米国は北朝鮮を攻撃できるか?「トランプー金正恩」の「究極のチキンレース」

爆弾を投下する米戦略爆撃機「B-52」

トランプ政権のシリア空爆は、米国にとって越えてはならない一線を越えたら、軍事力を行使する決意を実際に行動で示したことになる。特に、米中首脳会談最中にシリアへの軍事行動に踏み切ったことは「中国が北朝鮮の核開発阻止に協力しなければ、米国が独自に行動する」とのトランプ大統領の警告が決してハッタリではないことを見せつける結果となった。

これに対して北朝鮮外務省は8日の談話で「一部にはシリアに対する米国の軍事攻撃が我々に対する警告的行動であると騒いでいるが、そんなことに驚く我々ではない」と米国の威嚇を一蹴した。逆に「シリアの事態は、我々に帝国主義者らへの幻想は絶対禁物である」と述べたうえで「今日の現実は力には力で対抗し、核武力を常時強化してきた我々の選択が千万回正しかったことを立証した」と、核兵器を軸とした自衛的国防力を引き続き強化することを強調した。

仮に金正恩政権が米国のシリア空襲に恐れおののいているなら、容易には6度目の核実験に踏み切れないだろう。換言すれば、史上最大規模の米韓合同軍事演習の最中に、それも3月中旬に演習に参加し、引きあげたばかりの原子力空母「カール・ヴィンソン」が再び朝鮮半島に派遣されている状況下で、それもシリア空爆の後に核のボタンを押すのはよほどの覚悟ができなければできない。

(参考資料:北朝鮮の核実験が見送られる可能性はないのか?

全長333メートル、全幅76.8メートルの9万3千トン級の「カール・ヴィンソン」は戦闘攻撃、電子攻撃、海上攻撃を行う飛行隊が搭乗しており、「FA18」など爆撃機24機、対潜ヘリ10機、「E2C」など早期警戒機4機、電子戦機「EA18Gグラウラー」なども含め90機が搭載されている他、地対空迎撃ミサイルも多数搭載されている。3月中旬に釜山に入港する前に朝鮮半島周辺の海域で実戦に向けての戦闘訓練を実施していた。いつでも攻撃可能だ。

米軍がその気になれば、軍事演習期間中のグレナダ侵攻(1983年)や自衛権の発動と称して特殊部隊をはじめ陸海空から成る5万人以上の米軍を侵攻させ、ノリエガ将軍を除去したパナマ侵攻(1989年)の再現はないとは断言できない。

逆に、金正恩政権がそれでもボタンを押した場合、今度はトランプ政権が決断を迫られることになるだろう。シリアへの空爆に踏み切った理由が「化学兵器の拡散と使用を阻止することが米国の安全保障にとって死活的な重大な問題である」ということならば、北朝鮮の核実験も、また米本土を標準に定めた大陸間弾道ミサイル(ICBM)の発射もまた米国の安全保障にとって極めて深刻な脅威である。シリアを叩いて、北朝鮮を叩けないということなら、北朝鮮外務省の「米国は核を持ってない国だけを選んで攻撃している」との主張を正当化することになりかねない。

また、米中首脳会談後、ティラーソン国務長官はABCの番組でシリア攻撃は北朝鮮に対するメッセージかとの質問に対し「国際的な規範や合意に違反したり、約束を守らなかったり、他者を脅かしたりすれば、いずれ対抗措置がとられる可能性が高いという全ての国へのメッセージだ」と答えていた。

北朝鮮の核実験やミサイル発射は明らかに国連安保理決議に違反している。また、日韓や北東アジアの安全と平和を脅かしているのは自明だ。それでも米国が「対抗措置」が取らなければ、トランプ政権の北朝鮮への警告はブラフとみなされ、金正恩政権は今後、トランプ政権を見くびることになるだろう。

では、トランプ大統領はシリア同様に北朝鮮を攻撃できるだろうか?

