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幼稚園児がニンテンドースイッチで楽曲作り体験! 進む次世代のICT教育

小野憲史ゲーム教育ジャーナリスト
ニンテンドースイッチで楽曲制作を行う園児たち(筆者撮影、以下同じ)

幼稚園・保育園に波及したデジタル機器問題

まだ記憶に新しいコロナ禍による一斉休校。GIGAスクール構想を後押しした一方で、思わぬ波紋を呼んでいるのが幼稚園や保育園での保護者対応だ。小学校で「読み・書き・PC」への対応が求められる中、保護者から「スマートフォンやタブレットを何歳から触らせたら良いか」「一日何時間までなら良いのか」といった質問が寄せられ、答えに窮する……。そうした状況が全国で見られるという。

こうした中、いち早くデジタル教育を取り入れた幼稚園が存在する。福島県西白河郡にある学校法人 西郷(にしごう)幼稚園だ(以下、西郷幼稚園)。しかも大学教員やゲーム開発者が特別講師となり、ニンテンドースイッチを用いた楽曲制作ワークショップが実施されているという。2023年11月16日に実施されたワークショップの様子を見学した。

西郷幼稚園の正面玄関(学校法人西郷学園)
西郷幼稚園の正面玄関(学校法人西郷学園)

廊下にはさまざまな紙飾りがつるされ、幼稚園らしい楽しさが演出されていた
廊下にはさまざまな紙飾りがつるされ、幼稚園らしい楽しさが演出されていた

平成10年から年齢別クラスではなく、3~5歳児が混在する縦割りクラスで保育が行われている
平成10年から年齢別クラスではなく、3~5歳児が混在する縦割りクラスで保育が行われている

里山の幼稚園でデジタル教育を推進

東北新幹線の新白河駅からタクシーで15分。西郷幼稚園は里山の麓に位置する典型的な地方の幼稚園だ。昭和41年に設立された私立原中幼稚園を前身にもち、幼児数の増加や幼児教育に対する意識の高まりに伴い成長。平成10年に複数に分かれた施設を統合し、現在地に移転した。園児数は3歳児から5歳児まで約140名にのぼり、敷地内には遊具が並ぶ運動場、体育館、プール、そして系列のすこやか保育園が並ぶ。建物に入ると、園児たちの元気な声が聞こえてきた。

今回ワークショップに参加するのは5歳児(年長組)の園児たちが中心で、デスクトップPCが並ぶ二階の特別室で実施された。もっとも、今日の主役はPCではなく、モニタ脇に設置されたニンテンドースイッチだ。すでに音楽制作アプリ「KORG Gadget for Nintendo Switch」が起動し、準備が整えられている。しばらくすると10名の園児が入場し、二人ずつペアになってモニタの前に座った。その後、簡単な自己紹介を経て、ワークショップがスタートした。

10台のデスクトップPCとモニタが並ぶデジタル教室
10台のデスクトップPCとモニタが並ぶデジタル教室

ワークショップの手順を説明する真壁豊先生
ワークショップの手順を説明する真壁豊先生

ニンテンドースイッチで『きらきら星』をアレンジ

スクリーンの前で全体説明を行うのは東北文教大学人間科学部の真壁豊准教授だ。真壁先生はニンテンドースイッチのJoy-Conを片手に、『きらきら星』のワンフレーズを交替で入力してみようと切り出した。「ドドソソララソ」「ファファミミレレド」の、おなじみのフレーズだ。園児たちはさっそくコントローラを操作し、音符を配置していく。ところどころ、つまずくところもあったが、周囲の大人たちの助けもあり、ぶじ入力が終了した。

続いて作業はベースとドラムパートの入力に移った。「KORG Gadget for Nintendo Switch」はゲーム機で動作するといっても、その実態は高性能な音楽制作ソフトウェアだ。標準で16種類のシンセサイザー/ドラムマシンガジェットを内蔵し、これ一つで高度な音作りや楽曲制作ができる。一方で操作はきわめて直感的だ。真壁先生が「鳴らしすぎに注意しつつ、自由にリズムを配置してみよう」と説明すると、園児たちは思い思いに入力作業を進めていった。

