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「トランプ・金正恩の究極のチキンレース」 米国は降りたのか!?

辺真一ジャーナリスト・コリア・レポート編集長
対話か、軍事衝突か、岐路に立たされる金正恩委員長とトランプ大統領

オバマ政権の「戦略的忍耐政策」は終わったと宣言し、「これからは軍事オプションを含むあらゆる選択肢を検討する」として対北強硬路線を主導してきたティラーソン米国務長官とマティス米国防長官の発言に変化がみられる。北朝鮮とのチキンレースが始まってまだ2ヶ月も経過してないのに北朝鮮への脅しが効かないことによる苛立ちのせいか、ここにきて弱気な発言が続いている。

ティラーソン国務長官は18日(米東部時間)、訪米した韓国の文在寅大統領の特使(洪錫ヒョン前中央日報・JTBC会長)との会談で「現段階では軍事行動を上程してもいない」と語ったそうだ。「先制打撃、軍事行動のオプションに行くまでには多くの段階を経なければならない。今取っている手段は外交的、安保的、経済的手段であることを明白にする」と言い訳していた。

ティラーソン国務長官は確か、米中首脳会談(4月6日)後、ABCの番組でシリア攻撃は北朝鮮に対するメッセージかとの質問に対し「国際的な規範や合意に違反したり、約束を守らなかったり、他者を脅かしたりすれば、いずれ対抗措置がとられる可能性が高いという全ての国へのメッセージだ」と、北朝鮮の挑発に警告を発していたはずだ。

(参考資料:米朝軍事衝突は避けられないか!

それが、一転、軍事攻撃の選択は視野に入ってないと言い出したのだ。その理由を明かしたのが、「狂犬」と称されるマティス国防長官の19日の「仮に軍事的解決手段を取れば、信じがたい規模の悲劇を招く」のこの一言だ。戦争という手段は米朝のみならず、韓国、日本など同盟国にも甚大な被害を及ぼすからできないということのようだが、そんなことは最初から分かりきっていたことだ。

ティラーソン国務長官は続けて、北朝鮮に対して「我々を一度信用してもらいたい。リスクを冒してでも米国を信頼してもらいたい。私の周辺でも北朝鮮に投資したい実業家が多い。北朝鮮が正しい選択をすれば、北朝鮮の発展に大きな転機となる」と、米国を信じて米国との交渉に乗り出すよう促していた。それも「北朝鮮が核とミサイル発射実験を凍結すれば、交渉に応じる」と、ハードルを下げたうえでの誘いであった。

ティラーソン国務長官は3月に訪韓した際「北朝鮮が核兵器、大量破壊兵器を放棄してこそ、北朝鮮と対話をする」と発言していた。少なくとも北朝鮮が14日に準ICBM(大陸間弾道ミサイル)の発射実験を強行するまではトランプ政権は対話の前提条件に「核放棄」を明示していた。それが、北朝鮮が発射した14日のミサイルが大気圏再突入に成功したからなのか、トランプ政権は委縮し、豹変してしまったのだ。

対北強硬派で知られるヘイリー米国連大使までもが16日に「核・ミサイル実験の中止を前提に北朝鮮と対話する用意がある」と発言する始末だ。ヘイリー大使もまた、北朝鮮がミサイルを発射した直後、ABCとのインタビューで「金正恩は被害妄想に陥っている。ミサイルを発射すれば、トランプ政権とは対話はできない。米国は北朝鮮への圧力を今後も強めていく」と、「適切な条件下での北朝鮮との対話」(トランプ大統領)は困難になったとの見解を表明していた。それが、一転、「北朝鮮が核開発と実験を中断すれば、対話を模索できる」に取って代わったのだ。

ティラーソン国務長官は韓国大統領特使に対して「北朝鮮が核廃棄の意思を示せば米国も北朝鮮に敵意を見せる理由はない。北朝鮮の政権交代も求めず、侵略もしない」と、金正恩政権の体制保証も言及したようだ。

トランプ米大統領も17日(現地時間)、この文在寅大統領の特使とホワイトハウスで約15分間面会し、北朝鮮核問題の解決策について「今は圧力と制裁の段階にあるが、一定の条件になれば関与により平和を築く意向がある」と、北朝鮮核問題を巡り初めて「平和」という言葉を使い始めたのだ。

