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TPPとは何か(3)生存権を侵しながら進むTPP内部化  安倍「解雇自由化法」と米州法「労働権」

大野和興ジャーナリスト(農業・食料問題)、日刊ベリタ編集長

昨年12月の総選挙で改憲を全面に掲げた自民党が圧勝し、日米同盟強化、憲法改正、原発推進、TPP参加を全面に掲げて7月の参院選に挑もうとしている。現政権が進めようとしている憲法改定と、TPP参加で侵される「人びとの安心して生きる権利」、言い換えると平和的生存権の侵害とはぴったり重なり合う。

その平和的生存権が今、大きく侵害されてきている。その中にはTPPの先取りともいえるものが沢山ある。そのいくつかを具体的に検証してみる。

その一つは勤労の権利や労働者の団結権に関するものだ。いま問題になっているのが、安倍政権の成長戦略づくりを担う産業競争力会議(議長・安倍晋三首相)で検討が進んでいる「解雇自由の法制化」である。一方米国ではいま州レベルで「労働権」も法制化が拡大している。この場合の「労働権」とは労働協約や労働条件を定めた法律・制度に縛られないで、自由な労働市場で「働く権利」を指している。つまり、労働時間も賃金も解雇も自由に市場が決める権利、ということができる。TPPが締結されれば、この米国の「労働権」が締結国のスタンダードになる。それに備えて「解雇自由権」を日本でも先取りしておこうということなのである。

日本経済新聞2013年2月2日号は米国の失業率低下の背景には賃金の低下があり、そのことをを促す労働者の労働組合離れがあると報道している。それを支えているのがいま各州に広がっている労働権の法制化である。自動車工業の町デトロイトのあるミシガン州では昨年末、労働組合への加入を労働者自身が拒否できる「労働権」を州の法律として可決した。この労働権で先行したのはアメリカ南部で、ミシシッピー州ではトヨタ自動車がそれにつられてやってきた。いま日本で安倍政権が進めようとしているカネを払えば正社員といえども解雇できるという「解雇自由法」制定のモデルがすでにアメリカで進んでいるのである。言い換えれば「解雇自由」こそがアジア太平洋TPP圏のスタンダードになるということだ。

もうひとつ、最近の動きでいえば、2012年8月に公布された労働契約法の改定がある。有期の労働契約の労働者がその職場で5年勤めた場合は無期労働契約にあるという、一見前向きの改定なのだが、実態は5年になる直前に実質上の解雇をする動きが、いま広まっている。いま、安倍政権が進めようとしている生活保護費の削減も、そのひとつといえる。

憲法25条で保障されている生存権の最後の砦である生活保護の削減によって、使い捨ての超低賃金労働者が労働市場に大量に排出されることになる。TPPに加入して貿易と投資の全面的自由競争の世界に踏みこむ日本の企業にとって、これほどありがたい話はない。

「食の安全」は25条がいう「健康で文化的な最低限度の生活」をささえる重要な柱だろう。TPPへの参加は、遺伝子組み換え食品の表示問題やBSE(牛海綿状脳症)に関連しての米国産牛肉輸入問題などを通して、この食の安全を脅かすことはしばしば指摘されることである。だが、TPP参加を待つまでもなく、国内の体制はすでにTPP化を深めている。例えば遺伝子組み換え問題。2012年12月5日、政府は除草剤グルホシネート耐性ダイズなど3種の農作物を承認した。この中にはベトナム戦争で米軍がゲリラ対策としてベトナムの森や田畑、池、川に散布し、今なお心身に障害を持つ人を生み出している枯葉剤耐性遺伝子を組み込まれたトウモロコシも含まれている。

これらの遺伝子組み換え作物は開発国である米国でさえ消費者市民の反対で承認がストップしているものである。こうした状況に対し市民の間では「遺伝子組み換え食品承認のベルトコンベア方式そのものを止めなければ、日本は間違いなく米国以上の遺伝子組み換え天国になる」という懸念が広がっている。TPP交渉で米国政府は各国の遺伝子組み換え表示の撤廃を要求しているが、現実には何の障害もなく日本に輸入する道が政府自身の手でつくられているのである。

「国民の健康」との関連では、公的医療保険制度がTPP参加で揺らぎ、高い医療費を支払わないと医療を受けられない事態が進むのでないかという懸念が指摘されている。米国の民間保険会社や製薬会社の日本市場参入の道を開くためだが、ここでも先取り現象がみられる。日本の成長戦略に位置付けられている医療観光(医療ツーリズム)だ。経済成長を続けるアジアの富裕層を対象に「医療・介護・健康関連サービス」を観光客呼び込みの一環として進めるこの施策は、公的制度としての医療の枠組みを壊す恐れが十分ある。

農民を生存権との関連でいえば、コメの市場開放は実質的に始まっている。安売り競争に余念がない牛丼チェーンでは外国米の混入が当たり前になり、スーパー西友で売り出した格安の中国米は貧困層が広がるなかで売れ行きを伸ばしている。国内コメ市場のTPP化は実質的に動き出しているのである。TPPに対抗する農業成長戦略をして政府が進めている農業六次産業化施策にそって、政府の農業融資や補助金が農家ではなく食品や流通企業に流れている実態も、一般には知られていないがTPP化の一つとみてよい。農業の主役を農民ではなくアグリビジネスに切り替えようという狙いがそこにはある。

以上あげた事例は現に進んでいるTPP内部化の一例にすぎない。それらはすべて人びとが「安心して生きる」権利の侵害につながる。TPP問題とは、現行憲法をいかに守らせるかと一体のものだいうことを改めて強調しておきたい。私たちは「安心して生きる権利」という憲法で定められた基本的人権にまで立ち返って、TPP反対運動を作り直す必要がある。

ジャーナリスト(農業・食料問題)、日刊ベリタ編集長

1940年、愛媛県生まれ。四国山地のまっただ中で育ち、村歩きを仕事として日本とアジアの村を歩く。村の視座からの発信を心掛けてきた。著書に『農と食の政治経済学』(緑風出版)、『百姓の義ームラを守る・ムラを超える』(社会評論社)、『日本の農業を考える』(岩波書店)、『食大乱の時代』(七つ森書館)、『百姓が時代を創る』(七つ森書館)『農と食の戦後史ー敗戦からポスト・コロナまで』(緑風出版)ほか多数。ドキュメンタリー映像監督作品『出稼ぎの時代から』。独立系ニュースサイト日刊ベリタ編集長、NPO法人日本消費消費者連盟顧問 国際有機農業映画祭運営委員会。

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