮮批判を自制していたこと▲9月下旬には日本医師会(日医)の横倉義武会長の名代として愛知県医師会会長を務める日医の柵木充明・代議員会議長や自民党の元参院議員である宮崎秀樹氏らの訪朝を許可したこと▲EUが10月に国連総会第3委員会に上程した北朝鮮人権決議案の草案共同作業にも加わらなかったこと▲谷内氏の後任となった北村滋国家全保障局長(前内閣情報官)が某雑誌で年内の日朝首脳会談を示唆する発言をしていたことなどを踏まえると、今回は追っかけてみるだけの価値はありそうだ。

ジャーナリスト・コリア・レポート編集長

東京生まれ。明治学院大学英文科卒、新聞記者を経て1982年朝鮮問題専門誌「コリア・レポート」創刊。86年 評論家活動。98年ラジオ「アジアニュース」キャスター。03年 沖縄大学客員教授、海上保安庁政策アドバイザー(~15年3月)を歴任。外国人特派員協会、日本ペンクラブ会員。「もしも南北統一したら」(最新著)をはじめ「表裏の朝鮮半島」「韓国人と上手につきあう法」「韓国経済ハンドブック」「北朝鮮100の新常識」「金正恩の北朝鮮と日本」「世界が一目置く日本人」「大統領を殺す国 韓国」「在日の涙」「北朝鮮と日本人」(アントニオ猪木との共著)「真赤な韓国」(武藤正敏元駐韓日本大使との共著)など著書25冊

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