トランプ大統領は4月2日のファイナンシャル・タイムズ)とのインタビューで「中国が北朝鮮問題を解決しないならば、我々がやる」と、あらゆる手段を講じてでも単独で北朝鮮の核・ミサイル開発を阻止することを明らかにしていた。明らかなる心境の変化だ。

(参考資料:米国は北朝鮮を攻撃できるか?「トランプー金正恩」の「究極のチキンレース」

今後の北朝鮮の対応次第では米朝対話の復活も予測されるが、事はそう簡単ではない。

トランプ政権は「まずは北朝鮮が核とミサイル(実験)発射を中止して、誠意を示すこと」を条件に掲げているが、北朝鮮はこの米国の一方的な条件を簡単には呑まないだろう。ティラーソン国務長官は「我々を一度、信用してもらいたい」と呼び掛けているが、これまたそう簡単に心を許すことはなさそうだ。

その理由は三つある。

一つは、トランプ政権が対話を呼びかけながら、その一方で制裁と圧力を継続、強化していることにある。

米国は国連安保理を召集し、「米国を取るのか、北朝鮮を取るのか」といった具体に北朝鮮と外交関係のある国々に対して断交もしくは外交活動の縮小を働きかけるなど国際包囲網を狭めている。また、中国やロシアに対しても引き続き、国連決議を履行し、北朝鮮に経済制裁を強めるよう促している。現にヘイリー国連大使は「北朝鮮を支援・支持する国を公開し、制裁のターゲットにする」と強調する一方で、国連レベルでの対北朝鮮追加制裁決議案の採択を中国と議論するなど制裁と圧力の手綱を緩める気配はない。

次に、軍事的圧力を緩めるどころか、これまた一段と強めていることだ。

米原子力空母「カールビンソン」は米韓合同軍事演習が4月30日に終了しても引き上げず、朝鮮半島近海で展開したままだ。今月末には須賀基地に配備されている原子力空母ロナルド・レーガンが加わる予定である。原子力空母2隻は来月初頃にも日本海で合同訓練を行うが、実施されれば初めてのことであり、北朝鮮に対する軍事的圧力となる。

三つ目に米国から核とミサイル開発凍結の見返りがないことだ。

北朝鮮はオバマ政権下の2012年2月に核実験とミサイルの発射の凍結を約束し、合意を交わしたことがある。その際、オバマ政権はその見返りとして北朝鮮に24万トンの栄養食品を提供し、追加の食糧支援を実現するために努力することを約束していた。また、「2・29合意」と称されるこの米朝合意で米国は「対北朝鮮制裁が人民生活など民需分野を狙わない」ことを表明し、6者会談が始まれば「制裁解除と軽水炉提供を優先的に論議する」ことも約束していた。

しかし、「歴代政権の北朝鮮への対応は失敗と過ちの繰り返し」と言ってはばからないトランプ政権は「北朝鮮への対話再開のための代償はない」との方針を打ち出している。北朝鮮が中止を求めている8月の恒例の米韓合同軍事演習(フリーダム・バンガード)も予定とおり実施する構えだ。

北朝鮮に「敵に一歩譲歩すれば、二歩,三歩と譲歩を強いられ、最後は降伏することになる」との格言がある。

トランプ政権の一歩の譲歩がさらなる譲歩となり対話再開となるのか、それとも対話の場に出てこないことを口実に軍事力を行使するのか、トランプ政権もまた金正恩政権同様に試金石に立たされていると言っても過言ではない。

(参考資料:「1994年の米朝開戦危機」はどうやって回避されたのか? カーター元大統領の「訪朝報告」

ジャーナリスト・コリア・レポート編集長

東京生まれ。明治学院大学英文科卒、新聞記者を経て1982年朝鮮問題専門誌「コリア・レポート」創刊。86年 評論家活動。98年ラジオ「アジアニュース」キャスター。03年 沖縄大学客員教授、海上保安庁政策アドバイザー(~15年3月)を歴任。外国人特派員協会、日本ペンクラブ会員。「もしも南北統一したら」(最新著)をはじめ「表裏の朝鮮半島」「韓国人と上手につきあう法」「韓国経済ハンドブック」「北朝鮮100の新常識」「金正恩の北朝鮮と日本」「世界が一目置く日本人」「大統領を殺す国 韓国」「在日の涙」「北朝鮮と日本人」(アントニオ猪木との共著)「真赤な韓国」(武藤正敏元駐韓日本大使との共著)など著書25冊

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