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首相襲撃爆発物事件で注目される「供託金」、何故無くならないのか

大濱崎卓真選挙コンサルタント・政治アナリスト
選挙の供託金は15万円〜600万円と高額であることが指摘されている(写真:イメージマート)

なぜ選挙に供託金を払わないと出られないのか

 我が国の選挙においては、公職選挙法において「供託」という制度が定められています。選挙供託は、選挙の種別にもよりますが、15万円から600万円までの供託金を法務局に納めた供託書正本を立候補届とともに提出することが義務づけられています。供託書正本が添付されていない立候補届は受理されないため、日本の公職選挙には、供託金を払わないと出られないということになります。

 首相襲撃爆発物事件の容疑者は、被選挙権年齢とともに供託金制度が違憲であるとして国賠訴訟を起こしていたことがわかっています。そもそも、選挙制度において供託金制度がなぜ存在し、そしてなぜ無くならないのか、考えていきます。

そもそも、なぜ選挙供託という制度があるのか

選挙制度は総務省が司っている
選挙制度は総務省が司っている写真:イメージマート

 この選挙供託の制度について、総務省のホームページには「立候補の届出では、すべての選挙において、候補者ごとに一定額の現金または国債証書を法務局に預け、その証明書を提出しなければなりません。これを「供託」といいます。供託は、当選を争う意思のない人が売名などの理由で無責任に立候補することを防ぐための制度です。」と記載されており、当選を目的としない売名行為を防ぐことが目的であることは明らかです。

 我が国の公職選挙法においては、憲法施行直後に売名行為や商業目的で立候補する人が後を絶たなかったことから、このような売名の防止や公職選挙の商業目的利用を防ぐルールがいくつか存在します。例えば、政見放送については「特定の商品の広告その他営業に関する宣伝をする等いやしくも政見放送としての品位を損なう言動をしてはならない」と定められているほか、選挙公報についても、「政見放送又は選挙公報において特定の商品の広告その他営業に関する宣伝をした者は、百万円以下の罰金に処する」と定められています。

 選挙に立候補すれば候補者が費用を負担することなく政見放送に出演し、または選挙公報に記事を掲載することができることも、このような供託金制度が存在する理由といえます。

選挙公営と供託金制度の切っても切れない関係

選挙ポスターの制作費にも公費が使われている
選挙ポスターの制作費にも公費が使われている写真:イメージマート

 供託金制度が問題視される一方で、選挙公営との切っても切れない関係にも注目されるべきだと筆者は考えます。選挙公営制度とは、資産の多寡に関係なく公正な選挙を実現し、また立候補や選挙運動の機会が中立になるよう、候補者の選挙運動の費用のうち、主にポスターやビラ、選挙カーなどの制作費の一部を国又は地方公共団体が負担する制度です。例えば市議会議員選挙であれば、ポスターやビラの制作費や印刷費、選挙カーのレンタル費や運転手の報酬、ガソリン代などが公費負担となります。この選挙公営は、「供託金没取点」を上回った場合にのみ、国又は地方公共団体が負担することとなっており、「供託金没取点」を下回った候補者の場合には候補者が負担することとなっています。

 また、選挙はがきの郵送費や選挙公報の原稿掲載、政見放送や経歴放送などは候補者が費用負担をすることがないという点で、広義の意味での「公費負担」ですが、これらは「供託金没取点」を下回った候補者であっても負担する必要はありません。立候補さえすれば費用の負担無く売名が出来てしまうという問題を、供託金制度と選挙公営が二重構造の形でカバーし合っている形とも言えます。

供託金が存在しない選挙もあった

 かつては町村議会議員選挙は、供託金制度(選挙供託)が存在しませんでした。しかし、令和2年に公職選挙法の一部が改正され、町村議会議員においても選挙運動費用の一部を選挙公営制度の対象とすることができるようになり、また町議会議員の選挙でも選挙運動用ビラの頒布が解禁されたことで、町村議会議員選挙についても供託金制度が導入されました。時代が「選挙供託の見直し」を求めているなかで、逆行する動きに見えるかも知れませんが、前述の通り、あくまで選挙公営と供託金制度の切っても切れない関係のなかでの法改正であることがわかります。

総務省ホームページ『町村の選挙における公営拡大と供託金導入について』より「公職選挙法の一部を改正する法律概要」から引用
総務省ホームページ『町村の選挙における公営拡大と供託金導入について』より「公職選挙法の一部を改正する法律概要」から引用

 供託金の金額は「選挙の種別にもよる」と冒頭書きましたが、選挙公営の範囲によって金額の大小が決まっています。その具体的な金額は、以下の通りです。

我が国の選挙供託の金額一覧(図表は筆者作成)
我が国の選挙供託の金額一覧(図表は筆者作成)

 参議院比例区(全国比例)では、選挙運動用ポスターの数が7万枚、ビラの数が25万枚と桁違いに多く、選挙公営の費用も数百万円に上ります。参議院選挙区(都道府県選挙区)では政見放送のビデオ持込方式が可能となりましたが、この公費も約300万円と高額です。一方で、町村議会議員の場合、選挙運動用ビラの枚数は1600枚と他の選挙に比べて極めて少なく、仮に売名行為を行ったとしても影響は限定的ともいえます。

 言い換えれば、供託金の金額の多寡は、(仮に売名行為として)選挙を利用した際の影響の範囲に応じて定められているともいえ、必ずしも根拠に乏しいものとは言えません。

選挙供託も時代の変遷で見直しの時期に

 最近では、かつての昭和の時代のような商品やサービスの広告といった形での選挙の利用は少なくなったものの、YouTuberの台頭などによる新しい形での「売名」との指摘を受ける立候補者も増えてきました。また一方で選挙権の18歳引き下げに伴い、「被選挙権の引き下げ」を求める声も大きくなるなかで、立候補者の資力を条件としてしまう現行の選挙供託制度の見直しの声があることも事実です。現代の実情に合わせた選挙供託の見直しが求められており、売名行為の防止とともに今後国会で議論が深まることが期待されます。

選挙コンサルタント・政治アナリスト

1988年生まれ。青山学院高等部卒業、青山学院大学経営学部中退。2010年に選挙コンサルティングのジャッグジャパン株式会社を設立、現在代表取締役。不偏不党の選挙コンサルタントとして衆参国政選挙や首長・地方議会議員選挙をはじめ、日本全国の選挙に政党党派問わず関わるほか、政治活動を支援するクラウド型名簿地図アプリサービスの提供や、「選挙を科学する」をテーマとした研究・講演・寄稿等を行う。『都道府県別新型コロナウイルス感染者数マップ』で2020年度地理情報システム学会賞(実践部門)受賞。2021年度経営情報学会代議員。

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