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コロナ下、社会の底辺から飢えが広がっている 「コメと野菜でつながろう!」と取り組んで見えてきたもの

大野和興ジャーナリスト(農業・食料問題)、日刊ベリタ編集長
コロナ災害緊急アクションに集まったコメを配送

 コロナで世界規模の食糧不安が起こると心配されている。確かに一部の国で輸出取りやめの動きがあったり、国連の農業食料機関(FAO)が警告を発したりという動きはあるものの、物流は途絶えてなくスーパーは食料品であふれている。その一方で日本社会の底辺では食べられない人が増大しているという現実がある。食料がないのではなく「金がない」からだ。そんな中でいま、各地の農民グループとともに、自分たちが作ったものを困窮する人たちに送ろうというプロジェクト「コメと野菜でつながろう」を立ち上げた(「呼びかけ」は別掲)。このプロジェクトを進める中で見えてきた日本の食の現状を紹介する。

◆コメをつくるものとして

 五月初め、田植えは各地で最盛期を迎えていた。上越の若手コメ作り百姓天明伸浩さんから電話があった。田んぼで忙しい時期に入り、田植えの準備を始めたがなんとなく居心地が悪い、という。「こうしている間にもコメが食えない人が出ている。何のためにコメを作っているのか。ささやかでもコメを届けたい。百姓仲間はみんなそう思っている」。

「やろうか」ということになり、日ごろ親戚づきあいをしている各地の百姓グループや市民グループに声をかけ、「コメと野菜でつながる百姓と市民の会」を急きょ作った。モノは百姓が、送料は町人が出すことにした。会の中軸を担っているのは置賜百姓交流会と上越有機農業研究会。40年来の仲間だ。彼らは2日間で2トンの米を集めた。いま各地の農民から「自分も仲間に」という問い合わせが来ている。

 併行して、野宿労働者や日雇い労働者、職を失った人、シングルマザー、高齢者といった方々と活動している「新型コロナ災害緊急アクション」と連絡をとった。送り先は、ちいさなグループなので三つに絞った。シングルマザーや失業者など困っている人にコメ5キロの緊急支援を始めた「一般社団法人あじいる」、野宿・日雇労働者の労働組合でほかの団体が炊き出しから撤退する中で、このままではコロナに感染する前に飢え死にしてしまうと弁当を作り配布している山谷日雇労組、野宿者一人一人と細やかに触れ合い、生活と心の支援をしている「きょうと夜まわりの会」だ。5月中旬、それぞれのグループに毎週コメ40キロを送ることから始めた。

 始めてまもなく、緊急アクションの事務局長瀬戸大作(反貧困ネットワーク事務局長)さんから、移住連(移住者と連帯する全国ネットワーク)から仕事と居場所を追われた外国人労働者と家族が深刻な状況にあり、コメを送れないかという要請が入り、第一弾として急きょ140キロを送った。いま第2弾として300キロから400キロを送る準備を上越、置賜で準備している。

◆今この列島で何が起こっているのか

日雇・野宿労働者の仕事づくりで始まった企業組合あうんの協力団体で、食と健康にかかわる活動をしている「あじいる」には、いくつものメールが寄せられている。あるシングルマザーは子どもに食べさせるため自分は1日1食で過ごしている、という実情を寄せている。山谷日雇労組の山崎委員長からは「山谷の労働者にとって、今回のコロナは、働くこと、食べること、一日一日を行きぬくことが非常に困難になっています」という便りをいただいた。

山谷ではいくつものグループが炊き出しをしていたが、人が集まることを避け、どこも休止している。その中で日雇労組は炊き出しに代わり弁当を作り配っている。「きょうと夜まわりの会」はおにぎりを作り、配りながらくらしと心のケアをしている。職を追われた外国人労働者は家族や少人数の仲間に分かれてひっそりと過ごしているが、手持ちのお金がつき、食べられない日も多いという。

 緊急アクションの瀬戸大作さんに日々の緊急支援の模様を聞いた。おびただしいケースから、いくつかを紹介する。

―隅田川医療相談会での生活相談で出会った杖をついた老夫婦。所持金もほとんどなく、上野駅周辺のアスファルトを寝床に2人で1カ月を過ごした。

―21歳の女性。いきなり4月から休職するように会社から言われた。休職期間が終了したらクビ。毎日パン1枚しかないと悲痛なメール。

―「犬と一緒にアパートを出されてしまって、犬も自分も食べていない」。都内某所に駆けつけた。22時過ぎだった。高齢ワンコを抱きしめた女性が待っていた。4月中旬から野宿生活。

移住連の稲葉奈々子さんは、移住労働者とその家族について「コメと野菜でつながる百姓と市民の会」に近況を寄せてくれた。彼らは家族で、小グループで身を寄せ合うように生きている。仕事がなく、手持ちのお金もつきようとしている。

