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『アダム・スミスの夕食を作ったのは誰か?』調理しないとメシは食えないんだよ!

大野和興ジャーナリスト(農業・食料問題)、日刊ベリタ編集長

経済学の父といわれるアダム・スミスは生涯独身で、食事はもっぱら母親に頼っていました。彼は出てくるものを食べるだけ。ところが彼の経済学にはそのことが一切入っていない。本書『アダム・スミスの夕食を作ったのは誰か?』はこの設問から始まります。

 この本を読んだのには理由があります。2020年5月、仲間と話し合って「コメと野菜でつながる百姓と市民の会」という小さな運動を立ち上げました。コロナ下、野宿者、移住者、非正規労働者とくに女性などいろんな場で食に事欠く人が増えていることを聞き、コメや野菜を作る生産者から「人の食い物を作って生きているものとして落ち着かないよなあ」という話が出てきました。そこで都市の反貧困運動に連絡し食べものを届ける活動を始めたのですが、すぐ一つの問題にぶつかりました。生ものは食えない、という問題です。

 コメ、野菜、肉は素材であって調理という過程を経ないと食べられない。それには調理する場所と水と火がいります。貧困はそれらを奪ってしまいました。コロナの中で生まれた活動の一つに「女性による女性のための相談会」があります。その実行委員の一人からうかがった話なのですが、相談に訪れた女性たちのために持ち帰りできる食料を用意したら、みんなが希望したのはすぐ食べられるものばかりでした。

 コロナで仕事をなくし、ガス水道電気代が払えなかったのです。一口に農と食といいますが、それをつなぐには調理という過程が必要です。それをみていなかった。

 そのとき、もう一つみていなかったことがあることに気付きました。調理は主に女性の無償労働によって担われてきた。生存を支える労働が無償労働によっている、という事実です。それは農業についてもいえます。農民が受け取る農産物の価格から生産に必要なコストを引いていくと結局赤字しか残りません。

 例えばコメ。1990年代には1俵(玄米60キロ入り)で2万円程でした。それが賃金下落を上回る勢いで下がり続け、コロナでさらに急落、2022年には1俵1万円を切ってしまいました。半値になったのです。ちなみに農林水産省調査では、1俵あたり生産費は1万6000円ほどです。生産者の労賃どころか水利費の滞納が目立つという話を、東北のある地域の水利組合で聞きました。コメを作る農民が水代を払えなくなっていたのです。

 本書に戻ります。

 一体おまえは誰のおかげでそうやって生きていられるんだ!

 コロナが世界を襲った3年間、貧困と格差が世間を覆いました。中でも打撃を受けたのは非正規女性、とくに養わなければならない子どもや高齢者を抱えた人たちでした。日本ではこの傾向が顕著だったのですが、それは世界共通のことでもありました。 

 本書の著者、英国在住の女性ジャーナリストは「女性が無償労働の大半を引き受け、男性よりも低賃金・低待遇の労働に甘んじる世界」と世界を規定。「女性の無償労働を無視したままでは、見えない労働がどのように貧困とジェンダー格差に結びついているかを理解することはできない」と述べています。

 著者のこの言葉は、料理=食=無償労働の世界を視野においたものですが。これに農の世界を加えたい、というのがこの文章を書こうと思ったねらいです。生産が受け取る米価はこの20数年でほぼ半分になったことは先ほど書きました。日本における実質賃金がいくら下がったとはいえ、半分にはなっていません。コメの生産コストから計算すると、農業に従事する農民やその家族はほとんど無償労働でこの国の食料を作っていることになります。

 いまこの国では荒廃農地がどんどん増え、農業従事者はどんどん減っています。本書全体から著者の怒りがほとばしっていますが、試しに農村の一角に立ってみられたらよい。農家のやるせない絶望が至るところにただよっっていることがおわかりになるはずです。怒りなどもうとっくに忘れられています。

ジャーナリスト(農業・食料問題)、日刊ベリタ編集長

1940年、愛媛県生まれ。四国山地のまっただ中で育ち、村歩きを仕事として日本とアジアの村を歩く。村の視座からの発信を心掛けてきた。著書に『農と食の政治経済学』(緑風出版)、『百姓の義ームラを守る・ムラを超える』(社会評論社)、『日本の農業を考える』(岩波書店)、『食大乱の時代』(七つ森書館)、『百姓が時代を創る』(七つ森書館)『農と食の戦後史ー敗戦からポスト・コロナまで』(緑風出版)ほか多数。ドキュメンタリー映像監督作品『出稼ぎの時代から』。独立系ニュースサイト日刊ベリタ編集長、NPO法人日本消費消費者連盟顧問 国際有機農業映画祭運営委員会。

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