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「幼稚園」類似施設なのに「保育園」になるしかない。無償化で廃園の危機にある「菅長学園」に残された道

小酒部さやか株式会社 natural rights 代表取締役
千葉県船橋市「菅長学園」の様子/写真提供「菅長学園」

昨年10月にスタートした幼保無償化。対象外の施設は、入園希望者が激減して廃園の危機に瀕している。その一つに千葉県船橋市の「菅長学園」がある。

「菅長学園」は「幼稚園」と同じような教育を行っているが、国や自治体から認められていないため「幼稚園類似施設」または「類似幼稚園」と呼ばれている。

施設面積が足りないなどの理由で「認可」を得られていないが、その教育理念は素晴らしく、早くから音楽や英語教育に力を入れてきた。80年代からはスイミングスクールを貸し切っての水泳指導を行い、パソコン教育もおよそ20年前から行っている。50年もの歴史があり、6000人近くの卒業生を出してきた。各方面で名を上げて活躍するような卒業生も多く、教育面には自信を持っている。

しかし、そんな歴史ある「菅長学園」が廃園に追い込まれ、保護者の方から悲痛なメッセージを受け取ったのが昨年11月だった。

昨年12月に国は無償化対象外の類似施設に6,700円/月の支援金を出すと発表したが、他の認可幼稚園の4分の1程度と極めて少ない。そして、支援金はこれまで自治体が「何らかの補助をしていた園」に限られる。「菅長学園」は八千代市からは補助が出ていたが、所在地の船橋市からは一切認められておらず、そこも弾かれてしまった。(※「菅長学園」は園児が複数の自治体から入園している。)「菅長学園」のように国が6,700円/月の支援金を出すと決めても、その恩恵を受けられない施設は多数あると思われる。

無償化対象外の施設でなにが起こっているのか。「菅長学園」や船橋市、他の幼稚園類似施設を取材した。

◆参考記事:

幼保無償化で江戸川区「きのみ」が廃園の危機!増税の上に預け先を失う、無償化対象外の保護者が悲鳴

(取材に答えてくれた嶋崎園長補佐/取材時に筆者撮影)
(取材に答えてくれた嶋崎園長補佐/取材時に筆者撮影)

●幼児主体でない行政、存在すら認めてもらえない

園長補佐の嶋崎靖先生(64歳)は、「50年もの歴史があり地域に貢献してきたのに、行政に相談できる担当部署がないのが、そもそもおかしい」と憤る。無償化の話より以前から、行政は幼児主体で動いてくれなかった

たとえば、原発事故の時も情報はなく、放射線量を計測するガイガーカウンターも貸してもらえなかった300名以上もの園児たちが通っていて、その子たちの命が掛かっているのに、行政はその存在を見ようともしてくれなかった。その姿勢が今回の無償化政策にも表れている、という。

幼保無償化の話が出だした頃から、園に対し「そちらは無償化の対象ですか?」という保護者からの問い合わせが多くなった。一昨年から入園希望者は6割程度に減り、今年の4月入園の希望者は半数以下となってしまった。

もともと園料を安くしているため赤字経営となってしまった。しかし、在園児が卒業していくのを見届けるまでは、何がなんでも閉園はできないと嶋崎先生の決意は固い。今回の件を含め、色々な事情で辞める職員もいる。質を下げないためにどうすればいいか、問題は山積みとなってしまった。

ところが、このような状況でも相談できる行政の担当窓口がない。無償化で廃園の危機となることも辛いが、長年に渡り存在すら無きものとされて来たこと、実態把握もしてもらえなかったことに、嶋崎先生は疑問を呈す。

教育の質は認可幼稚園と遜色なく、何よりそこに通う園児たちが多数いるのだから、認可して補助金を出す出さないに関わらず、行政は実態把握だけでもする必要があったのではないか、と私(筆者)も思ってしまう。

