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食料自給率ってなんだろう?

大野和興ジャーナリスト(農業・食料問題)、日刊ベリタ編集長

 食料自給率が下がった。長年、摂取カロリーで計算して(カロリーベース)で39%で推移していたのが、2016年度38%に低下したのだ。食料自給率がもっとも低かったのは、23年前の1993年の37%だった。今回はそれ以来の低水準となった。

 1993年の場合は、自給率が下がるそれなりの事情があった。今回はなんとなく下がってしまったという感じで、それだけに事態は深刻といえそうだ。理由が判然としないままずるずると下がったということが、これからもずるずると下がり続けるということを意味しているからだ。

1993年はコメが記録的な不作を経験した年だ。コメどころの東北地帯を歩くと、例年だと稲刈りの最中だというのに、実が入らず穂が立ったままの田んぼが延々と続いていた。半作どころか収穫皆無の田んぼもいたるところにあった。当然自給率に響いた。

 2016年度の場合、めったに台風が来ない北海道を夏、台風と大雨が襲い、小麦や甘味資源のテンサイ(サトウダイコン)がやられた。しかし、小麦も砂糖ももともと自給率は極端に低い作物だから(小麦の自給率は15%、サトウ33%)、このことが全体の食料自給率にそんなに影響することは考えられない。そこで農水省が考え出したのがコメ消費量の減少という理由付けだ。

 農水省はこの年、一人当たりコメ消費量が0.2キロ(年間)減り、54・4キロになったことが、食料自給率低下に結びついたと説明している。コメ消費が減った分、輸入小麦を原料とするパン、麺類の消費が増えたからという理由だ。しかしコメ消費量は一貫して下がり続けている。ここ10年を見ても毎年同じ程度の減少が続いており、取り立てて2016年度が際立っているわけではない。農水省のいう理由はほとんど意味をなさないことになる。先程述べたように、このことが自給率低下の理由だとすれば、これからもこの国の食料自給率はとめどなく下がることになる。

 いずれにしても、こうした数字や理由付けをいくら聞いても、普通の消費者には他人事にしか聞こえない。国自給率という概念自体が抽象的な数字だからだ。国の自給率をとは要するに私の自給率、わが家の自給率、地域の自給率の積み上げなのだ。

これは消費者にとって大きな関心事項である「食の安全安心」にも通じる。いちばん安心して食べられる食べ物は、自分で作ったもの。次いで隣のじいちゃんばあちゃんがつくったもの、同じ町内の人がつくったもの、というふうに広がっていく。そしてこれは地域の農業、地域の経済、地域社会の健全さ、といったことにかぶってくる。

自給率の数字に振り回されるのではなく、自分のくらしから食べもの、地域社会や地域経済をかんがえる視点から自給の意味を問い直してみてはどうだろうか。

ジャーナリスト(農業・食料問題)、日刊ベリタ編集長

1940年、愛媛県生まれ。四国山地のまっただ中で育ち、村歩きを仕事として日本とアジアの村を歩く。村の視座からの発信を心掛けてきた。著書に『農と食の政治経済学』(緑風出版)、『百姓の義ームラを守る・ムラを超える』(社会評論社)、『日本の農業を考える』(岩波書店)、『食大乱の時代』(七つ森書館)、『百姓が時代を創る』(七つ森書館)『農と食の戦後史ー敗戦からポスト・コロナまで』(緑風出版)ほか多数。ドキュメンタリー映像監督作品『出稼ぎの時代から』。独立系ニュースサイト日刊ベリタ編集長、NPO法人日本消費消費者連盟顧問 国際有機農業映画祭運営委員会。

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