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国連の北朝鮮制裁決議は本当に「最強」?――核・ミサイルを止められない5つの理由

辺真一ジャーナリスト・コリア・レポート編集長

国連の5度目となる対北朝鮮制裁決議「2270」が3月2日、採択された。

水爆実験と称される1月6日の4度目の核実験から57目と、北朝鮮制裁決議では過去最長となった。それでも制裁内容は「過去20年間では最強の制裁」(パワー駐国連米大使)と言われている。韓国では「国連創設以来、史上最強の制裁となった」と評価するメディアもある。果たしてこれで北朝鮮の核・ミサイル開発にブレーキが掛かるのだろうか?結論は無理だろう。以下、国連決議の問題点を5つ挙げてみる。

その一、中・露が障害となっている

中国は北朝鮮制裁に今回は一歩も、二歩も踏み込んだ。それでも日米韓が求めた「強力で包括的な制裁」には全面的に同調はしなかった。今回の制裁が選択的だったことからも伺いしれる。実際に中国は▲北朝鮮への原油供給の全面的な中断(空軍用とロケット用燃料に限定)▲海外人力(5万人)の送金(2~3億ドル)停止▲貿易の全面中断(大量破壊兵器と無関係の地下資源の輸出や7億4千万ドル相当の対中繊維輸出はOK)▲セカンダリーボイコット(北朝鮮と取引する第三国への制裁)には首を縦に振らなかった。

ロシアにいたってはさらに手を加え、わざわざ「北朝鮮の民間機の海外での給油(燃料販売と供給)は許可する」との例外規定を加えさせた。また、当初制裁対象者に含まれていた朝鮮鉱業貿易開発会社の駐ロシア代表を外させた。北朝鮮経由のロシアの貿易や鉱物資源を担保にした北朝鮮への経済協力を進めているロシアには障害になるからだ。

中露の妨害は今に始まったことではない。2006年7月のテポドン発射の際に日米が制裁決議案を上程したが、拒否権を持つ中露が反対したため通らず、拘束力のない非難決議(1695号)で終わった。また、同年10月の核実験の際には日米は制裁決議案に北朝鮮の船舶に対して強制的な検査の実施を盛り込んだが、公海上での強制検査は北朝鮮との軍事衝突の恐れがあるとして反対したためこれまた通らなかった。

さらに2009年4月に安保理決議を無視して「衛星」と称して長距離弾道ミサイルを発射した際にも制裁決議に反対し、結局は議長声明に格下げさせた。国連制裁委員会による資産凍結指定企業も14企業から大幅にカットし、3つの企業に限定させてしまった。

その二、制裁が中途半端である

安保理決議(1718号)では制裁対象人物は「北朝鮮の核関連、弾道ミサイル関連及びその他の大量破壊兵器関連の計画に関係のある北朝鮮の政策に責任を有している(北朝鮮の政策を支持し又は促進することを通じた者を含む)者」と定められている。となると、真っ先に金正恩国防委員長がリストアップされなければならない。その理由は、水爆実験は金正恩国防委員長が12月15日に決断し、また長距離弾道ミサイル「光明星」の発射も「2月7日に打ち上げろ」との命令を出しているからだ。北朝鮮は金第一書記の直筆のゴーサインも公開している。それなのに今回も制裁対象から外されている。

また「北朝鮮の政策を支持し又は促進することを通じた者」とは水素爆弾成功祝賀平壌市軍民大会やミサイル発射成功を祝った宴会の出席者である金永南最高人民会議常任委員会委員長や黄炳誓軍総政治局長、朴奉柱総理ら党・軍、政府幹部らである。国際会議の場で核実験やミサイル発射の正当性をPRする外務省の李スヨン外相らも対象とならなければならない。ところが、幹部では李万建党軍需工業部部長が今回指名されたのが唯一で、他誰一人制裁対象にされてない。イラクのケースとは大違いだ。

サダム政権下のイラクに対する経済制裁では制裁委員会が作成したブラックリストにはフセイン大統領を含め89人の個人と205の組織、団体がリストアップされていた。北朝鮮の制裁対象は今回個人16人と12の団体が追加され、個人が28人、団体42に増えたものの、その数はイラクと比べればはるかに少ない。同じ核開発で制裁を受けていたイランでさえ4度の制裁で個人41人とアフマディネジャド大統領(当時)との支持基盤である革命防衛隊の関連企業を含む75の団体が制裁対象にされていた。

まして、第二自然科学院長にせよ、宇宙開発局長にせよこれまで制裁対象とされたミサイルや原子力関係者らは海外に資産もなければ、海外に出ることもない面々だ。さらに制裁の対象になった貿易会社など組織、団体は看板を変えれば、事業再開はいくらでも可能だ。名義を変更するか、新しい会社を作るか、あるいはダミー会社を使えば、関連業務はいくらでも継続できる。

現に、数日前に安保理に提出された制裁履行状況を調査している制裁委員会の専門家パネルの年次報告書では北朝鮮の船舶が外国の旗や別名を掲げて海外の港に入港している実態が明かにされている。制裁対象の北朝鮮の海運企業「オーシャン・マリタイム・マネジメント(OMM)」に属する9隻が名前を変えたりして運航を続けていたとされる。

