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怪物、復活へ!! 新濱立也、全日本スピードスケート距離別選手権男子500mを国内最高記録で制覇。

折山淑美スポーツライター
10月20日全日本距離別選手権500mで優勝した新濱立也。(写真:松尾/アフロスポーツ)

 スピードスケートのシーズン開幕戦となる、10月20日からの全日本距離別選手権。小平奈緒のラストレースとなった昨年の熱狂とは一変する寂しい観客席だったが、初日の会場を熱くさせたのは男子短距離の大黒柱でもある新濱立也(高崎健大)の、復活を印象づける500m国内最高記録での優勝だった。

 22年北京五輪は本人も優勝しか考えておらず、実際に万全な準備ができて「優勝は十分可能だ」と自信を持って臨んだ。優勝した高亭宇(中国)が前半の組で34秒32を出したのも想定内で、1回目も同走の選手のフライングでやり直しとなったが、スタートはバッチリ決まっていた。そして2回目のスタートを待つ間も集中力は途切れず、「思い切りやるだけだ」と考えていた。

 だがレースでは、スタート直後に氷すれすれのラインを通る右足のブレードの先端が氷に予想以上に深く刺さってしまうアクシデントがあり、うまく加速できなかった。9秒5台では通過できるはずの100mは10秒11かかり、35秒12で20位という結果に。メダルの可能性もあった1000mも21位と惨敗した。

 昨季はその悔しさを払拭するため、「同じことをやっていても世界のトップに居続けることはできないと思い、トレーニングも道具もいろいろ挑戦した」と、すべてを一新しようとした。こだわりを持つ道具に関しても、新型コロナで海外遠征ができなかった20~21年にはシーズン中に3種類のスケート靴を試す異例の挑戦をし、手応えのある物を選べていた自信もあった。

 しかし、試してみた新たな靴やブレードをなかなかものにできないままのシーズンインとなってしまい、初戦の全日本距離別では500m7位でW杯代表枠に届かぬ結果になり呆然とした。その後の1000mも5位に止まり、W杯前半戦は想定外の補欠という立場になった。

 その後W杯は、500mは出場辞退者が出て12月の第3戦から出場して最初のレースでは2位になったが、その後の2月までの3戦は表彰台に上がれず種目別総合は14位。世界選手権も2種目に出場したが500mは日本人3番手の9位で、1000mは12位と浮上できないシーズンを送った。

 新濱にとっては昨季の悪夢の原点ともいえる大会。緊張に襲われる中、前日の公式練習で股関節を少し痛めてしまい、右足の一歩目に不安を持っていた。「でも不安要素があったから、逆に落ち着いて、冷静になってレースができたという部分もあると思う。そこはメンタル的にも落ち着けたので、マイナスというよりプラスに働いた部分はあるのかなと思います」と言う心理状態のせいか、スタートからの動きは力強さのあるガツガツした滑りではなく、少し滑らかだと感じる滑りだった。

 それでも100m通過は国内自己最高の34秒50を出した時の9秒50より遅いが、全体2位の9秒60。そしてそこからの400mは、全選手中唯一の24秒台になる24秒80で滑り、村上右磨(高堂建設)が21年に出していた国内最高を0秒04更新する34秒40を出し、2位に0秒27差をつけて圧勝した。

「3組前の森本拓也選手(三重県スポーツ協会・昨季W杯500m総合6位)が34秒93だったので、『今日は思ったより記録は出ないな』という感触もあり、自分もどこまでタイムを出せるかという不安もあった。ただ、34秒7台に入ればW杯にもいけると思い、そこを目標にしていた。それが予想以上にいいタイムだったのでビックリした」と振り返る。

 また最初の100mの滑りに関しても、「今はいている靴がそもそも走りにくいというか、ピッチを上げることはなかなかできないので。でも、その代わりに力を氷にものすごく伝えることができる。靴のいいところを自分のスケーティングに落とし込めていると思うし、その意味では靴の特徴やそれに対する自分の滑りをやっと見つけ始め、自分のものになりつつあるのではと思う」と分析する。