米国はクリントン政権時代(1992-2000年)の1994年に一度だけ、北朝鮮への攻撃を真剣に検討したことがあった。

クリントン大統領は全面戦争という最悪のシナリオに備え1994年5月19日、シュリガシュビリ統合参謀本部議長らから戦争シミュレーションのブリーフィングを受けた。シミュレーションの結果は「戦争が勃発すれば、開戦90日間で▲5万2千人の米軍が被害を受ける▲韓国軍は49万人の死者を出す▲戦争費用は610億ドルを超える。最終的に戦費は1千億ドルを越す」という衝撃的なものだった。

当時、極東に配備されていた在日米軍3万3千4百人と在韓米軍2万8千5百人を合わせると、約6万2千人。なんとその約8割が緒戦3か月で被害を受けることになる。駐韓米軍のラック司令官にいたっては「南北間の隣接性と大都市戦争の特殊性からして米国人8万~10万人を含め(民間人から)100万人の死者が出る」と報告していた。

ブッシュ政権下(2001-2008年)でも武力行使のオプションが排除されることはなかった。

ブッシュ大統領は2003年2月、米陸軍士官学校の卒業式で「我々は自由と生命を守るため先制措置(先制攻撃)を取るなど積極的で断固とした態勢を備える」と、「悪の枢軸」扱いした北朝鮮を威嚇し、翌2004年2月10日に訪米した中国の江沢民国家主席に対し「(北朝鮮の核問題が)外交的に解決できなければ、北朝鮮への軍事攻撃を検討せざるを得ない」と密かに通告していた。このことは退任後の2010年11月に発売されたブッシュ大統領の回顧録「決断の瞬間」の中でも明らかにされている。 

北朝鮮が2006年、2009年と2度にわたって核実験をした後も先制攻撃のオプションは排除されることはなかった。また、オバマ政権下(2009年~)でも北朝鮮が人工衛星と称して2009年4月にテポドン2号を発射した際にはゲーツ国防長官が「迎撃も辞さない」と言明していた。この時、迎撃の意思をロシア政府に事前通告していた。

また、米太平洋軍のロックリア司令官もソウルの米韓連合司令部での会見(2012年4月17日)で「北朝鮮が3度目の核実験を試みた場合、基地に対して局地攻撃を加える可能性もある」と発言していた。

さらにドニロン大統領補佐官(国家安全保障担当)もまた、ニューヨーク市内でのオバマ政権のアジア太平洋政策をテーマにした講演(2013年3月11日)で「米国は米国を攻撃目標にできるような核ミサイルを開発しようとするのを傍観しない」と発言していた。

しかし、すべてはブラフで終わっていた。行動が伴うことはなかった。その結果が今の北朝鮮である。

オバマ政権下の最後の国防長官、アシュトン・カーター氏は2006年にワシントン・ポスト紙にクリントン政権時代の国防長官だったウィリアム・ペリー氏と共同で「必要なら、攻撃し破壊せよ」と題する論文を寄稿し、北朝鮮に対する先制攻撃論を展開していたが、北朝鮮が核実験(2006年10月)を行った後は、持論を変え、韓国紙(「中央日報」2007年1月7日付)のインタビューで「北朝鮮の核兵器を効果的に除去するための外科手術的攻撃はもはや不可能である」と述べていた。

北朝鮮は1994年の時と違い、今では核とミサイルを保有している。米本土は無理としても、韓国に対してだけでなく、同盟国である日本への攻撃は可能だ。

オバマ大統領は昨年1月22日のユーチューブのインタビューで「軍事的な解決は考えていない」と強調し、その理由について「我が同盟国の韓国が北の真横に接していて、もしも戦争が勃発すれば想像を絶する、深刻な被害を韓国は受けるから」と説明していた。

今や、戦争による被害は韓国に留まらない。同盟国の日本にも、米国自身にも及ぼす。従って、先制攻撃の能力はあったとしても、簡単には手を出せないだろう。

北朝鮮が核実験に続き、米国にとってのレッドラインであるICBMを米国の先制攻撃を覚悟のうえで発射した場合、トランプ大統領がどのような結論を下すのか、まさに究極のチキンレースである。

(参考資料:シリア空爆の次は北朝鮮!?

東京生まれ。明治学院大学英文科卒、新聞記者を経て、フリー。1982年 朝鮮半島問題専門誌「コリア・レポート」創刊。1986年 テレビ、ラジオで評論活動開始。98年 ラジオ短波「アジアニュース」パーソナリティー 。2003年 沖縄大学客員教授、海上保安庁政策アドバイザー(~15年3月)を歴任。外国人特派員協会会員、日本ペンクラブ会員。著書に「在日の涙 間違いだらけの日韓関係」(飛鳥新社)「世界が一目置く日本人、残念な日本人」(三笠書房)「大統領を殺す国 韓国」(角川)「金正恩の北朝鮮と日本」(小学館)「北朝鮮100の新常識」(マサダ)「韓国人と上手につきあう法」(ジャパンミックス)など20数冊

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