サポートスタッフの中には、本アプリを制作した株式会社DETUNE代表の佐野信義さんの姿もあった。ゲームファンには「佐野電磁」という愛称で知られ、ゲーム『リッジレーサー』シリーズなどの楽曲制作で知られる佐野さん。そんなゲーム業界の第一線で活躍する音楽クリエイターが、自ら制作した作曲アプリを用いて、園児たちの入力支援を行っている様に、あらためて驚かされた。「楽器がまったく弾けなかった自分でも、シンセサイザーのおかげで音楽クリエイターになれた。自分と同じ仲間を増やしたいんです」(佐野さん)

こうして瞬く間にワークショップは進行し、最後に成果発表会が行われた。『きらきら星』のフレーズが繰り返し再生される中、園児たちが入力したさまざまなリズムのベースやドラムが刻まれることで、自然に楽曲に広がりが生まれ、さながらダンスミュージックのような様相が感じられた。こうしてワークショップは約50分で終了し、園児たちは退出した。同じワークショップが二日間にわたり、年長組の園児全員に実施されるのだという。

アプリ制作者の佐野さんも一緒になって園児たちに操作の指導を行う
アプリ制作者の佐野さんも一緒になって園児たちに操作の指導を行う

ワークショップ中、すべての園児が姿勢良く座り続けている点が印象的だった
ワークショップ中、すべての園児が姿勢良く座り続けている点が印象的だった

1998年から続く園独自のデジタル教育

もっとも、本ワークショップは一朝一夕に生まれたものではない。西郷幼稚園とデジタル教育の歴史は古く、1998年からPCが導入されている。理事長兼園長の五十嵐聡子さんによると、「創立者で実父の五十嵐真市郎が新しもの好きで、PCを使ったお絵かきや、文字入力などの教育が始まった」という。Windows 98の発売と同時にデジタル教育が開始されたわけで、全国でもかなり早い部類に当たるだろう。その後、2016年にiPadも導入され、現在に至っている。

現在の取り組みは以下の通りだ。まず、西郷幼稚園では普段から年齢別クラスではなく、3歳~5歳児が混ざり合う、縦割りクラスで保育が行われている。そのうえでデジタル教育においても、まずはiPadを用いたデジタルお絵かきや、プログラミング言語のViscuitを用いたアニメーション制作などが、それぞれの保育室で実施される。iPadを囲んで異なる年齢、異なる発達段階にある園児たちが、互いに教え合い、面倒をみあうことを目的としたスタイルだ。

一方で文字習得が進む5歳児には、デスクトップPCを用いた、より高度なワークショップが実施される(同じ「デジタルお絵かき」でも、マウスを使って絵を描き、新規ファイルを保存するといった、複雑なプロセスを踏む)。これらのワークショップは1回40分程度、年間40回にわたって実施されるという。今回実施された楽曲制作ワークショップも、そうした数ある事例の一つというわけだ。

こうした取り組みを主導するのが、合同会社かんがえる代表の五十嵐晶子さんだ。同社は教育現場で主に教員のICT活用をサポートする職員である「ICT支援員」の育成や導入コンサルを主業務としており、幼児教育を学ぶ場で園とのつながりができた。なお、代表の五十嵐さんは、今年度文科省の学校DX戦略アドバイザーとしても、同園をサポートしている。

五十嵐さんは「せっかく配布されたデジタル機器を、子供たちが家で動画を見たり、ゲームを遊んだりするだけに使ってしまい、問題に感じている保護者は多い」と語る。もっとも、そうした行為も子供たちがデジタル機器を「消費の道具」としか、認識していないからではないか。園児のうちから「創造の道具」として認識させることで、状況を変える一助になるのではないか、という。