その三、国連加盟国が決議を履行していない

さらにこの報告書では、北朝鮮は外交官や一部友好国との長期にわたる貿易関係を通じて制裁を逃れてきたという。アフリカなど一部の加盟国に制裁逃れの報告を求めているが、応じていない国もある。ナミビアでは北朝鮮企業が軍需工場の建設に関与していたし、シリアやエジプトへの武器輸出も中国を経由して行われていた。違反しても決議にペナルティーが科されてないのが問題だ。

北朝鮮に現在適応されている制裁は国連憲章第7章第41条に基づくもので、第41条には「経済関係及び鉄道、航海、航空、郵便、電信、無線通信その他の運輸通信の手段の全部又は一部の中断並びに外交関係の断絶を含むことができる」と書かれてある。

国際社会が4度にわたる核実験や6度にわたる長距離弾道ミサイルの発射に憤りを覚えるならば「外交関係の断絶」も義務付けられているわけだから、国交のあるEUを中心に北朝鮮と国交を断絶する国が続出しても良さそうなものだ。しかし、核問題で断交した国は北朝鮮と国交のある163か国のゼロである。人権問題では2か国が断行しているが、いずれも小国だ。加盟国の積極的な関与がなければ制裁の効果は十分に発揮されない。

その四、国際社会の人道支援が北朝鮮経済を助けている

国連安保理で北朝鮮制裁が論議され、北朝鮮への輸出入を規制する制裁決議が採択される直前の3月1日、ロシア政府が北朝鮮に人道支援した小麦粉2千5百トンが南浦港に到着した。総額で400万ドル相当(約4億5千万円)。世界食糧計画(WFP)を通じての支援だ。WFPへのロシアの今年の支援金900万ドルの一部である。ロシアは、昨年も6月に400万ドル、10月に200万ドル相当の食糧支援を行っている。

北朝鮮に経済制裁を掛けているオーストラリアもWFPの対北朝鮮栄養支援事業に220万ドルを寄付している。オーストラリア政府は2002年から毎年、年平均400万ドル相当の支援を行ってきた。ちなみにWFPは2013年7月から2016年6月までの3年間で約2億ドルの対北支援を検討している。

スイスも今年、外務省傘下の開発協力庁(SDC)を通じて北朝鮮に保健事業支援として835万ドル、食糧事業関連で67万ドル、併せ約900万ドルの支援を行う。スイスは昨年もWFPに560万ドル相当の粉ミルク支援を行っている。EUも昨年、北朝鮮の食糧支援を行っている英国、ドイツなど7つのNGO団体に760万ドルの資金を拠出している。

NPO法人の国際救護団体「ワールドビジョン」が植樹や農業支援の名目で120万ドルの支援を行う他、世界基金も国連児童基金が北朝鮮で結核を退治するための事業費として2018年6月までの2年間2,840万ドルを支援する。国連も干ばつに見舞われた昨年、北朝鮮に630万ドルの人道支援を行っていた。

国際社会の人道支援は北朝鮮が2度目の核実験を行った翌年の2010年には2500万ドル、また3度目の年の2013年には3千万ドルと大幅に減少したが。10年前までは年平均3億ドルもあった。

北朝鮮の国防費は40億4千万ドルで世界36位だ。GDP(170億ドル)は世界101にもかかわらず、GDPに占める国防費支出は世界1位である。国際社会の人道支援があるからこそ北朝鮮は予算を核やミサイル開発など国防に回すことができる。今回の制裁決議「2270」でも人道支援や人道目的に関する協力は除外されていた。

その五、伝家の宝刀である「第42条」を適応しないことにある

一度目の核実験の時は、日米両国とも「第42条」を押し通そうとしていた。それ以降の国連制裁決議では「第42条」について触れようともしない。

「42条」には「安全保障理事会は、第41条に定める措置では不充分であろうと認め、又は不充分なことが判明したと認めるときは、国際の平和及び安全の維持又は回復に必要な空軍、海軍または陸軍の行動をとることができる。この行動は、国際連合加盟国の空軍、海軍又は陸軍による示威、封鎖その他の行動を含むことができる」となっている。

北朝鮮が「41条」を無視して、核実験を再度強行したわけだから、本来ならば、速やかに「42条」の適応を求めるのが筋のはず。ところが、中露を含め関係国の間では「暴発(戦争)を招く恐れがあるから」ということで「禁句」となっている。

結論を言うなら、関係各国が覚悟をもって「42条」に踏み込み、「政策を転換しなければ体制を維持させない」との本気度を示さない限り、金正恩政権が核とミサイル開発をそう簡単に断念することはない。

ジャーナリスト・コリア・レポート編集長

東京生まれ。明治学院大学英文科卒、新聞記者を経て1982年朝鮮問題専門誌「コリア・レポート」創刊。86年 評論家活動。98年ラジオ「アジアニュース」キャスター。03年 沖縄大学客員教授、海上保安庁政策アドバイザー(~15年3月)を歴任。外国人特派員協会、日本ペンクラブ会員。「もしも南北統一したら」(最新著)をはじめ「表裏の朝鮮半島」「韓国人と上手につきあう法」「韓国経済ハンドブック」「北朝鮮100の新常識」「金正恩の北朝鮮と日本」「世界が一目置く日本人」「大統領を殺す国 韓国」「在日の涙」「北朝鮮と日本人」(アントニオ猪木との共著)「真赤な韓国」(武藤正敏元駐韓日本大使との共著)など著書25冊

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