●幼稚園を把握している行政、教育委員会学務課に聞いてみた

「菅長学園」が所在する船橋市の教育委員会学務課に問い合わせたところ、船橋市が認定している幼稚園類似施設は1つもないとの回答だった。理由は、幼稚園類似施設の法律の定めがないから。近隣含めて3園の幼稚園類似施設があるのだが、船橋市全体でどれだけの幼稚園類似施設があるのかも把握していなかった。

「今回の無償化で認可幼稚園の入園希望が増え、入れなかった子どもたちが出ているのではないか、把握していますか?」という私(筆者)の問いには、「各幼稚園から入園申請の人数が上がって来て把握している。認可幼稚園には定員を下回っているところもあり、待機の幼稚園児はいない」との回答だった。(なお、数字の公表はしていない。)

無償化の対象である「認可幼稚園」に入園希望が一時的に回っても、「認可幼稚園」の受け入れも定員があるため、入れなかった子どもたちが4月の入園までの間に「幼稚園類似施設」に入園希望を出してくれるのではないかと予想したが、そのような状況ではなさそうだった。つまり、「菅長学園」は4月の入園式までの間に、それほど希望者が増えることはないようだ。

少子化の影響、女性の就業率の影響などで、全体的に幼稚園への希望者が年々減っているとのことだった。

●「幼稚園」類似施設なのに「保育園」になるとはどういうこと?

「菅長学園」に残された道は、5年以内に「認可保育園」になるというものだった。幼稚園は足りているが、保育園は足りていない。自治体は幼稚園としては認めないが、保育園としてなら認めるという。無償化の話をきっかけに「菅長学園」は5年以内に「認可保育園」になるという前提のもと、「認可外保育施設」として船橋市に認められることとなった。(※5年後「認可外保育施設」が無償化の対象となるか定かでないため、対象となりたければ「認可保育園」になるしかない。)

現段階では、「認可外保育施設」は「保育の必要性」の条件、たとえば1日4時間以上かつ月16日以上働いているなどの条件を各々の保護者が満たせば、上限37,000円まで無償化の対象として支援金を受けることが出来る。「菅長学園」は申請を出したため、この対象と認められた。

ただ、「認可保育園」の認定条件はとても厳しく、船橋市の条件をクリアするためには、「菅長学園」が5年以内に、園舎そのものを建て替えたり、園舎を引っ越すしかなく、厳しい道は続いている。(※5年は国が設けた猶予期間。)

また、春休み、夏休みなど今までどおりあり、オムツが外れている子の入園を前提として来たため、「保育施設」という名目になったからといって、フルタイムで働く保護者の希望が増えるとは見込めない。「認可外保育施設」になったからといって、「よかった」とは全く言えない状況だ。

そして、すべての保護者が対象ではなく、条件を満たした保護者のみが対象なため、園の中で無償化の対象の保護者とそうでない保護者が出てしまい、格差も生まれてしまう

◆参考記事:

幼保無償化が明日よりスタート!同じ園内に無償化対象のママとそうでないママが混在し女女格差を生む

(野田衆院議員に署名を渡す保護者/「菅長学園」の保護者提供)
(野田衆院議員に署名を渡す保護者/「菅長学園」の保護者提供)

●保護者の熱量は大きい!独自で署名活動やアンケート調査を実施!

消費税が財源であれば、助成は平等にやって欲しい」『参院選の際に「すべての子どもを無償化に」と謳っていたので、その公約を守って欲しい』、と「菅長学園」の保護者たちは声を上げている。

昨年11月30日には、野田佳彦衆院議員に4000筆をはじめ約8000筆の署名を国会へ提出。「菅長学園」だけでなく、全国の幼稚園類似施設(自治体の援助を受けていない施設も含む)の実態調査や無償化と同等の支援を求めた。

園に通う保護者が在住する自治体(船橋市、習志野市、八千代市、千葉市)にも署名を提出し、要望してきた。

そして現在、国に実態把握をしてもらうべく、他の類似施設に協力を呼びかけ、独自のアンケート調査を実施している。以下がそのサイトとなるので、幼稚園類似施設の関係者の方々には是非広めていただき、アンケートにお答え願いたい。

