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現地でしか遊べない「古墳ゲーム」 自治体ならではの発想が生きたアプリ

小野憲史ゲーム教育ジャーナリスト
App Storeよりキャプチャして編集

文化財を観光支援に活用するうえで、VR・AR等の技術を応用する事例が増加している。文化庁が2017年に「文化財の観光活用に向けたVR等の制作運用ガイドライン」を作成したのに続いて、観光庁も2019年に「最先端ICT(VR/AR等)を活用した観光コンテンツ活用に向けたナレッジ集」を作成。これらのアプリやソフト開発が、自治体の公募案件にのぼることも珍しくなくなった。

こうした中、2018年に愛知県名古屋市がスマートフォン向けに配信を開始したアプリが『Go!Go!しだみ古墳群』だ。名古屋市にある古墳群のうち2エリアを、プレイヤーが自分の足で巡りながら楽しむRPGで、数あるアプリの中でも異彩を放っている。現地で体験すると共に、名古屋市の担当者に開発の経緯などを聞いた。

歴史の里しだみ古墳群を巡る「しだみクエスト」

本アプリは大きく分けて「古墳マップ」「しだみクエスト」「あつたクエスト」(2020年追加)「どこでもVR・AR」から構成されている。「古墳マップ」で古墳群と現在位置を確認し、「しだみクエスト」「あつたクエスト」でRPGに挑戦し、「どこでもVR・AR」で石室内の様子をCGで見たり、「歴史の里」マスコットキャラクターのしだみこちゃん・埴輪氏武と記念写真を撮ったりして楽しむという内容だ。

このうち「どこでもVR・AR」は全国で楽しめるが、メインコンテンツの「しだみクエスト」「あつたクエスト」は現地に赴かなければ楽しめない。できるだけ多くのプレイヤーに遊んでもらうことが求められる商業ゲームと異なり、限定したユーザー層に対して史跡への興味関心を向上してもらう内容になっているのだ。短期的な売上に左右されずにアプリを開発できる、自治体ならではの発想だろう。

体感!しだみ古墳群ミュージアム(しだみゅー)(筆者撮影、以下同様)
体感!しだみ古墳群ミュージアム(しだみゅー)(筆者撮影、以下同様)

アプリのリリース当時から遊べた「しだみクエスト」の舞台となるのは、名古屋市守山区上志段味に位置する「歴史の里しだみ古墳群」だ。墳形や大きさがさまざまな「しだみ古墳群」と、出土品他が展示されている「体感!しだみ古墳群ミュージアム(しだみゅー)」で構成されている。ミュージアムはゲームのスタート地点でもあり、ゲームを開始するには、施設受付の後方に張られているマーカーをスキャンする必要がある。

上志段味は名古屋市内に約200基ある古墳のうち、もっとも古墳が集積している地域で、ミュージアムの裏手に位置する大塚・大久手古墳群はその最たるものだ。一帯は公園風に整備されており、地域住民の憩いの場としても活用されている。スマートフォンを片手に公園内を歩きながら、冒険を楽しんでいくという筋立てで、ゲームは60分~90分程度で終了する。

『しだみクエスト』の画面写真(アプリ画面などをキャプチャして編集)
『しだみクエスト』の画面写真(アプリ画面などをキャプチャして編集)

ゲームの目的は埴輪たちを操り、しだみの支配をもくろむ謎の「まじない師」の野望を粉砕すること。スマートフォンを水平にすると、マップ画面とともに目的地の方向を示すガイドが表示される。スマートフォンを垂直に立てると、周囲の様子がAR(拡張現実)で表示され、マップ上のNPCと会話したり、アイテムを入手したりできる。埴輪達とのバトルを行うのもこの画面だ。

ゲームは「Aをするためには、Bを行う必要があり、そのためにはCが必要で……」という、いわゆる「おつかい」イベントの連続で進んでいく。バトルもシンプルで、攻撃ボタンをタップしていけば、ほぼ問題なく進んでいく。もっとも、公園内を周遊しながら遊ぶには、これくらいシンプルな方が楽しめる。秋晴れの清々しい気候のもと、古墳群を巡りながらRPGを遊ぶのは、新鮮な体験だった。

また、しだみ古墳群には墳丘と葺石が当時の姿に再現された志段味大塚古墳がある。ゲームの重要ポイントの一つで、墳丘の上に登ることも可能だ。このとき、墳丘の上に復元された埋葬施設にスマートフォンをかざすと、ARで当時の埋葬状況を確認できる。当時の状況が体験的に理解できる優れた施策だと感じた。

当時の姿が再現された志段味大塚古墳
当時の姿が再現された志段味大塚古墳

この後、ゲームは本敷地を飛び出して、東谷山白鳥古墳、そして白鳥塚古墳へと続いていく。東谷山白鳥古墳は横穴式石室が、ほぼ完全な状態で残っている、全国でも希有な古墳だ。ゲームのハイライトの一つで、石室の当時の状況が「どこでもVR・AR」モードで確認できる。こうした冒険の過程で、プレイヤーは古墳時代の日本について、思いを巡らせていくことになる。

また、メインのストーリーからは外れるが、東谷山展望台まで足を伸ばせば、古墳群が広がる当時のしだみの状況をVR(仮想現実)で一望することもできる。15基の古墳群に関する説明もあり、現地を回りながら説明を読めば、より理解が深まるだろう。このように、RPGを入り口に、しだみ古墳群について立体的に学べる仕組みが数多く盛り込まれており、単なるVR・ARアプリに留まらない内容になっていた。

