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子牛も牛肉も大暴落 肉牛生産農家は大変なのです  

大野和興ジャーナリスト(農業・食料問題)、日刊ベリタ編集長

 コロナの緊急経済対策から農水省が出した「お肉券」や「おさかな券」が消えそうです。ネットで農水族議員の利権だという批判にさらされたためです。だけど、本当に利権がらみだけだったのか、どこも当事者の声と実態を伝えていません。そこで汗を流して牛を育ててしる肉牛農家の声を聞いてみました。

 だいたい、今どき族議員なんて古いです。昔は省庁ごと、分野ごとに自民党議員がグループを作り、それぞれの担当役所と組んで政策を作り、予算獲得に奔走しました。それを利権と呼んだのですが、小泉内閣以後その力はそがれ、安倍内閣に至って官僚の人事を握った官邸政治で役所が骨抜きになり、族議員が働く余地がなくなって今や死語になっています。

 そうは言っても選挙で選ばれた議員が、その後ろにいる人たちの声を聞きながら政策を作り、役所に圧力をかけて予算付けする仕組みは、いまの安倍独裁、国会無視の状況に比べたらよほど民主主義です。

 さて牛肉の話。松坂牛に次ぐブランド力を誇る米沢牛の肥育経営をやっている山形・置賜の友人に電話してみました。米沢牛といえば無敵、TPPにも日米貿易協定にもびくともせず、庶民には手が届かない高値を維持してきました。それがいま、コロナで人の集まりが自粛となって需要が激減、目下がりが続いています。

 友人によると、いまのところ枝肉でキロ400円から500円下落しています。1頭当たりの枝重量を450キロとしてほぼ20万円のマイナスになります。1頭当たりの可処分所得を10万円とすると、その儲けは吹き飛んでしまい、逆に10万円の赤字になる勘定です。1年に30頭を出荷するとすると、300万円の赤字です。

ぼくの友人はおもしろい人で、庶民が食えないような牛肉とつくることに、いつも忸怩たる思いを抱いているのですが、それでも牛が好きで、稲作と肉牛の複合経営で田んぼと牛を有機物でつなぐ循環農業を作り上げてきました。それでも今回は参ったようで、「自分の農業がいかに不要不急なものかがわかった」と苦笑していました。

 さて、牛肉の値段の下落は肥育農家から繁殖農家に移転されます。牛肉の生産構造は繁殖(子取り)と肥育(肉をつける)に分かれていて、それぞれ別の農家が担当しています。子取り農家は生後10か月ほどで子牛市場に出し、それを肥育農家が買って生後2年半から3年まで育て市場に出します。その子牛市場の相場がつい先ごろまで1頭70万円だったのですが、それが50万円程度と、ほぼ20万円下がりしました。青森の新聞『デイリー東北』3月14日号が七戸町にある青森県家畜市場で1頭当たりのセリ値が59万円に下落したと報じていました。その後さらに下がっています。

 折から、昨年から動き出したTPP(環太平洋地域11カ国による経済連携盟協定)、今年1月から動き出した日米貿易協定で、オーストラリアとアメリカから安い牛肉が大量に入り、スーパーの売り場を占拠しています。そこにコロナが襲ったのです。

 牛飼いは大変なのです。都会の皆さん、族議員批判はそれとして、そこのところもわかってください。

ジャーナリスト(農業・食料問題)、日刊ベリタ編集長

1940年、愛媛県生まれ。四国山地のまっただ中で育ち、村歩きを仕事として日本とアジアの村を歩く。村の視座からの発信を心掛けてきた。著書に『農と食の政治経済学』(緑風出版)、『百姓の義ームラを守る・ムラを超える』(社会評論社)、『日本の農業を考える』(岩波書店)、『食大乱の時代』(七つ森書館)、『百姓が時代を創る』(七つ森書館)『農と食の戦後史ー敗戦からポスト・コロナまで』(緑風出版)ほか多数。ドキュメンタリー映像監督作品『出稼ぎの時代から』。独立系ニュースサイト日刊ベリタ編集長、NPO法人日本消費消費者連盟顧問 国際有機農業映画祭運営委員会。

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