「お米をいただけるときいて、皆さん本当に喜んでいます。(入管の)仮放免の方も多く、仮放免の場合は、どんな公的支援につなげることもできないので、本当に助かっています。仮放免で誰かのところに居候している人は、気兼ねしてご飯をなるべく食べないようにしているようで、本当にお米はうれしいと思います。在留資格がある場合も、食べ物が買えなくて困っている家族は多いです。」

 いま、社会に底辺から飢えが広がっている。これが、コロナが暴いたこの国の現実である。農と食の問題をグロ-バリゼーションから説き起こす大所高所の議論もいいが、いま進行している社会の現実を直視し、社会そのものをくらしの現場から具体的に組み立て直すことからはじめたい。 

《呼びかけ》コメと野菜でつながろう!

       ーコロナで飯が食えない人が増えているー

 この世の矛盾が一挙にあふれ出したなあ、そんな思いを抱えながら春の田んぼ仕事が動き出しました。電話の向こうでくぐもった声が聞こえます。

「米農家は安心だって思ってたんだよね。コメの売れ行きは悪くないし、引き合いもある。でも我が家のお米を買えるような人がいる一方で、今この瞬間に困ってお腹をすかせている人がいるという現実を想像したとき、なんとなく居心地が悪くて」

コロナウイルスはこの社会を分断してしまいました。密室空間のネットカフェはコロナの巣になると、半ば強制的に閉鎖に追い込まれ、そこを生活の拠点にしていた大勢の人が路上に放り出されました。その路上にはすでに多くの先住者がいます。飲食店も閉じさせられ、そこでの余り物も出なくなった。仕事を失った人、シングルマザー、収入が途絶えた事業主やフリーランス、高齢者、社会の隅々に貧困と飢えが広がっています。

福島で原発が破裂したとき、南相馬の詩人は「こちらがわとあちらがわ」と詠いました。放射能を浴びたものと浴びなかったもの、浴びた地と浴びなかった地。ウイルスは無差別に人にとりつきますが、打撃はもっぱら弱者に向かいます。社会に深い亀裂が入りました。その中で百姓としてできることは何か。

自分らが作るコメや野菜は亀裂をつなぐ橋にならないか。小さな丸木橋でいいから。電話の向こうのつぶやきが聞こえます。人を助けるなんて大それたことは言いません。コメや野菜に人としての思いを込めたいのです。町に住む友人が「俺らも混ぜさせろ、送料をもたせろ」といいます。だから名称は「コメと野菜でつながる百姓と市民の会」です。百姓グループと市民グループが集まり、都市で炊き出しや困っている人に食べ物を届けている仲間にコメと野菜を送ります。

コメなら一個口20キロ、野菜なら段ボール1箱、送料カンパは2000円とします。期間はとりあえず6月末まで。送り先は数か所にしぼります。身の丈に合ったささやかな、小さな動きで、大きくしようとは考えていません。ぜひ、一緒に!

世話人 石井恒司(三里塚の百姓)市村忠文(農民新聞) 大野和興(農業記者) 笠原眞弓(国際有機農業映画祭運営委員会) 川崎吉巳(置賜百姓交流会) 菅野芳秀(置賜の百姓) 纐纈美千世(日本消費者連盟) 近藤康男(TPPに反対する人々の運動) 天明伸浩(上越有機農業研究会/日本国際ボランティアセンター)平野靖識(地球的課題の実験村) 西沢江美子(秩父雑穀自由学校) 松尾康範(アジア農民交流センター) 山下惣一(唐津の百姓) 吉岡照充(川崎の百姓)

事務局  大野和興(事務局総括・送り先対応)

     天明伸浩(コメ担当)

     松尾康範(野菜担当)

     近藤康男(会計担当)

連絡先

大野 korural@gmail.com

天明 valley@valley.ne.jp

ジャーナリスト(農業・食料問題)、日刊ベリタ編集長

1940年、愛媛県生まれ。四国山地のまっただ中で育ち、村歩きを仕事として日本とアジアの村を歩く。村の視座からの発信を心掛けてきた。著書に『農と食の政治経済学』(緑風出版)、『百姓の義ームラを守る・ムラを超える』(社会評論社)、『日本の農業を考える』(岩波書店)、『食大乱の時代』(七つ森書館)、『百姓が時代を創る』(七つ森書館)『農と食の戦後史ー敗戦からポスト・コロナまで』(緑風出版)ほか多数。ドキュメンタリー映像監督作品『出稼ぎの時代から』。独立系ニュースサイト日刊ベリタ編集長、NPO法人日本消費消費者連盟顧問 国際有機農業映画祭運営委員会。

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