一方でスマホ世代の成長とともに、ICT支援員の側でも新たな問題が見られるという。キーボードの入力や、ファイルやディレクトリ構造といった、PCの基本を理解していない社会人が急増しているのだ。そのため園でのワークショップでも、「PCでソフトを起動し、マウス操作でコンテンツを作り、『名前をつけて保存』する過程を通して、『ファイル』『ディレクトリ』といった概念に触れてもらう」という。大学や専門学校で筆者自身が直面している課題でもあり、その問題意識は深く共感できた。

その後、五十嵐さんは勉強会を通して真壁先生と出会い、真壁先生が以前から親交のあった佐野さんを巻き込んで、本ワークショップの実施が実現した。モニタやプロジェクタは園の所有物だが、ニンテンドースイッチとソフトは会社から佐野さんが持ち込んだものだ。幼稚園を舞台に多様な大人たちが集まり、デジタル教育を進めている様子が良く伝わってきた。一方でその背景には、外部人材を積極的に活用する、園の開放的な姿勢があることは言うまでもないだろう。

それぞれのペアが作曲した『きらきら星』を全員で鑑賞
それぞれのペアが作曲した『きらきら星』を全員で鑑賞

左から五十嵐晶子さん、五十嵐聡子さん、真壁豊さん、佐野信義さん
左から五十嵐晶子さん、五十嵐聡子さん、真壁豊さん、佐野信義さん

鍵を握る「直接的な体験」と園児の身体性・社会性

一方で幼稚園や保育園での現場では、未就学児童に対するデジタル機器の使用を敬遠する声も少なくない。むしろ、幼稚園教諭や保育士の資格習得をめざす学生の方が、保護者からの声が直接届かないぶん、意識のずれが大きいのかもしれない。筆者もそうした専門学校でデジタル教材に関する授業を担当しており、毎回アンケートをとっている。すると、「保育現場などで未就学児童にデジタル機器を触らせたくない」という学生の回答が半数以上にのぼることに驚かされる。

これに対して文部科学省の幼稚園教育要領解説(2018)には、次のような記述がある。

「幼児が一見、興味を持っている様子だからといって安易に情報機器を使用することなく、幼児の直接的な体験との関連を教師は常に念頭に置くことが重要である。その際、教師は幼児の更なる意欲的な活動の展開につながるか、幼児の発達に即しているかどうか、幼児にとって豊かな生活体験として位置づけられるかといった点などを考慮し、情報機器を使用する目的や必要性を自覚しながら、活用していくことが必要である」(p.108)

つまり、文科省は「デジタル機器を使うな」とは言っていない。むしろ前後の文脈をふまえると「直接的な体験との関連性をもとに」「工夫して使用してほしい」と言っているように読み取れる。一方で記述の具体性に乏しく、現場の判断に(良くも悪くも)委ねられている。ICTの急速な進展を考えると、やむを得ない部分もあるとはいえ、全国で取り組みに格差が生まれている現状はぬぐえないだろう。こうした中、西郷幼稚園の取り組みは理想的な事例のようにも思える。

最後に五十嵐晶子さんのコメントを引用しよう。「ワークショップで驚かされるのは、園児たちがみな、椅子にきちんと座って、集中していられること。5歳児だと背筋力が弱く、座り続けられない園児も少なくありません。にもかかわらず、ここの園児たちは違う。ふだんから外遊びなどを通して、基礎体力が鍛えられているからだと思います」。実際に晴天時は園の前に広がる「どんぐり山」を、園児たちが走り回っているという。さまざまなヒントが読み取れる事例ではないだろうか。

ゲーム教育ジャーナリスト

1971年生まれ。関西大学社会学部卒。雑誌「ゲーム批評」編集長などを経て2000年よりフリーのゲーム教育ジャーナリストとして活動中。他にNPO法人国際ゲーム開発者協会名誉理事・事務局長。東京国際工科専門職大学専任講師、ヒューマンアカデミー秋葉原校非常勤講師など。「産官学連携」「ゲーム教育」「テクノロジー」を主要テーマに取材している。

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