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いま農業生産現場では何が起こっているかー現場からの報告

大野和興ジャーナリスト(農業・食料問題)、日刊ベリタ編集長

 いま村を歩くと、いま東京でやられている農業論議とは逆の現実に突き当たります。政府は食料安保と絡めて、国民に食料をきちんと届けるために自給も増やさなければ、など口当たりいいこと言っていますが、生産現場ではそういう感じはこれっぽっちもありません。

◆現場では効率化一辺倒が進んでいる

 各地でいま1枚の田んぼの広さが1haを超える大区画にして、それを地域全体に広げる大区画整理事業が進んでいます。平野部の水田農業地帯だけではなくて中山間地域も同じです。1ヘクタールといえば100mかける100mですけれども、それをはるかに超える水田が生まれている。これは現場の農業なり農民にとってはどういう意味を持っているのか。

 今、米作りの農家は結構大きい機械を揃えています。トラクター、コンバイン、田植機、防除機、乾燥精米機など、全部合わせると数千万以上になる。この機械がこれまでのように使えなくなる。これまでは区画整理された田んぼの多くは3反区画でした。1反1000平米ですから3000平米ということになる。トラクターに苗なり肥やしを積んだり、田植え機に苗を積み込んで、行って帰ってくるとちょうどよい。区画が大きくなると、向こうについて帰ってくる途中で苗や肥やしがなくなる。そうすると田んぼの途中で補給なんかできないですからトコトコと空で帰ってきて積み込んで、もどって作業再開となる。

 これではらちがあかないということで、この際みんなで金出して買い換えようみたいな話になる。買い換えるとなれば、今どき補助金がつくのはスマート農業ということで、無人田植え機、無人コンバイン、無人トラクター、いわゆる無人化です。いまクボタという会社から新しい無人トラクターが出ていて、値段がだいたい2千万円ぐらい。これまでの機械の2倍から3倍になる。小規模農家は、そんなものは誰も買えない。この際やめようかということになる。こうして離農する人が増えている。これはほんの一例です。

 もう一つ例を挙げますと、こんな問題も現実に出ています。田んぼが大区画されると2反、3反、5反くらいの中小規模農家は、一辺が数百メートルというような広大な区画の中に埋め込まれてしまいます。そうなると、どこが自分の田んぼなのかわからなくなる。俺の田んぼどこに行ったという話になる。

 そこで何が起こってるかというと、これは実際にあった話ですが、小さい農家は「百姓やめるから俺んとこの田んぼ買ってくれ」と大規模農家に言ってくる。しかし大規模農家の方も「俺だってそんなお金ないし、米価も安いからもう規模拡大はしたくない。買えない」と応じた。そうしたら、「おまえが言うから(区画整理に)参加した。こんなとこに引き込んでどうしてくれるんだ」という。こうして村をあげての大論争というかもめ事になる。小規模農民は自分なりのやり方であと五年や十年は百姓がやれるなと思っていたのが、やれなくなる。それに米価安が加わる。これまでに増して、いまものすごい勢いで農家も農地も減ってます。

◆AIと生命操作農業の受け皿づくり

 政府はこの大規模区画整理を何のためにやっているのかというと、スマート農業、いわゆるAI農業の受け皿作りです。AI農業というのは、ドローンによる農薬散布、自動運転のトラクターやコンバイン、田植え機を駆使する農業で、ビッグデータの活用が前提となります。もう一つ政府は「次世代有機農業」と銘打って農薬や化学肥料の低減を打ち出しています。合成化学物質に代わり家畜や作物の免疫力を高めるためのゲノム操作で土壌微生物や家畜、作物が改造され、病気や冷害、干ばつ、高温など迫りくる気候変動に強く、収量や増体率の高い作物、家畜が登場する。 

 有機農業の技術の核心は、お日さま、土、水、そして植物や動物が本来持っている生命力を活かすことにあります。これは有機農業だけでなく、農業全般に言えることでもある。農業の本来の生産力とは、自然の生命力を営農の中に取り込むことによって得られるものです。ここに農業生産活動の本質がある。しかしいま政府が進めているのは、農業から自然性を排除することによって成り立つというところに本質がある。農業から自然性を排除するということは、生命性を排除することに他なりません。自然性、生命性を排除された農業からつくられる食べものを安心して食べることなどできない。

◆進んでいるのはコメ減らし人減らし

 いま生産現場で進んでいることで、もう一つ指摘しておかなければならないのは供給と需要の問題です。日本は1970年から現在に続く減反政策で、ずっと米を減らしてきました。その結果を単年度で見ると、主食用の生産量と需要量だと十数万トン生産量が少ない。2022年で生産量が669万t、需要量が680万tです。単年度だけ見ると大体11万tの不足です。単年度で見ると日本はコメ不足国なのです。それでも政府は、高齢化と人口減で米消費が減っているとして、食料安保と言いながら米生産をどんどん減らそうとする政策は変わっていないのです。 

 いま生産現場でやられているのは人減らし・農業の無人化・AI化・生命操作技術化で、どうしても必要な労働力は外国人移住労働者にお願いする、という政策です。AI農業で無人化するといっても、設備投資は膨大な金額になります。大規模にしても農民レベルを超えています。ということは食料安保を担う主体は誰かというと、もう主体としての農民層はほぼ解体されてきていて、農業の主体は企業と企業の下で働く外国人労働者と言う方向が現場でみると、はっきり見えます。

ジャーナリスト(農業・食料問題)、日刊ベリタ編集長

1940年、愛媛県生まれ。四国山地のまっただ中で育ち、村歩きを仕事として日本とアジアの村を歩く。村の視座からの発信を心掛けてきた。著書に『農と食の政治経済学』(緑風出版)、『百姓の義ームラを守る・ムラを超える』(社会評論社)、『日本の農業を考える』(岩波書店)、『食大乱の時代』(七つ森書館)、『百姓が時代を創る』(七つ森書館)『農と食の戦後史ー敗戦からポスト・コロナまで』(緑風出版)ほか多数。ドキュメンタリー映像監督作品『出稼ぎの時代から』。独立系ニュースサイト日刊ベリタ編集長、NPO法人日本消費消費者連盟顧問 国際有機農業映画祭運営委員会。

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