ヤマトタケル伝説を盛り込んだ「あつたクエスト」

「しだみクエスト」のクリア後、「あつたクエスト」にも挑戦してみた。「しだみクエスト」の続編的な位置づけで、2020年に追加されたコンテンツだ。ゲームは独立した内容で、どちらから始めても楽しめるが、ストーリー的なつながりがあるため、「しだみクエスト」→「あつたクエスト」と進めた方が良いだろう。ボリュームは前作よりも少なめで、筆者は40~60分程度でクリアできた。

ゲームの舞台は熱田神宮で知られる名古屋市熱田区だ。プレイヤーの目的は、「しだみクエスト」でも登場した「まじない師」の陰謀を阻止すること。しかし、それは序章にすぎず、その背後で新たな陰謀があきらかになっていく。ゲームのスタートは高蔵公園で、そこから熱田神宮公園内に位置し、ミヤズヒメのお墓との伝承がある断夫山古墳。そしてヤマトタケルが埋葬されたとされる白鳥古墳に続くなど、古代史と絡めながらストーリーが展開していく。

「しだみクエスト」ではVR・AR機能での古墳復元機能が特徴の一つだったが、「あつたクエスト」ではこれらの機能が省略されたかわりに、画面をこすって、土器や埴輪などを発掘できるシステムが加わった。土器や埴輪はアニメ調のCGに加えて、実物の写真も使われている。説明書きとあいまって、さまざまな知識が得られる仕組みだ。熱田神宮をはじめ、高蔵古墳群の全9基に関する説明もある。

これまで見てきたように、本作の特徴の一つにエンタテインメント性の導入がある。中でもストーリー要素が大きく、ゲームを進める動機づけになっている。これにより「史跡にスマートフォンをかざして往年の姿を楽しむ」「アイテムを収集する」などに留まらない体験を提供しているのだ。もっとも、そのためクリア後に再プレイする動機づけが弱まる点は避けられない。今後も継続的なアップデートが求められるだろう。

古墳や史跡に対する間口を広げるために開発

それでは、本作はどのような経緯で開発されたのだろうか。運営を担当している名古屋市教育委員会事務局の濱口真哉氏は、前述の「歴史の里しだみ古墳群」の整備がきっかけだったと話した。「古墳や史跡に対して難しそうに感じる人が多い中で、子供から大人まで幅広い人に楽しんでもらい、興味関心を抱いてもらえるようなアプリができればと考えました」

アプリ開発の原資となったのが文化庁の助成金(100%出資)で、契約上限金額は1999万6200円(税込)だ。公募型プロポーザルに手を挙げた6社から、書面審査とヒアリング審査を経て受注したのがジーン。ゲーム開発のかたわら、『AR長岡宮』などの史跡・観光アプリも手がける大阪のゲーム開発会社だ。実際の制作費は未公開だが、これ以下の金額ということになる。

ちなみに、公募時に名古屋市から提示された業務仕様書には、GPS・VR・AR機能の利用や、「子供連れの家族が楽しめるよう、エンタテインメント性のある内容とすること」という文言がある。その一方で「ゲーム」や「RPG」という文言はない。ジーン側からの企画提案が、採用の一因になったことは想像に難くないだろう。

名古屋市守山区を巡回するラッピングバス
名古屋市守山区を巡回するラッピングバス

バスの車内に掲示されているアプリの広告
バスの車内に掲示されているアプリの広告

もっとも、公費で「ゲーム」を作ることに対して、拒否感を抱く自治体も少なくない。一方で名古屋市では、特に問題は無かったという。濱口氏は公募書類を作成したのは前任者だと断ったうえで、「評価委員会で業者を選定しており、ゲームだけでなく、古墳や土器・埴輪などの学びに繋がる要素が入っています。また、写真や説明書きなども学芸員の指導・監修が入っており、問題は無いと考えました」と語った。

本作は運用面や宣伝活動でもふるっている。市内には「歴史の里」のラッピングバスが巡回し、車内にはアプリのQRコードがついた広告が掲示されている。「体感!しだみ古墳群ミュージアム」では、アプリがインストールされたiPadを無料で貸し出し中。市内の小中学校すべてにチラシを配布するなどの施策も、自治体ならではだ。過去には「あつたクエスト」の監修を行った学芸員が同行する古墳ツアーも企画されている(コロナ禍により不催行)。

2021年9月末でのアプリのダウンロード数は約7200件で、今後も草の根の宣伝活動を続けていくと語る濱口氏。「これからも、あらゆる施策を通してプロモーションにつとめていきたいですね。『あつたクエスト』に続くアップデートや、埴輪・土偶のコレクション要素の充実なども、引き続き検討していきたいと思います」

ゲーム教育ジャーナリスト

1971年生まれ。関西大学社会学部卒。雑誌「ゲーム批評」編集長などを経て2000年よりフリーのゲーム教育ジャーナリストとして活動中。他にNPO法人国際ゲーム開発者協会名誉理事・事務局長。東京国際工科専門職大学専任講師、ヒューマンアカデミー秋葉原校非常勤講師など。「産官学連携」「ゲーム教育」「テクノロジー」を主要テーマに取材している。

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