 そんな力を使わなかった最初の滑りが、後半400mのラップタイムを向上させた。さらにラスト50mでは逆にテンポを上げるような滑りもでき、「最後のキレは自分の強みでもあるので、それを存分に発揮できたと思う」と納得する。

「この距離別選手権の優勝は4年ぶりになるが、その間ずっと悔しい思いを何度もしてきたので、本当にひと安心しています。特に去年は悔しい思いをしたし、この1年間は辛い時にはこの大会のことを、蘇るように思い出していた。自分がどういうメンタルで大会に挑むか、ベストパフォーマンスが出せるかというのを、この1年間は本当に考え続けました。だから全力でトレーニングをする時には、体を動かすウォーミングアップのところからレースを想定しながらやってきたところもあった。そういう意味では少しずつですが、メンタルも成長できているのかなと思います」

 こう話した新濱は、2日後の1000mも攻めの滑りをした。600m通過は41秒37で、小島良太(エムウェーブ)が持つ1分08秒35の国内最高記録のラップを0秒01上回った。そこまでの400mのラップタイムも24秒95と、500mのラップレベルだった。だが次のカーブで少しバランスを崩してしまい、1分08秒65でゴール。最終組の山田和哉(高崎健大)に0秒01遅れる2位に止まった。

 それでも「600mの通過がいつも以上に速かったのでバランスを崩したというか、足に来るタイミングがいつも以上に早かった。国内最高も視野に入れていたけど、今シーズンの1000mはまだ1レース目でそこまで滑り込んでいない状態だった。ただ、600mまでの1周を24秒台で滑れたから、500mのラップタイムをもっと上げられるのでは、というのは正直あります。その意味では、500mで得た自信を裏付けできるような結果だったと思う」と納得する。

 今後は500mの後半400mのラップや、1000mの600mまでのラップを試行錯誤しながらさらに上げていきたいと話す新濱。次の大会は11月10日からの、5年ぶりの開催となるW杯帯広大会になるが、彼にとっては験のいい大会でもある。

 18年平昌五輪の女子の活躍と男子の不振を見て、「男子が頑張るところを見せたい」と思うようになり、ナショナルチーム入りしてから一気に力を伸ばした新濱。彼の初めてシニアのW杯出場が、18年11月の帯広大会だった。大会初日の500m第1レースは、上位の選手が滑るAディビジョン出場の日本選手は彼ひとりだけで戸惑ったというが、そこで3位になった。

 その翌週の苫小牧大会では2レースとも優勝して世界のトップに駆け上がり、19年2月の世界スプリントでは総合2位。シーズン最後の、高速リンクのソルトレークシティで開催されたW杯ファイナルでは世界で2人目の33秒台突入選手となり、33秒83、33秒79の日本新連発とハイレベルな記録を叩き出し、初参戦でW杯種目別総合2位に。本人も「漫画の世界かと思った」というほどの、「怪物・誕生」ともいえるような強さを見せた。

 そんな躍進の第一歩ともなった、思い出深い大会。

「W杯初戦が5年ぶりに帯広になったのは、本当に新鮮な気持というか、初心に戻った感覚があるので今日以上にいいレースをしたいなと思います。それに今季はW杯後半戦がソルトレークシティとカルガリーの高速リンクであるし、世界距離別選手権もカルガリーだから‥‥。自分は後半戦の方が強いというのもここ数年はあるので、まずはそこで自分の記録に挑戦したいと思います」

 確かな復活の手応えと、さらなる進化への期待。北京五輪からは苦しみ続けてきた新濱に、力強い表情が戻ってきた。

スポーツライター

1953年長野県生まれ。『週刊プレイボーイ』でライターを始め、徐々にスポーツ中心になり、『Number』『Sportiva』など執筆。陸上競技や水泳、スケート競技、ノルディックスキーなどの五輪競技を中心に取材。著書は、『誰よりも遠くへ―原田雅彦と男達の熱き闘い―』(集英社)『船木和喜をK点まで運んだ3つの風』(学習研究社)『眠らないウサギ―井上康生の柔道一直線!』(創美社)『末続慎吾×高野進--栄光への助走 日本人でも世界と戦える! 』(集英社)『泳げ!北島ッ 金メダルまでの軌跡』(太田出版)など。

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