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時給100円という賃金差別構造 農福連携というきれいな言葉の陰で

大野和興ジャーナリスト(農業・食料問題)、日刊ベリタ編集長

 知的障がい者福祉施設、津久井やまゆり園で起きた殺傷事件から3年以上が経過しました。2016年7月26日未明、神奈川県相模原市にある知的障がい者福祉施設で入所者19人が刃物で殺傷された事件です。あれから何が変わったか、と問われても考えつくことはありません。その一方で、いま農福連携という言葉が福祉関係者や農業の世界で盛んに言われるようになりました。

 福祉に農業がもつ教育力とでもいう魅力を取り入れようという実践は、長い歴史があります。いま言われているのは、それを一つの事業としてとりいれようという動きです。農水省や農協界でも取り組みが始まっていますがその発端は安倍内閣の「一億総活躍プラン」にあります。それをきっかけに、政府に政策に次々盛り込まれました。

 「ニッポン一億総活躍プラン」は2016年6月に閣議決定されたもので、その中に「障害者等が、希望や能力、 障害の特性等に応じて最大限活躍できる環境を整備するため、 農福連携の推進」という内容が盛り込まれました。続いて、「障害者基本計画 (第4次)」 (2018年3月 閣議決定)や「経済財政運営と改革の基本方針(2018年6月 閣議決定)でも農福連携による 障がい者等の農業分野における就農・就労の促進が位置づけられました。

 これを受けて農水省は厚労省と連携しながら情報や事業の交流などを進めるネットワークづくりなどに乗り出しています。その背景には農業の人手不足という現実があります。 農業の担い手不足と障がい者雇用という福祉の課題の双方の解決を図る「農福連携」だというとらえ方です。

 しかし現実はそんなきれいごとではすまない状況があります。取材を進めると、学校を終了して1年間、月給3000円という事例にぶつかりました。障がい者雇用を売りにしている小さな食品加工事業所ですが、1日5時間で20日働くとして時給30円です。その中から職場への送り迎えの交通費を差し引かれ、働く側がお金をを払ってるという話も聞きました。

 多くの場合、5年目でやっと月給1万円になるというのが現実です。障がい者が利用する福祉事業所は工賃が低い。比較的障がいの軽い人が利用するA型事業所は最低賃金が保障されますが、B型事業所になると平均工賃は月額1万5033円という数字があります。同じように計算して時給100円の世界です。

 いま、研修生制度で来日し、働いている外国人労働者の劣悪な労働条件が問題になっています。その上に一般の外国人労働者、日本人のアルバイトなど正規雇用者という低賃金構造がかぶさります。知的障がい者はその最底辺を形成しているのです。ここを引き上げない限り、この国の低賃金構造は打破できません。

 知的障がい者にも、最低賃金を保障することが必要です。最賃はすべての人に保障しなければいけない”生きる権利”のはずです。事業者が払えないのであれば、国、県、市町村が上積みすべきです。財源は、史上最大になった防衛費を削れば出てきます。

ジャーナリスト(農業・食料問題)、日刊ベリタ編集長

1940年、愛媛県生まれ。四国山地のまっただ中で育ち、村歩きを仕事として日本とアジアの村を歩く。村の視座からの発信を心掛けてきた。著書に『農と食の政治経済学』(緑風出版)、『百姓の義ームラを守る・ムラを超える』(社会評論社)、『日本の農業を考える』(岩波書店)、『食大乱の時代』(七つ森書館)、『百姓が時代を創る』(七つ森書館)『農と食の戦後史ー敗戦からポスト・コロナまで』(緑風出版)ほか多数。ドキュメンタリー映像監督作品『出稼ぎの時代から』。独立系ニュースサイト日刊ベリタ編集長、NPO法人日本消費消費者連盟顧問 国際有機農業映画祭運営委員会。

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