◆幼児教育無償化対象外となる幼稚園類似施設へのアンケート調査◆

(※パソコン、スマートフォンのシークレットモード等で閲覧の際には、アンケートが正しく表示されません。解除の上でご確認ください。)

●地域による格差、自治体によっては独自で補助を出すところも

無償化の問題は、保護者による格差を生むだけでなく、地域による格差も生んでいる。船橋市にある「菅長学園」がこれほどの苦労を背負わされているなかで、東京都西東京市にある幼稚園類似施設「ひばりが丘団地自治会 たんぽぽ幼児教室」にも話を聞くと、そこには大きな差が見えた。

「たんぽぽ」も無償化の対象外となってしまいそうな時期には、2歳児クラスからの進級希望者が例年の半数に減った。ところが、保護者たちが声を上げ1年ほど活動したところ、西東京市の幼稚園類似施設はすべて、認可幼稚園と同じ無償化の支援金額を受けられることになった。(「保育の必要性」の有無に関わらず、教育においては上限25,700円の支援金を受けられる。)無償化の対象になると途端に、希望者が増えたという。

このように、自治体の財政力の差によって、幼稚園類似施設の運命が分けられてしまっている。「たんぽぽ」の担当者はいう。「どんなにいい教育をしていても、無償化の波には勝てない」と。

今回の取材で私(筆者)が思ったことは、

本来であれば、「いい教育をしている」という基準で、国や自治体が幼稚園の認可をするかどうかを決めてもらえたら、保護者にとっても選択しやすいだろうということ。しかし、「いい教育とは何か」の判断が難しいため、施設面積や先生の人数などが認可の基準となってしまっている。

今回の無償化で、支援金の額で施設を選ぶ道も出来てしまった。支援金を受けるために無理やり働き出すママも増えている。幼稚園は働かないママでも子どもを預けられる場所だった。それが、無償化の恩恵を受けるために働く、となってしまっている。

何より「子どもたちにとって一番いい道はなにか?」という、もっとも大切な視点が感じられない。幼稚園類似施設には、自然のなかで学ぶことを重視したり、モンテソーリなど個性的な特徴ある教育をしているところも多い。そういった園が廃園になる、あるいは認可外保育施設に形態を変えることで、今まで保護者から愛されてきた教育がなくなってしまう。

国や自治体が決めたルールに則った認可幼稚園だらけになっていくことで、選択肢をなくし、多様性のない幼児教育となってしまわないか、そのことで、子どもたちが多様性のない子どもたちになってしまわないか、危惧してしまう。

(千葉県船橋市「菅長学園」の様子/写真提供「菅長学園」)
(千葉県船橋市「菅長学園」の様子/写真提供「菅長学園」)

「菅長学園」

住所:千葉県船橋市三山 6-18-10

JR津田沼駅下車。

北口バス乗り場より4番バス「三山車庫」下車。徒歩8分。

TEL:047-477-7799

創立年月日:1967年(昭和42年)

HP:https://www.suganaga.com/

株式会社 natural rights 代表取締役

2014年7月自身の経験から被害者支援団体であるNPO法人マタハラNetを設立し、マタハラ防止の義務化を牽引。2015年3月女性の地位向上への貢献をたたえるアメリカ国務省「国際勇気ある女性賞」を日本人で初受賞。2015年6月「ACCJウィメン・イン・ビジネス・サミット」にて安倍首相・ケネディ大使とともに登壇。2016年1月筑摩書房より「マタハラ問題」、11月花伝社より「ずっと働ける会社~マタハラなんて起きない先進企業はここがちがう!~」を出版。現在、株式会社natural rights代表取締役。仕事と生活の両立がnatural rightsとなるよう講演や企業研修、執筆など活動を行っている。

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